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いつかベランダできみと ~自分が嫌いなオオカミは年上美女の青い目で過去の呪縛を解かれるか?~  作者: エタミケイ


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お兄ちゃん

エレンとデートするため、仕事終わりのロブは職場のあるビルの前で彼女と待ち合わせをしていた。

程なくして訪れた彼女に、傍にいたレオがなぜか反応して……。

「ロブ、だいぶ様になってきたじゃん!」

「そう、ですかね……」


季節は、まもなく夏を迎えようとしていた。

俺は特犯にも幾分か慣れ、どちらかと言えば充実した毎日を送っていた。


トレーニングは段階を経てランクが上がり、次第に重いメニューもこなせるようになってきていた。

園芸サークルで土いじりをしていた俺はどこへやら、自分で言うのも何だけど、少しはましな体つきになってきた。


トレーニングや雑用と並行して、実際の任務で役立つスキルも、叩き込まれるようになってきた。

スカウトしたくらいだから、ドミニクは俺を飼い殺しにするつもりはないみたいだ。

今日はシローさんを相手に、トレーニングルームで格闘術を実践した。


終業まで、あとわずか。

俺たちは連れ立ってシャワールームに行き、隣同士のキャビネットに入った。


俺はざっと湯を浴びると、壁に備えつけてあるポンプを2度押して、ボディーソープをまんべんなく体に塗りつけた。

ごしごしと擦ると体中の毛が泡に包まれて、まるで冬毛のチャドみたいだ。

今日は、念入りに体を洗っておきたかった。


泡をきれいに流し終わると、俺は個室を出た。

先に出たシローさんが、タオルで体毛の水気を拭っている。

用意しておいたバスタオルを手に、俺も同じようにした。


「今日、これからどうすんの?」

「明日も休みなんだろ?」


タオルから顔を出したシローさんは、毛がぼわっと膨らんで、いつもよりずっと大きく見えた。

それを手櫛ですかすと多少は納まったけど、きちんと乾かさないとえらいことになりそうだ。

それは、俺にも同じことが言える。


「えーと今日は……これから約束があって」

「何だ~? 彼女とかぁ?」

「ええ、まあ」


俺たちは会話をしながら、今度は乾燥専用のキャビネットに向かった。

いわゆる【ドライルーム】は、俺たち毛の多い獣にはなくてはならないものだ。

個室のあらゆる方向から温風が噴き出し、効率よく体毛を乾かしてくれる。


「ロブの彼女って、レオと同じ人間なんだよな?」

「そうです」


「えー、可愛い?」

「けっこう年上なんだっけ?」

「可愛いっていうか……美人っていうか」


俺が口の中でもごもごと転がした言葉は、温風の音に遮られてシローさんに届いたかは定かじゃなかった。

そう、俺は今日これから、エレンと久々にデートをすることになっているのだった。


仕事の内容が濃くなるにつれ、俺の生活は不規則になった。

トレーニングが遅くまで続くこともあったし、ごくごく簡単な捜査になら動員されることもあったからだ。


明け方に部屋に帰り、夢うつつでエレンが出掛けるのを知る。

そういうことも、何度かあった。


週末も休みを取りにくくなり、彼女と過ごす時間は目に見えて減ってしまっていた。

俺たち自身が危惧した通り、一緒に暮らしていなければ、関係の継続が危なかったかもしれない。


「今日は、前にシローさんが教えてくれた店に行こうと思ってて」

「あー、こっから近い、あの多国籍料理の店?」


「いいよー、あそこは」

「程よくカジュアルなんだけど、変にうるさくなくてさぁ」


心地よい温風に体が乾かされるのを感じながら、俺は今日のデートプランを脳内で再生していた。

エレンとは、5時にこのビルの前で待ち合わせをしている。

予約している店がここから近いので、そうするのが都合がよかったからだ。


シローさん曰く、デートには持ってこいの店で食事を終えたら、今度はホテルに行く。

久々のデートらしいデートだし、今日は奮発して、ホテルで一泊することにしていた。


ジャグジー付きの大きなバスタブと、そこから見える夜景が評判の部屋を取った。

エレンはジャグジーがどういうものかを知らず、それなら行ってみようということになったのだった。


生まれては弾ける泡の海の中に、エレンはいる。

その白い胸元をほんのりとピンク色に染めて、笑って俺を見ている。


ジャグジーから上がったって、服を着る必要はない。

俺は、上から見下ろすエレンの顔を、生々しく想像した。


湯上りでしっとりとした肌は、今は汗で濡れている。

以前の長さに戻りつつある髪の毛は、白いシーツの上にばら撒かれたように広がっている。


少し眉間に皺を寄せて、俺からのキスや、その他の行為を受け入れるエレン。

呻くように声を上げて、身をよじる。

俺の首に手を回して、肩に顔を押しつけている。


ホテルのベッドも、うちのベッドのように大きく軋むだろうか。

そこまで考えて、俺ははっとした。


迂闊にも、割と欲求不満な状態であれこれ想像し過ぎたみたいだ。

にわかに、体が反応しそうな気配を感じる。


やばい、と俺は思った。

オス同士だし、見られても問題はない。

ただ、想像だけでそんな風になってしまうのは、何となく間抜けな気がした。


若いんだから、仕方ないよな……。

俺は自分自身に言い訳をしながらも、何とか体の火照りを鎮める方法を考えていた。


ふと、レオの顔が思い浮かんだ。

ロッカールームで初めて会った時の、あの冷たい視線。

体の奥から急に冷水が湧き出たような感じがして、俺は嫌な気分になった。


とはいえ、テンションが下がったことで無駄な火照りも鎮まり、体は通常運転に。

興奮して仕方がない時は母親の裸を想像しろとか言うけど、俺にはレオでも同じ効果があるらしかった。

やれやれと思いながら、俺はドライルームを後にした。



そんな経緯があったから、ビルの入り口で煙草を吸うレオを見かけた時は、何となく気まずくなった。

ビルの中は全エリアが禁煙で、煙草が吸えるのは、灰皿の設置してあるビルの入り口のみになっている。


けっこう近い距離だったけど、彼は俺なんかまるで眼中にないといった様子だ。

彼が俺たち獣と慣れ合いたくないって気持ちは、何となく理解は出来る。


エレンに辛い過去があったように、レオにだってそういうものがあるのかもしれない。

ただ今現在の彼は、獣の同僚と共に働く職場に身を置いているわけだ。

どういう理由があって今に至るのかは知らないけど、敵意を向けることもないだろうに……。


自分の中で暗い気持ちを煮詰めている気がして、俺は頭を振った。

今日は、せっかくのデートの日じゃないか。

こんな気持ちに囚われて、ブルーになるのは馬鹿らしい。


「ロブー、お待たせ!」


不意に名前を呼ばれて頭を上げると、向こうからエレンが駆け寄って来るのが見えた。

まるで子どものように大きく手を振る彼女に、思わず表情が緩んでしまう。


「ごめん、待った?」

「最寄り駅、思ったより大きくて迷っちゃって」


息を弾ませて、エレンは俺の前に立っていた。

今来たとこ、なんていう無難な答えを返し、俺は彼女を見つめた。


エレンは、シンプルなコットンのワンピースを着ていた。

仕事用のバッグを肩から掛け、ほつれてくる髪を撫でつけた。

今日は珍しく髪をアップにして、花を形どった髪留めを付けている。


すっごい、いいじゃないか。

これからデートって感じがする!


俺は、今からエレンと過ごす時間のすべてに、胸を高鳴らせていた。

そのせいで、目の前で起こったことに対処するのが遅れてしまった。


誰かが俺の目の前で、エレンの手首を掴んでいる。

いつの間に傍まで来ていたのか、それはレオの手だった。


「え……あの……」


何も言わずに急に手首を掴まれ、エレンはとても驚いていた。

俺は俺で、何でこんなことになっているのか、まるで飲み込めていなかった。

エレンが困惑した視線を俺に送ってきたことで、はっとした。


「ちょっと……何なんですか?」

「……」


訝し気にレオに向き合った俺を無視して、彼はただ、エレンを食い入るように見つめていた。

今日のエレンが、とびきりキュートなのは否めない。

ただ、彼氏がいる前でこういう行動はどうかと思った。


「……か?」

「え?」


「おまえ……チビスケか?」

「は?」


エレンは背の高い方じゃないけど、いきなりチビ呼ばわりは失礼極まりない。

そもそも、そういう話でもないんだよ。


「レオ!」

「いい加減に……」


エレンを掴んでいる手を離させようとすると、彼は俺を振り払った。

レオの唇は、微かに震えていた。


「チビ、スケ……」


レオの言葉を、エレンが反芻する。

その表情を見るに、記憶の波が彼女の中で、恐ろしい速さで暴れ回っているような感じがした。


レオはエレンをじっと見つめて、やがて手を離した。

自由になった手をエレンは束の間見つめると、今度はそれを、ゆっくりとレオの額に伸ばす。


目を覆うように長い、金髪の前髪。

おっかなびっくりといった様子で、エレンはそれにそっと触れた。

触れた手をゆっくりと横にずらし、いつも髪に隠されている、左目を露わにさせた。


彼の茶色の瞳は、俺に向けられるものとはまったく違う色をしているように見えた。

その上にある眉毛には、縦に傷跡があった。


まるで熱いやかんに触れてしまった時のように、エレンは唐突に手を引っ込めた。

彼の目元に触れた手をもう片手で包むようにして、一歩後退る。

一度ぎゅっと結んだ唇を、今度は弾けたように開き、はっきりとこう言った。


「……お兄ちゃん」

「お兄ちゃん、なの?」


俺は、完全に外野だった。

ただ、俺を嫌ってる同僚と愛する恋人の間で、俺の窺い知れない何かが繋がってしまったのは確かだった。

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