慰める会
「慰める会」と称してみんなが集まったのは、傷心のロブを励ますためだった。
そこでロブはチャドとフローリアンに、エレンと別れたことを打ち明ける。
散々飲んで解散した後でアパートに帰って来たロブは、あるDVDを見ることにして……。
「ロブー、こっちだよ」
「ったく、遅っせーんだよ」
みんなで集まる時によく使う、いつものカフェバー。
今日は珍しく、俺が最後だった。
悪いと一言言って、席に着く。
少し遅れると電話したまま持っていたスマホを鞄に片付けようと、ファスナーを開けた。
そこに入っていた、薄いプラスチックのケースが目に入る。
昨日ボック先生にもらったディスクは、そのまま鞄の中に入っている。
そこに何があるのかは分からなかったけど、俺は見るのが怖かった。
部屋を出る前に、先生が言ったこともある。
エレンが経験したことを、私の口から話すことは出来ない。
このディスクに収められたありのままを私の主観なしに見て、きみが判断してほしい。
そして叶うなら、また彼女を笑顔にしてやってくれないだろうか。
きみになら出来るんじゃないかと、いや、出来るとしたらきみしかいないと思うんだ……。
「お、何それ」
「エロDVDのコピー?」
いつの間にかチャドが俺の隣に座り、鞄の中を覗き込んでいた。
何でまず、一番にそれが思い浮かぶのか分からない。
「勝手に見るなよ」
「授業で使う教材だよ」
俺は咄嗟に嘘を吐いた。
チャドも大した興味はないらしく、ふーんと言うと、今度は自分の鞄を漁っている。
「それ見て思い出した」
「ほらよ、これ」
彼が取り出したのは、オレンジ色のCDホルダーだった。
ざっと見て、ディスクが20枚くらいは入りそうな代物だ。
「何だよ、これ」
「聞いて驚けよ?」
「オレの超お気に入りエロDVDのコピーディスクでぇ~~す!」
「これ、ロブくんに全部あげちゃう!!」
「コピーすんの大変だったんだからな」
「ありがたく見ろよ」
「伝説的なAVになった女豹シリーズも網羅してあっからな」
「マジで見ろ」
「オオカミのおまえでも、絶対ヌけるから」
「……こいつ、もう何か飲んだの?」
「酔ってる?」
いつも以上に不可解すぎるチャドの行動に、俺は怒るのも忘れた。
真面目な顔してフローリアンに尋ねると、彼は微笑んだ。
「まあまあ」
「チャドなりに、きみを元気づけようとしてるってこと」
「は?」
「俺を元気づけるって何だよ?」
「チャドを慰めるんじゃないのか?」
「何でオレが慰めてもらわにゃいけねーのよ」
「単位以外は、概ね良好だっつの」
ますます訳が分からない。
慰められるのは、俺だってことか?
「これはな、ライムの希望でもあるんだよ」
「え、何だって?」
「何でライムが?」
「あの子、おまえの様子がおかしいって心配してたぞ」
「ちょっと前に偶然学食で会ってよ」
「そんで、自分では何ともしてやれないから、オレたちで励ましてやってくれって言われたの」
「チャドにメッセージを送ってもらったのは、ロブに勘違いさせるためだよ」
「実際、成功したみたいだね」
そこまで言うと、2匹は俺の顔を見た。
俺はどんな顔をしたらいいのか、全然分からなくなってしまった。
ここまで来て、もう隠すことは何もないと思った。
俺は2匹に、エレンと別れたこと、別れるに至った簡単な経緯を伝えることにした。
「マジかよー」
「ここまで付き合って来て、キスもして、結局エッチ無理ってのは辛いよなー」
「オレだったらショック死するわ」
「でも、友達としては続くの?」
「きみたち、仲が悪くなって別れるわけじゃないんだよね?」
フローリアンの問いに、俺は首を振った。
「もう、友達でもないんだ」
「下手に繋がってるより、きっぱり別れた方がいいって」
「その方が、お互いに前に進めるだろうからって」
「ロブは、それで納得したの?」
「納得したっていうか、なるほどなとは思った」
「友達として付き合い続けると、やっぱり期待する部分も出て来ると思うし」
フローリアンは、何だか釈然としない感じだった。
それでも俺たちが決めたことだと、口を出すようなことはしなかった。
彼のそういうところは、やっぱり好感を持てる。
「まあまあ、過ぎたことは仕方ないな」
「せっかく集まったし、今日はとことん飲もうぜ!」
湿っぽい雰囲気になりそうになるたび、チャドは盛大に飲んだ。
彼のそういうところにも、今日ばかりは救われた。
*
店が閉まる午前1時前に、俺たちは解散した。
さすがに飲み過ぎた。
足がふらつく。
それでも何とかアパートまで帰って来て、玄関に倒れ込む。
そのまま這うようにして、ソファに座った。
昨日ボック先生と話してから、何だか重苦しい気分に囚われていた。
それが今は、不思議とない。
たまには羽目を外すことも、俺には必要みたいだ。
ちょっと真面目に生き過ぎてるかなと、ふと思った。
ソファ前のテーブルには、何に使ったか思い出せないけど、パソコンが出しっ放しになっている。
羽目を外しついでに、俺はチャドがくれたDVDを見てみることにした。
別にムラムラしているわけじゃない。
ただ、何となく見てみる気になった。
鞄からディスクを取り出し、起動したパソコンにセットした。
やがて、ディスクを読み取るためにパソコンが微かに唸り始める。
チャドの言う女豹シリーズとは、数年前、俺たちがまだ高校生の時に流行ったAVのタイトルだ。
ファビエンヌという無名の女優を使ったこのシリーズは、【なぜだかめちゃくちゃエロい!】というキャッチフレーズの通り、爆破的にヒットしたという。
なぜだか分からないけど、とにかくすごい!
肉食・草食問わずヌける!
そんなレビューが、ネット上を席巻していたらしい。
どれも、当時のチャド曰くだけど。
もうそろそろ買い替え時なのか、パソコンはなおも唸って頑張っている。
しばらく待っていると、ようやく、画面に再生用のソフトが立ち上がった。
こういう時は、先にズボンを脱いでおくものなのか。
ティッシュの箱を、あらかじめ手の届く場所に置くものなのか。
AVを全く見たことがないわけじゃないけど、いつもどうしていいか分からなくなる。
喉が渇いた。
そう思って、俺は冷蔵庫に水のボトルを取りに向かった。
ズボンは、その気になってからでいい。
『今日は、よろしくお願いします』
『はい』
再生された音声を聞きながら、俺はソファに沈むように座り込んだ。
ボトルのキャップを空け、ごくごくと水を飲む。
蓋を閉めたボトルをテーブルに置いた時、やっと画面に目を移した。
画面は、真っ暗だった。
とうとうイカれたか?
あー、中に入ってたデータ、どうしようか……。
そんなことを呑気に考えていると、テーブルに開いたプラスチックケースが出ているのに気が付いた。
チャドがくれたディスクは、まとめてホルダーに入っているはずだ。
やっぱり酔ってる。
これは、ボック先生からもらったディスクじゃないか。
そう、ボック先生から……。
『バスチアンから聞いているかと思うけど、今からきみにインタビューを受けてもらうことになった』
『それにあたってビデオ撮影をしたいのだけど、それは許可してもらえそうかな?』
『ええ、構いません』
俺はゆっくりとソファから身を乗り出し、未だ黒一色の画面を見つめた。
ビデオカメラを通して少し変化はしているものの、これは間違いなくボック先生の声だ。
ということは、言葉少なに応じているのは……。
『ありがとう』
『では、始めようか』
画面が急に明るくなった。
どうやら、レンズキャップを開けたらしい。
ガサガサいう音がして、画が揺れる。
そして、映像の中にある女性が現れた。
エレンだった。