インタビュー③
インタビューを見終えたロブは、エレンが笑顔の下に隠していた真実を知ることになる。
自分と一緒にいた彼女は、本当に幸せだったのか?
彼女の本心を知るため、ロブはもう一度エレンに会う決心をする……。
――それで、きみはここへ、シェルターに来たんだね?
そうです。
もう死んだっていいと思っていたんです。
ハンナのいない世界なんて、何もないのと同じですから。
でもここのスタッフは、まだ生きていたわたしを助けてくれました。
それで今、ここにいるんです。
助けてくれなくてもよかったなんて、思ってはいません。
でも本当ならわたしは、ずっと前に死んでいたはずなんです。
保健所から逃げたあの時に、雪山で。
それを今まで生きてきたのは、ハンナのおかげでした。
彼女の傍にいることが、わたしの生きる意味だった。
だからハンナのためには、どんなことだってしてあげたかった。
たとえ、自分を台無しにしてしまうようなことでも。
そういうやり方しか、わたしは知らなかったんです。
……話せることは、多分もうこれでおしまいです。
――協力してくれて、ありがとう。本当に感謝しているよ。
――最後に、もうひとついいだろうか?
何ですか?
――きみはこれから、どんな風に生きていきたいと思っている?
……。
それは、誰かが答えてくれるならわたしが聞きたいことです。
わたしは、どんな風に生きていけばいいのか。
わたしは、ハンナのことが大好きでした。
でももう、誰かをあんなに好きになることはないと思います。
――それは、どうしてかな。
だって、こんなわたしを好きになる誰かも、きっといないですから。
*****
映像は、そこで唐突に終わった。
俺はそれまで息を吸うのを忘れていたかのように、大きく呼吸した。
唾を飲み込んだつもりだったけど、口はカラカラに乾いていて、んくっという音が漏れただけだった。
気付くと、いつの間にか1時間近くが経っていた。
すいぶん長いインタビューだった。
午前4時前、外はまだ暗い。
不思議と眠気は感じなかった。
とんでもないものを見てしまった。
今はその気持ちが大きい。
ハンナ……。
子どもの時の彼女を救ったという、年老いたメスオオカミ。
自分に愛情を注いでくれた獣のため、彼女は自らの体を獣に差し出したってわけだ。
エレンが海の底に沈めていた真実は、受け止めるにはあまりに深刻過ぎた。
彼女は驚くべき精神力で、自分の過去を押し込めていたことになる。
あの笑顔の裏にそんなことがあったとは、一体誰に想像出来ただろう。
悲しいとか苦しいとか、そんな気持ちじゃない。
何とも言い表せない何かが、今の俺を支配している。
獣の牙と爪に、捻じ伏せられてきた人間の少女。
彼女は俺と接して、何を思っていたんだろう。
キスをしたり、抱き合ったり。
俺が愛情を感じたその行為ひとつひとつに、彼女は何を感じていたのか。
幸せそうに微笑んだ彼女は、偽りだったのか。
笑顔の仮面の下では、歯を食いしばって耐えていたんだろうか。
かつて、ライオンの体の下でそうしていたように?
エレン、きみは何を考えていたんだ。
俺と一緒にいて、きみはずっと辛かったのか?
きみは、きみはずっと俺を、獣を、憎んでいたんだろうか。
俺に身を預けながらも、心では殺してやりたいと思っていたのだろうか?
分からない。
分からないよ、エレン。
もう一度、きみに会いたい。
きみの心が知りたい。
でなけりゃ、俺は本当の意味で前に進めないんだ。
もう一度、彼女に会わないといけない。
俺は、強くそう思った。
何かを期待しているわけじゃない。
ただ、エレンの本心が知りたい。
知ってどうしようというのか、それは自分にも分からない。
俺は、エレンと過ごして幸せだった。
トムを傷つけてしまってから、どこか景色は灰色がかって見えるような気がしていた。
鮮やかな赤色のヤッケを着たエレンと出会って、世界はまたクリアに色づき始めた。
きみが好きだよ。
本当にそう思ったし、口にもした。
でももしそれが、彼女に重荷を背負わせることになっていたのなら、俺は耐えられない。
会って、素直に謝りたい。
謝ることに、意味がなくてもだ。
それが自己満足に過ぎないのも、痛いほどに分かっている。
それでも俺は、彼女に会って謝りたいんだ。
今まで、辛い思いをさせて悪かったと。
彼女を傷つけた獣の1匹として、傷つけた彼女に許しを請わないといけないんだ。