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アプローチ

エレンがいなくなって、しばらくが経った。

警察を頼って毎日通うも、何の収穫も得られないでいるロブ。

憔悴しきったロブは、あることを思いつき……。

エレンがいなくなって、もう10日になる。

事件当日から毎日管轄の警察署に通い続けるも、捜査の進展はなかった。


警察での事情聴取は、俺にとって辛いものだった。

改めて、獣の中で暮らす人間の実情が浮き彫りになるのを感じた。


「えーと? そのエレンさんという方は、あなたの恋人だと?」


聴取を担当したのは、中年のブルドッグだった。

最初に会った時から、面倒に感じているのがありありと分かった。

そしてその様子を、隠すつもりもないみたいだった。


「失踪したって言ってもねえ……彼女、人間なんでしょ?」

「……どういう意味ですか?」


「だからね、今のこの世の中に嫌気がさして、自分からいなくなる人間は多いってことですよ」

「それはエレンが、彼女が自分からいなくなったと言いたんですか?」


「もちろん、そうと断定しているわけじゃない」

「可能性の話です」


そうは言ったけど、本音ではその説に重きを置いているのは明らかだった。

不快感を露わにした俺を、その警官はじろじろと眺め回した。


「こういう言い方はよくないかもしれませんが……」

「何ですか?」

「彼女は、あなたとの関係を解消したくて、失踪したということはないですか?」


俺は、目の前のぼやっとした警官に、危うく殴りかかりそうになった。

一体何の根拠があって、そんなことをさらりと言ってのけるのかが分からなかった。


エレンに別れ話を切り出されたあの後なら、俺もそう思ったかもしれない。

でも、今は違う。


あの日の彼女は、絶対にそんなことは考えなかった。

俺にはそれが分かる。


「それは、絶対にありません」


膝の上で拳を握り締め、俺は何とか怒りをこらえた。

相手はそんな俺を気にも留めず、ああそうですかと書類にペンを走らせていた。


俺が毎日警察署を訪れるのも、よく思われていないみたいだった。

俺が顔を出すと、受付の警官はあからさまに顔をしかめる。


新聞で読んだ例の事件とエレンの失踪は、おそらく何らかの繋がりがあるはずだ。

素人の俺ですらそう考えるくらいだから、警察の連中もそれを分かっているに違いない。

それにも関わらず、彼らは腰を上げようとしない。


失踪したのは、警察が()()()()()()()()()()()と思うような女性たちばかりだった。

4人のうち3人は、獣向けの違法な風俗店に勤めていた。

あとの1人は、レストランの雑用係。


彼女らを取り巻く状況は、決して素晴らしいものじゃない。

だから消えたくなっても納得出来るというのが、警察側の見解みたいだった。

ただそうとも言い切れないので、一応捜査はしているという程度のスタンスらしい。


そしてエレンも、そんな1人に数えられている。

俺には、それが我慢ならなかった。


「心配だろうけど、落ち込み過ぎちゃいけない」

「なるべく、いつも通りに生活するんだ」

「その方が、きっといい……」


同じく警察署に通い詰めるベアンハルトさんにそう言われたのもあって、俺は大学に通い続けていた。

なるべく平常を保とうと努力したけど、それは、どうにも難しかった。


食欲はなくなり、夜も眠れない。

俺の様子がおかしいことには、チャドもフローリアンも気付いていた。


ただ俺は、みんなにはエレンのことを話さなかった。

そんな俺の意思を尊重してか、彼らも無理に聞き出そうとはしてこない。


ライムの尽力もあって、エンケンでは今年も何匹かの新入部員を獲得出来た。

部長として彼らをまとめ、ユリフェストに向けて動き出さないといけない時期になっていた。

とはいえ、エレンの失踪を抱えたままの俺に、そんな器用なことは出来るはずもなかった。


「先輩、エンケンのことはあたしに任せて」

「何があったか分かんないけど、少し休みなよ……酷い顔してるよ」


ライムにそう言われて、俺はその言葉に甘えることにした。

午後にもうひとコマ授業があったけど、それは休むことにした。



晴れて気持ちのいい天気が多い5月でも、この日は曇り空だった。

アパートの部屋は、昼間でも薄暗い。


食欲がなくても、さすがに何も食べないというわけにもいかない。

キッチンの明かりだけ点けると、冷凍庫からカレーを取り出して温めた。


それは、あの日エレンが作ってくれたカレーだった。

鍋いっぱいに作っていたところを見ると、最初から俺に持ち帰らせるつもりだったのかもしれない。

無駄にすることは出来ないので、小分けにして冷凍しておいたのだった。


こんな時でも、カレーは美味しかった。

あの日、彼女と一緒に食べていたら、もっと味わい深いに違いなかった。


流しの前で立ったままそれを食べ、食器をシンクに置いた。

すぐに片付けることもせず、ソファに座る。


もしあの日、チャイムが鳴らなかったら?

もし、ドアを開けたのがエレンじゃなくて俺だったら?


そんな思いに、あの山での夜が思い出される。

車の中で肌を合わせた、忘れられない寒い夜。


俺は体を屈めて、彼女の胸にキスをする。

傷に覆われた、陶器を思わせる美しい体。


背中の傷に舌を這わせると、エレンはぎゅっと拳を握る。

汗で冷えたはずの彼女の体が、俺の唇の下でまた熱くなるのを感じる……。


俺ははっとした。

どうやら、気付かないうちに眠ってしまっていたらしかった。


あの晩から、俺は彼女の体に触れていなかった。

欲求不満が見せた、下らない夢だ。

こんな時でさえ、自分は彼女の体を求めている……。


彼女の、体。


不意に、頭にあることが浮かんだ。

俺はソファから体を起こすと、寝室のデスクに置いてあるノートパソコンを持ってくる。

起動して、インターネットを開いた。


【人間の女 犯す どうすればいい】


検索窓には、こんな言葉を打ち込んだ。

検索結果として現れたサイトのタイトルに、ざっと目を走らせた。

気になる記事は、開いて目を通した。


そういうことを、何度も続けた。

入力するワードも、様々だった。


人間 女 暴力

人間の女 監禁 誘拐

人間 殺したことある


どれも、胸の悪くなるワードばかりだ。

何度も検索しては、結果に目を通す。


俺は何かに憑りつかれたように、それを繰り返した。

薄暗い部屋はパソコンの光でぼんやりと照らされ、キーを打つ乾いた音だけが響いている。


この方向からのアプローチが正しいのか、俺には分からなかった。

それでも続けた結果、とあるサイトに導かれたのだった。

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