表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/118

インタビュー②

ボック先生のインタビューは続く。

エレンは彼に、自分がここに来るまでに経験したことを話して聞かせる……。

――きみは、その医者のうちに行って仕事をしたのかい?


はい。

日のあるうちは、家でいろいろな仕事をしました。


掃除などの、雑用が多かったと思います。

わたしは簡単な食事も作れましたが、奥様がそれを嫌がったので。


――他には、どんな仕事を?


……。


――この質問には、答えられるならでいいんだよ。


……。

……その仕事は、特別でした。

いつもあるわけじゃない。


医者の先生がうちにいる夜だけです。

彼は忙しくて、家にいないことも多かったです。


夜、真夜中です。

家族が寝静まった頃に、その医者はわたしの部屋に来るんです。

部屋と言っても、埃臭い物置小屋でした。


彼はいつも、つるつるとした長い上着を着て、わたしの所へやってきました。

そして……そして、言うんです。

わたしに、服を脱ぐように。


初めての晩は、全く訳が分からなかった。

その日は寒くて、わたしは服を脱ぐのが嫌だったんです。

だから、そうするのは嫌だとはっきりと言いました。


――それで?


そうしたら、思い切り殴られました。

大きな手で、平手打ちされたんです。


でも、彼は保健所の連中のように、大声で罵ったりはしなかった。

それでいて、ハンナのようにわたしに優しくする気もありませんでした。


抵抗するわたしを、彼はベッドに押しつけたんです。

ベッドといっても、木箱を並べて置いて、その上にマットを敷いただけなんですけど。


それで、それで、わたしを……。

分かりますか?


――間違っていたら申し訳ないけど……つまり、オスとメスがやることということかな。


そうです。

でも、ただそうするだけじゃ済まなかった。


――他には、何が?


彼は、わたしの背中に爪を立てたんです。

首の真ん中辺りから、斜めに引き下ろされました。

その時のは、今でも一番深い傷跡です。


――つまり彼は、そういうこともしながら、きみとその行為を……?


そうです。

わたしが苦しむことで、彼はより快感を得られるのだと言いました。

そしてそのことが、ハンナを助けることに繋がるのだとも。


叫ぶことは出来ませんでした。

()()をする時、彼はいつもわたしの口に指を突っ込むんです。

それで、声は出せなかった。


叫んだとしても、きっと聞こえなかったと思います。

わたしのいた小屋は、お屋敷からずいぶん離れていましたから。


――彼は、約束を守ったのかな。

――きみとそうする代わりに、ハンナを助けてくれた?


そうだと思います。

その約束は、ちゃんと守ってくれていました。


だからこそわたしは、どうしたって耐えなくちゃいけなかったんです。

わたしが彼女のために出来ることは、自分の体を使わせることしかなかったんです。

自分が頑張らなかったせいでハンナがいなくなってしまうなんて、耐えられなかった。


――ハンナには、きみのことを話した?


わたしが、そういうことになっているということを?

いいえ。

話しませんでした。


彼女は、相変わらず寝ていることが多かったし。

一度、どうしているのかと聞かれたことはありました。


ここのお医者の先生が、わたしをうちに置いてくれている。

そこで仕事をしてお金をもらっているから、ハンナは心配しないで。

そんなことを、言ったように思います。


それはある意味では、嘘じゃなかった。

だからハンナは、きっと嘘だとは思わなかったでしょう。


わたしがそんな、自分のために獣に体を使わせているなんて知ったら、ハンナはきっと許さなかった。

明日死んでしまうって分かっていても、きっと辞めさせたと思います。

彼女は、曲がったことがとても嫌いだったから。


――曲がったことが嫌いというよりは、きみのことが大切だからではないだろうか。


……そうですね。

そうだったと思います。

どっちにしても、ハンナは汚れたわたしを見ずに済んだんです。


――というと?


ある夏の日でした。

真っ青な空に、白くて大きな雲が浮かんでいた。

とても気持ちのいい日でした。


ハンナとわたしが山を下りて、もう6年が経っていました。

もちろん、わたしが医者と関係を持ってという意味でもですけど。


その日わたしは、ハンナのお見舞いに行ったんです。

月に何度か、ライオンはわたしがそうすることを許してくれていました。


いつもの病室を覗くと、ベッドが空っぽだったんです。

わたしは最初、ハンナは別の病室に移ったとしか思いませんでした。

最近の彼女は調子もよかったし、そういうこともあるかもしれないと思ったんです。


それで部屋にいた看護師に、ハンナはどこかと尋ねました。

すると彼女は、すごく変な目でわたしを見たんです。

そういう目で見られるのはよくあることなので、あまり気にもしませんでした。


ハンナさんは、亡くなりましたよ。

お聞きになっていないんですか?


彼女ははっきりと、そう言いました。

少し太り過ぎの、黒いブタの看護師でした。


それで……。

それで、何もかもだめになってしまった。


――だめになったというのは、どういうことか聞いてもいいかな。


そのままです。

全部、全部です。


わたしは、何も考えられなくなったし、何も感じなくなってしまった。

医者はずっと、わたしとの行為を楽しんでいたと思います。

でもそれにも、何も感じなくなってしまったんです。


爪が肉を裂くのを感じるし、もちろん痛みもある。

でもそれはどこか別の誰かが感じているような……遠い所にある感覚なんです。

苦しみを苦しみ、痛みを痛みとして、わたしは受け入れることが出来なくなりました。


彼がどんなに酷いことをしても、わたしは泣かなくなりました。

口に指を押し込まなくても、叫ばなくなりました。

彼は、それが面白くなかったんです。


それでも、何とかしてわたしを治そうとしたみたいです。

皮肉ですけど、彼は医者ですから。


考えつく限りの苦痛を与え、わたしの心が戻って来るのを待っていました。

わたしがまた苦しむのを、彼は見たかったんだと思います。


今日はもう許してくださいって、息も絶え絶えに言うのを待っていたはずです。

でも、だめだった。


彼はハンナも、わたしのことも、治すことは出来なかった。

それで、彼はとうとうわたしを手放すことにしたんです。


彼の()()のおかげで、わたしはぼろぼろでした。

わたしが飼われていた小屋で包まっていた、汚れたぼろ毛布みたいでした。


だから彼は、家から離れたどこかに、わたしを捨てたんです。

もういらなくなったごみだから、捨てたんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ