レオ
ある朝、出勤したきたロブは、ロッカールームで見知らぬ誰かに出くわす。
直感的に彼をレオだと思うロブだったが、彼はロブのことが気に入らないみたいで……。
特犯で働き始めて、早くも1週間が過ぎようとしていた。
とはいえ、この期間で俺がやっていたことはトレーニングばかりで、後は他のメンバーの手伝いを少しずつといったところ。
アリーナの事務仕事を手伝ったり、ムースの情報処理を手伝ったりといった具合だ。
その間にも、ドミニク、シロー、ミカエルらは、何らかの事件解決に向けて、奔走しているらしかった。
図体はデカい癖に事務仕事なんかやってる自分を思うと、何だか申し訳ないような気分にもなってしまう。
こればっかりは、仕方のないことなんだけど……。
そして、その出会いは唐突に訪れたのだった。
ある朝、出勤してロッカーに行くと、見知らぬ影があった。
俺は新入りだから、せめて遅刻はすまいと心に決めている。
そういうわけで、遅くても始業時間の30分前には職場に来るようにしていた。
みんな遅刻こそしないけど、そんなに早く来ている者もいない。
だから俺は、少し驚いた。
でも、本当に驚くのは、この後だったのだ。
俺が入って来た気配に気付いたのか、見知らぬ誰かはふっと振り返った。
上下黒づくめといういで立ちで、上着に付いたフードを深く被っている。
体の感じや雰囲気からして、メスということはなさそうだ。
俺は直感的に、彼が【レオ】なんじゃないかって気がした。
初日に名前だけ出たメンバーで、結局あれ以来、一度も顔を合わせたことがなかったのだ。
「あの……レオさん……ですか?」
「……誰だ、てめえ」
「あの、俺、この春から特犯に入ったロブっていいます」
「まだ、実働任務には出てないんですけど……」
俺の軽い自己紹介に、彼は何も言わなかった。
否定しなかったところを見ると、レオで間違いないってことか?
ただし、そうだと言われたわけでもないけど。
フードの奥で、レオらしき誰かはじっと俺を見ていた。
その視線に、背中の窪みが汗をかく感覚がある。
まるで獲物を値踏みするような、そんな目つきだった。
「フン」
彼は鼻を鳴らすと、何も言わずに俺の前を通り過ぎる。
この反応からして、好かれているわけではなさそうだ。
初対面でこんな対応されると、さすがに少し凹んでしまう。
「あっ、すみません……レオ」
俺の背後で、ムースの声がした。
ドアを開けざまに、彼とぶつかったらしかった。
何だ、やっぱり彼がレオなんじゃないか。
俺はレオの横柄な対応に、少し嫌な気分になっていた。
そのせいもあって、どんな獣か顔を見てやろうと振り返ったのだった。
「あ……」
俺は、ずいぶんと前にも、似たような反応をしたことを思い出していた。
大学生になったばかりの頃、初めてエレンの部屋に招かれた時のことだ。
ヤッケのフードの中から人間が現れて、それで俺は……。
「……何ジロジロ見てやがる」
「え……あ、いや」
あの瞬間の再現かと思うほど、俺はまた驚いていた。
背の高いムースとぶつかったことで、レオの被っていたフードが外れたらしい。
その中から現れたのは、人間だったのだ。
裾の短く刈り込まれた髪はくすんだ金色で、柔らかそうに揺れて頭を覆っていた。
前髪は長く、鼻の下辺りまで伸びていて、それを真ん中で分けていた。
フードの中から俺を見つめていた瞳は、意外にも優しそうな茶色をしていた。
思わずじっと見つめてしまったことで、レオは気分を害したらしかった。
今は剥き出しの鋭い視線を、遠慮なく俺に向けている。
「人間が、そんなに珍しいか?」
「ただデカいだけの、役立たず野郎がよ……」
レオはそう吐き捨てると、ロッカールームを後にした。
あんなに直接的な暴言を吐かれたことはあまりなく、俺は呆然として立ち尽くしていた。
そんな俺の肩を、ムースが軽く叩く。
「……気にしなくていいですよ」
「彼って……誰にでもああなんです……」
同情したように、彼は言葉を掛けてくれた。
俺はなぜだか、とても動揺していた。
*
「え?」
「ロブの職場にも、人間がいたの?」
「うん……レオっていう人なんだけど」
「いきなりだったから、俺、びっくりしちゃってさ」
「びっくりって……人間の恋人がいるのに?」
「それ言われると、辛いなあ……」
俺はエレンと向き合って夕食を食べながら、今日起こったことを話して聞かせていた。
彼女は新しい生活を始めた俺を羨ましがり、しきりといろいろな話を聞きたがっていた。
「ひょっとして、エレンの知り合いだったりして?」
「えー、そう?」
「レオって名前、憶えがないけど……」
「シェルターにもいなかったわよ」
話は、それで終わりになった。
初対面の時こそ驚いてしまったけど、エレンが言う通り、俺には人間の恋人がいて、人間には慣れている。
彼が俺をよく思っていないらしいことは引っかかるけど、特にこれ以上発展するような話でもないってことだ。
俺はそれからエレンとベッドに入るまでにいろいろな話をしたけど、レオという人間についてのことは、ほとんど無意識に忘れてしまっていた。
彼の存在が俺たちの関係を大きく揺るがすことになるなんて、まったく予想もしないままに。




