インタビュー②
ボック先生のインタビューは続く。
エレンは彼に、自分がここに来るまでに経験したことを話して聞かせる……。
――きみは、その医者のうちに行って仕事をしたのかい?
はい。
日のあるうちは、家でいろいろな仕事をしました。
掃除などの、雑用が多かったと思います。
わたしは簡単な食事も作れましたが、奥様がそれを嫌がったので。
――他には、どんな仕事を?
……。
――この質問には、答えられるならでいいんだよ。
……。
……その仕事は、特別でした。
いつもあるわけじゃない。
医者の先生がうちにいる夜だけです。
彼は忙しくて、家にいないことも多かったです。
夜、真夜中です。
家族が寝静まった頃に、その医者はわたしの部屋に来るんです。
部屋と言っても、埃臭い物置小屋でした。
彼はいつも、つるつるとした長い上着を着て、わたしの所へやってきました。
そして……そして、言うんです。
わたしに、服を脱ぐように。
初めての晩は、全く訳が分からなかった。
その日は寒くて、わたしは服を脱ぐのが嫌だったんです。
だから、そうするのは嫌だとはっきりと言いました。
――それで?
そうしたら、思い切り殴られました。
大きな手で、平手打ちされたんです。
でも、彼は保健所の連中のように、大声で罵ったりはしなかった。
それでいて、ハンナのようにわたしに優しくする気もありませんでした。
抵抗するわたしを、彼はベッドに押しつけたんです。
ベッドといっても、木箱を並べて置いて、その上にマットを敷いただけなんですけど。
それで、それで、わたしを……。
分かりますか?
――間違っていたら申し訳ないけど……つまり、オスとメスがやることということかな。
そうです。
でも、ただそうするだけじゃ済まなかった。
――他には、何が?
彼は、わたしの背中に爪を立てたんです。
首の真ん中辺りから、斜めに引き下ろされました。
その時のは、今でも一番深い傷跡です。
――つまり彼は、そういうこともしながら、きみとその行為を……?
そうです。
わたしが苦しむことで、彼はより快感を得られるのだと言いました。
そしてそのことが、ハンナを助けることに繋がるのだとも。
叫ぶことは出来ませんでした。
それをする時、彼はいつもわたしの口に指を突っ込むんです。
それで、声は出せなかった。
叫んだとしても、きっと聞こえなかったと思います。
わたしのいた小屋は、お屋敷からずいぶん離れていましたから。
――彼は、約束を守ったのかな。
――きみとそうする代わりに、ハンナを助けてくれた?
そうだと思います。
その約束は、ちゃんと守ってくれていました。
だからこそわたしは、どうしたって耐えなくちゃいけなかったんです。
わたしが彼女のために出来ることは、自分の体を使わせることしかなかったんです。
自分が頑張らなかったせいでハンナがいなくなってしまうなんて、耐えられなかった。
――ハンナには、きみのことを話した?
わたしが、そういうことになっているということを?
いいえ。
話しませんでした。
彼女は、相変わらず寝ていることが多かったし。
一度、どうしているのかと聞かれたことはありました。
ここのお医者の先生が、わたしをうちに置いてくれている。
そこで仕事をしてお金をもらっているから、ハンナは心配しないで。
そんなことを、言ったように思います。
それはある意味では、嘘じゃなかった。
だからハンナは、きっと嘘だとは思わなかったでしょう。
わたしがそんな、自分のために獣に体を使わせているなんて知ったら、ハンナはきっと許さなかった。
明日死んでしまうって分かっていても、きっと辞めさせたと思います。
彼女は、曲がったことがとても嫌いだったから。
――曲がったことが嫌いというよりは、きみのことが大切だからではないだろうか。
……そうですね。
そうだったと思います。
どっちにしても、ハンナは汚れたわたしを見ずに済んだんです。
――というと?
ある夏の日でした。
真っ青な空に、白くて大きな雲が浮かんでいた。
とても気持ちのいい日でした。
ハンナとわたしが山を下りて、もう6年が経っていました。
もちろん、わたしが医者と関係を持ってという意味でもですけど。
その日わたしは、ハンナのお見舞いに行ったんです。
月に何度か、ライオンはわたしがそうすることを許してくれていました。
いつもの病室を覗くと、ベッドが空っぽだったんです。
わたしは最初、ハンナは別の病室に移ったとしか思いませんでした。
最近の彼女は調子もよかったし、そういうこともあるかもしれないと思ったんです。
それで部屋にいた看護師に、ハンナはどこかと尋ねました。
すると彼女は、すごく変な目でわたしを見たんです。
そういう目で見られるのはよくあることなので、あまり気にもしませんでした。
ハンナさんは、亡くなりましたよ。
お聞きになっていないんですか?
彼女ははっきりと、そう言いました。
少し太り過ぎの、黒いブタの看護師でした。
それで……。
それで、何もかもだめになってしまった。
――だめになったというのは、どういうことか聞いてもいいかな。
そのままです。
全部、全部です。
わたしは、何も考えられなくなったし、何も感じなくなってしまった。
医者はずっと、わたしとの行為を楽しんでいたと思います。
でもそれにも、何も感じなくなってしまったんです。
爪が肉を裂くのを感じるし、もちろん痛みもある。
でもそれはどこか別の誰かが感じているような……遠い所にある感覚なんです。
苦しみを苦しみ、痛みを痛みとして、わたしは受け入れることが出来なくなりました。
彼がどんなに酷いことをしても、わたしは泣かなくなりました。
口に指を押し込まなくても、叫ばなくなりました。
彼は、それが面白くなかったんです。
それでも、何とかしてわたしを治そうとしたみたいです。
皮肉ですけど、彼は医者ですから。
考えつく限りの苦痛を与え、わたしの心が戻って来るのを待っていました。
わたしがまた苦しむのを、彼は見たかったんだと思います。
今日はもう許してくださいって、息も絶え絶えに言うのを待っていたはずです。
でも、だめだった。
彼はハンナも、わたしのことも、治すことは出来なかった。
それで、彼はとうとうわたしを手放すことにしたんです。
彼の治療のおかげで、わたしはぼろぼろでした。
わたしが飼われていた小屋で包まっていた、汚れたぼろ毛布みたいでした。
だから彼は、家から離れたどこかに、わたしを捨てたんです。
もういらなくなったごみだから、捨てたんです。