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ノワール

人間の女を飼う獣の所で働いたことがあるという、サイトの管理人ノワール。

彼がエレンと繋がっていることを願い、ロブは接触を試みる。

友達ごっこにうんざりしたロブは、やがてノワールから情報を引き出そうと締め上げるも……。


「さて、どうするかな……」


クローゼットの扉を開き、何を着るか珍しく考えた。

今日のコーディネートはある意味、エレンとのデートの時よりも難しい。


ノワールと会うことになって、俺はいったんは落ち着くことが出来た。

やつと会うことで進展があるかなんて分からなかったし、何も進展しない可能性だってある。

それでもすがるものが出来たことで、俺は眠れるようにも食えるようにもなった。


全身黒い服装で、いかにもって感じで行くか。

それとも、案外普通じゃん? って格好で行くか。


俺は、後者を選んだ。

大学に行くようないつも通りの格好で、地下鉄に乗って出掛ける。

幸か不幸か、ノワールはそう遠くはない街に住んでいた。


『え、ウエストシティーなの? 全然近くじゃん!』

『これって運命ってやつー??』


相変わらず、神経を逆撫でしてくるメッセージだった。

運命なんて言うなら、俺をエレンのところへ連れて行けよ。



彼の指定した場所は、雑居ビルの地下にある胡散臭い店だった。

騒音にしか聞こえないような音楽がガンガンと鳴り、カウンターの中にいるスタッフも、怪しげな雰囲気を醸し出している。


待ち合わせた時間に店に入ると、テーブルから立ち上がった者がいた。

店内が薄暗くて、誰だかはよく分からない。


「Rさん……だよね? オレ、ノワールです!」

「えー、Rさんて、けっこう普通ぽいね?」

「まー、本当に危ないヤツほど、妙に普通だったりするんだけどねー」


やつが親し気に手を振る席に行くと、彼は愛想よく応じた。

俺が与えたかった印象を、そっくりそのままに受け取ってくれたみたいだ。

こいつの馬鹿さ加減には、いくらか感謝してやってもいいな。


ノワールは、貧相な雰囲気の漂う痩せたハイエナだった。

ああいうサイトを持っていそうな、いかにもというやつだった。


痩せた体を黒いタンクトップで包み、安っぽい艶のある、鋲がたくさん付いたジャケットを着ている。

耳には、リング状のピアスが並ぶ。

妙に大きな犬歯は、口からはみ出るようにしてそこにあった。


ぎょろりとして濁ったの目の下には、濃い隈があった。

薬をやってると告白されても、俺はきっと驚かない。


俺たちは店の一角に陣取り、飲み物を注文して乾杯した。

まるでただの友達同士のように、飲んで話をする。


「そうだ、これこれ」

「お近づきの印ってことで、ちょっと刺激強めのやつね」


ほろ酔い気分で上機嫌のノワールは、安全ピンがいくつも刺さった肩掛けの鞄から、タブレットを取り出した。

それに挿してあるイヤホンを、俺にはめさせる。

彼は、俺に何かの動画を見せたいらしかった。


再生された映像は、グラグラと揺れる不安定な画面からスタートした。

やがてそれが定まったかと思うと、その中心には人間の女性が捉えられていた。

金髪のその女性は一糸まとわぬ姿をして、ベッドの上で震えている。


『お願い、止めて……』

『何でもするから、お願い、帰して……』


荒い映像でも、彼女の顔が涙で汚れているのが分かる。

すすり泣きに、ズボンのベルトを外すような金属音が重なった。


不謹慎かもしれないが、映像に出て来るのが金髪の女性でよかった。

もしそれが黒髪、エレンと同じ髪の色だったら、俺はとても見ていられなかっただろう。


耳に差し込んだイヤホンから音割れした、女性の悲痛な叫び声が漏れ出す。

動画の中で繰り広げられる蛮行は、俺を始め、この世界に住む獣たちの多くが知らないことだった。

いや、知っていても、知らぬふりをしていることかもしれなかった。


俺は、表情に軽蔑のさざ波を立てないようにと苦労した。

決して目を背けないよう、反吐が出るような動画を、食い入るように見つめた。


「闇サイトで見つけたんだ」

「Rさんなら、きっと気に入ると思ったよ」


俺のそんな様子は、ノワールを大いに満足させたらしかった。

オレ達の夜に! なんて言いながら、楽しそうにグラスを掲げていた。



「やっぱさあ、こういう性癖って周りには受け入れられないよね」

「みんな人間のことは嫌ってる癖に、あからさまにそれを見せないっていうか」

「孤独だよなー、欲望に忠実なだけのオレ達みたいのはさ……」


店を出ると、ノワールは煙草の煙を吐き出しながら独り言ちた。

今日初めて会ったやつに、よくもまあここまで心を許せるものだ。

自身が言うように、彼はきっと孤独なんだろう。


「でもオレ、Rさんに出会えてよかったよ」

「また一緒に飲もうな! オレも、新しいネタ見つけたら回すし」

「てかさー、Rさんのほんとの名前教えてよ」


もういい。

お友達ごっこは、もうおしまいだ。


俺はノワールの襟首を掴むと、通りから離れた路地裏に引き込んだ。

酔って足元のおぼつかない彼を、乱暴に放り出す。


「な、何?」

「どうしたの、Rさ……」


言いかけたノワールの首を両手で包み、そのまま壁に押しつけて上に引っ張り上げる。

痩せたハイエナを吊るすなんて、俺には造作もない。

首に掛けた手に、ゆっくりと力を込めていく。


「もううんざりなんだよ」

「お前の趣味にも、反吐が出そうだ」

「そもそもお前、俺の知りたいことは何も話してないじゃないか」


「約束しただろ? なあおい」

「お前が働いてたって場所について知ってること、洗いざらい全て吐け」

「俺は本気だよ」


ノワールは、喉に掛かった俺の手を掻きむしるようにして暴れた。

そんなことをしたところで、オオカミの力に敵うわけもないのに。


「どうした?」

「言う気になったか?」

「もたもたしてると、首の骨が折れるかもしれないぞ」


――俺はずっと、誰かを傷つけるのを恐れていた。

それは、相手が人でも獣でも同じだった。


でも、今は違う。

出来るなら、こいつの首をへし折ってやりたいと思っている。

殺意が、血液のように体内を駆け巡る。


「こ、いう、言う」

「よし」


俺は、絞める力を緩めた。

彼が妙な気を起こした時には再開できるように、手は首に巻きつけたままにしておく。

ノワールは激しく咳込み、俺の手に涎の川を作った。


「ウェッ……オ、オレが働いてたのは、金持ちの、肉食獣の屋敷だよ」

「そこで、何をやらされていた?」


「雑用だよ」

「庭の手入れとか、部屋の後片付け、とか」


「部屋っていうのは?」

「もう勘弁してくれよ……」


サイトの中ではあれだけ饒舌だったノワールも、現実ではずいぶんと歯切れが悪い。

俺は舌打ちをすると、また首に掛けた手の輪を縮める。


「分かった、分かったって!」

「サイトにも書いたけど、屋敷の主が女と楽しんだ部屋だよ」

「その後始末をやらされてた」


「あんたのことは、誰にも言わねえ」

「だから頼むよ、もう解放してくれ!」


俺の手が掛かった首を、ノワールは窮屈そうによじる。

俺は長い息をひとつ吐くと、最後の質問をした。


「屋敷の主は、誰だ?」

「年寄りのライオンだよ」

「確か医者だって聞いたような……」


ノワールの言葉が頭の中でスパークした瞬間、俺は首元にちくりとした痛みを感じた。

何だと思って振り返るや否や、視界が急に狭まる。

手から力が抜けて、押さえつけていたノワールが、崩れるようにへたり込んだのが見える。


意識が強制的にシャットダウンさせられる。

あっという間に、全てが闇の中に飲まれていった。

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