特犯へようこそ
ロブを取り押さえた獣は、特犯の仲間だった。
他にも数匹の仲間を紹介され、ロブの1日がスタートする。
「いや、ロブくん……すまなかったね」
「本当に、ごめんなー」
謝りつつも面白そうにドミニクが笑う横で、俺を押さえ込んだイヌが申し訳なさそうにこちらを見ている。
耳がしゅんと下を向き、実際のサイズ以上に小さくなってしまった気がした。
「アリーナの悲鳴が聞こえて……てっきり変質者か何かかと思っちゃってさ」
「いえ……俺も悪かったんで……」
とんだ顔合わせになってしまった。
俺は勤務初日に先輩メスの生脚を見、変質者と間違えられて取り押さえられたのだ。
誤解ゆえの騒動だったとはいえ、俺は凹んでいた。
「あの、あたしも悪かったんです」
「時間も早かったし、つい、油断しちゃってて」
「冷静に考えれば、新入りさんが来るってことは知ってたのに……」
ドミニクと当事者たち3匹が微妙な空気になっているところへ、上品な雰囲気を漂わせた別の獣が現れた。
あれは確か、カラカルというネコ科の獣だ。
決してガタイのいいタイプではないけど、皮の下を固くしなやかな筋肉が覆っているのが分かる。
「ミカエル、おはよう」
「ムースは?」
ミカエルと呼ばれたカラカルは、さあ、と肩をすくめただけだった。
この面子以外に、少なくともあともう1匹いると見えた。
「……はよーざいます……」
「わっ、出た!!」
いつの間にかドアが開き、その先にヌボーッと立つのはヘラジカだ。
角が大きく左右に広がり、背丈は俺よりも高そうだった。
「おー、来たな」
「あとは、レオだけか」
「ドミニク、レオは昨日現場明けだったから休みだよ」
「あそっか」
「まあ、とりあえずいいだろう」
ドミニクとカラカルは、軽く言葉を交わす。
ようやく主要な面々がそろったようで、一気に顔合わせムードが高まった。
「ええと」
「みんなも知ってる通り、彼が今日から仲間になるロブくんだ」
「仲良くしてやってくれ」
ドミニクのありきたりな紹介に、俺は所在なさげにもぞもぞと体を動かした。
とりあえず、軽く自己紹介をしておくべきか。
「あの、ロブです」
「ドミニクさんの紹介で、今日からここでお世話になります」
「よろしく、お願いします」
パチパチパチと、コーギーの先輩が拍手をしてくれた。
それにつられ、手を打つ音がまばらに重なる。
「じゃあ、こっちも自己紹介がいるよね」
「オレ、シロー」
「さっきはごめんな!」
俺を取り押さえたイヌは、シローと名乗った。
フワフワとした毛並みにくるんと巻いた太い尾、親しみを感じる顔つきをしていた。
外見から察するに、俺と年が近そうだ。
「あの、アリーナです」
「特犯では、事務やってます」
例の、生脚コーギー。
黒目がちの丸い目が、どこかあどけない感じに見える。
「僕はミカエル」
「えーと、ここで子持ち妻帯者は僕だけか?」
彼の微笑んだ顔は、どこかフローリアンを思わせた。
そして何の根拠もなく、彼もまた、モテそうだななんて考えていた。
「ムース、きみの番だぞ」
「……あ、そう、でしたか」
ミカエルに促され、長身のヘラジカは夢から醒めたような顔をした。
ついと歩み出ると、俺の前に立ちはだかる。
「ムース、です……」
「ドミニクが言うには、きみと一番年が近いとか……」
「ここでは、情報係をやっています……」
何とも、独特の話し方をするやつだった。
それ以上に驚いたのは、シローさんではなく彼が俺の次に若いことだった。
「今日はこの面々だ」
「他にもいるんだが……まあ、それは追々ってことでいいな」
「さあ、仕事にかかろうじゃないか」
ドミニクの一言で、みんなは各自の持ち場に散っていった。
後に残された俺は、何となく不安な気分で突っ立ったままだった。
「あの、俺は今日何をすれば……?」
「そうそう」
「ムース、案内してあげて」
ドミニクは笑って俺の肩に手を置くと、頑張れよと残して自分のデスクに戻っていった。
ムースがぬぼーっと案内してくれたのは、トレーニングルームだった。
ドミニクが用意したというメニュー表を俺に手渡し、ムースは手近なベンチに腰を下ろす。
「今日は、終業時間までトレーニング……すればいいと」
「私が付き添うので、頑張ってください……」
それだけ言うと、ムースは口をつぐんでしまった。
若干のやりにくさを感じながらも、俺はメニューに従ってトレーニングを始めることにした。
*
「やー、すまんすまん」
「すっかり放ったらかしにしてしまったな」
夕方になった頃、ドミニクがトレーニングルームに顔を出してくれた。
俺は少し前にメニューをすべて終え、今は久々に運動をした疲れの余韻に浸っていた。
「ムース、彼の調子はどうだった?」
「まあ……オオカミだけあってスタミナはありますね……」
「あなたの設定したメニューを、初日からこなすとは思っていませんでしたが……」
「そうか、そうか」
「彼のポテンシャルは、私の見立て通り高かったってことだな」
余韻というか、実際には疲れていた。
疲労で頭が上手く働かない中で、俺はドミニクとムースが話すのを聞いていた。
ついでに思うのは、明日は筋肉痛になるんだろうなということだった。
「ロブ、初日からずいぶんと飛ばしたみたいだな」
「適度に手を抜くことも、追々覚えていかんとな」
俺を労うドミニクの視線は、大らかで温かかった。
「疲れただろう?」
「はい……」
「俺、ずっと文化部だったので」
そう、エンケンの活動でここまで疲れることは皆無だ。
体中を疲労感が包むのは、クレイグだったドミニクと闘った時以来だろう。
「疲れましたけど、気分はいいです」
「何かに追い詰められずに疲れるのって、悪くないですね」
「……そうだな」
俺は、エレンを救おうと躍起になった、あの瞬間を思い出していた。
あれは、心にも体にも、相当な負荷をかけた出来事だった。
あの苦しさを思えば、トレーニングなんてどうということはないと思える。
そんな俺の心情を、ドミニクは察してくれたみたいだった。
「ロブ、今日はこれで終わりだ」
「帰ってゆっくりと休むといい」
こうして、特犯、特殊犯罪対策部での初日は終了した。
ふと、ドミニクが俺をロブくんと呼ばなくなったのに気が付いた。
それは突き放されたというより、仲間として受け入れられた感じだった。
去って行くシロクマの大きな背中を見て、俺はそんな風に考えていた。




