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山の夜

シェルターからの帰り道、日暮れ前に車がエンストしてしまう。

仕方なく、車中泊をすることになったロブとエレンだったが……。

エレンを迎えに行った翌日、俺たちはまた街に帰ることになった。

シェルターで一泊させてもらって、何やかんやと別れを惜しんでいる間に、夕方近くになってしまったのだった。


「エレン、元気でね」

「ここはいつでも、あなたを歓迎してることを忘れないで」


テレサは、そう言って俺たちを送り出してくれた。

キツネのミアは不服そうだったけど、最後にはシェルターのスタッフとして自分を納得させたらしかった。


この世の中で、人間だけで生きていくのは難しい。

誰か頼れる獣が1匹でもいるなら、それが彼女のためになるんだと思ってくれたみたいだった。

彼女はエレンに抱きつき、長いさよならを言った。


鍵を挿し込んで、エンジンを掛ける。

低い唸り声を上げて、車はゆるゆると走り出した。


行きに空っぽだった助手席には、今はエレンが座っている。

ベアンハルトさんとの約束を果たせたこともあって、俺は安堵していた……。



そして、安堵し過ぎたみたいだった。

もうじき日も暮れるかという頃、薄緑のトラックはエンストを起こして動かなくなってしまった。

よりにもよって、何もない山の中で。


この道を行けば、街に続く大きな道路に出られますよ。

テレサにそう言われて、俺はその道を行くことにした。

悪路な上に初めての道ではあったけど、地図を見ると一本道で、迷うことはなさそうだった。


で、こうなった。

とりあえずボンネットを開けてみたけど、専門知識があるわけでもないから何が何だか分からない。

自分でどうにかするのは諦めて、俺は車内に戻った。


「車、動かなさそう?」

「うん、そうみたい」


「ところで、ロブって運転出来たのね」

「えー、今それ?」

「大学生になる前に免許取ったんだけど、街じゃ乗らないしペーパーなんだけどね……」


げんなりという俺の横で、エレンは笑っている。

こうしていると、今までのことが夢みたいに思えてくる。


隣のエレンは、黒いシャツの上に赤いパーカーを羽織り、ジーンズを履いている。

まるで、春休みに遠出のドライブをしただけみたいだ。


「今、どのへんだろうな……」

「ちょっと、歩いて様子見て来るかな」


「それは止めた方がいい」

「もう日も暮れるし、この辺りは外灯もないから真っ暗になるの」

「街では春でも、ここはまだまだ冬よ」


かつて山で暮らしていたエレンにそう断言されると、俺が口を挟む余地はなかった。

今夜は車中泊をし、明るくなってからまた考えようということになった。



「シェルターのみんなに感謝しなくちゃね」

「うん……」


街まで遠いからと、シェルターのスタッフが弁当を用意してくれていた。

保温ポットのコーヒーは、ありがたいことにまだ温かい。


弁当のサンドイッチを頬張っているうちに、辺りは一気に暗くなった。

外灯もない暗闇は、予想以上に心細く感じるものだった。


エレンがトランクを開けると、携帯用のラジオと毛布が出て来た。

ラジオは、まだちゃんと使えそうだ。


ラジオのスイッチを入れてみたけど、どこに合わせてもノイズだらけだった。

唯一聞き取れた局ではちょうど天気予報をやっていて、明日の朝は特に冷えると、嬉しくない情報を与えてくれただけだった。


ラジオで音楽でも聴ければ気晴らしになるかと思ったけど、それも無理みたいだ。

食事を終えるとやることもなくなり、俺たちは寝ることにした。


フラワー・ベアンハルトの社用車はグリズリー仕様なのか、ピックアップタイプだけど車内も意外に広い。

座席をフラットに倒すことが出来、横になれそうなスペースを作れた。

寝床というには狭すぎる空間に、俺たちは横になった。


「……静かだな」

「でしょ?」


俺たちは並んで、毛布に包まっていた。

寝床のスペースは俺には狭すぎたけど、こんな時に文句は言ってられない。

体を折り曲げるようにして、何とか毛布に潜り込む。


外では、樹々の間を風が通り抜け、笛の音のような音がする。

しかしそれが止むと、ほとんど何も聞こえない。

無音という壁が、四方から迫ってくるような錯覚を覚える。


「俺も田舎暮らしだったけど、山の中っていうのはまた違うんだな」

「ロブ、不安?」

「そ、そんなこと……」


そうは言ったけど、俺は山の夜に漠然とした不安を抱えていた。

そして、ここにエレンがいることを心から嬉しく思った。

もし彼女を連れて帰れない帰路でこんな目に遭ったとしたら、軽く発狂したかもしれない。


「っくし!」

「寒い?」

「うん、少しね」


まさかこんなことになるとは思わなかった俺は、街の気候に合わせた服を着ていた。

長袖のTシャツに薄い上着という格好で、慣れてない山の夜は寒かった。

毛布があるといっても1枚だし、何より俺とエレンで被って寝るには小さそうだった。


まさかとは思うけど、凍死したりしないよな?

そんな思いがちらりと頭をよぎり、慌ててそれを振り払う羽目になった。

いつの間に俺は、こんなにメンタルの弱いやつになってしまったのか。


「ねえ、ロブ」

「寒い夜には、どうしたらいいか知ってる?」


その声は、暗闇から聞こえてきた。

外灯もない山の中では、何もかもが真っ黒に塗り潰されたようになる。


気配と衣擦れの微かな音で、エレンが体を起こしたのが分かった。

俺は、音の方を向いた。


彼女が再び横になった気配は、まだない。

何かごそごそと動いているのは分かるけど、よくは見えなかった。


そんな時、風が夜空に掛かる雲を吹き飛ばしたみたいだった。

雲に隠れていた月が現れ、車内は急に明るくなった。

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