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リセット

ロブとエレンは、互いの関係について今一度話し合うことになった。

そこでエレンは、今後の自分たちがどうすればいいのかという提案を、ロブにして……。

そこで初めて、彼女は俺を押し留めた。

決して跳ねのける感じじゃなく、とてもゆっくりと。


「分かってる」

「ちゃんと分かってるよ、ロブ」


ゆっくりと体を起こして、エレンは静かに言った。

俺がソファに押し倒したせいで、彼女の髪は乱れていた。


「ごめんね」

「ごめんねって、どういう意味?」


押し倒した気まずさの中、それでも俺は彼女に尋ねた。

謝るとしたら、それは俺の方じゃないのか。


「わたし、きみとは寝られない」

「……え?」


混乱した。

そう答えるのが、やっとだった。

それでも彼女の言うことの真意を探ろうと、その青い瞳を見つめる。


「それって、つまりどういうこと?」

「結婚するまでは関係が持てないとか、そういうこと?」

「……」


エレンは何も言わない。

答えは、きっとノーだ。

そういうことじゃ、ないってこと。


「ねえ、何で?」

「俺が無理矢理やろうとしたのが悪かった?」


今度は、首を左右に振った。

少し乱れた黒髪が、それに合わせてゆらゆらと揺れる。


「俺はもう十分に待った気がしてるけど、きみは違うってこと?」

「違う、そういうことじゃないの」

「じゃあ、どういうこと?」


俺には、分かっていた。

一番はっきりした答えを引き出すために、一体何を言えばいいのか。

でもそれは、とても勇気のいる質問だった。


「……エレン、俺たち付き合ってるんだよね?」

「俺はずっとそのつもりだったけど、きみは違ったの?」


そんなことない。

付き合ってるに決まってるじゃない。

ロブ、そんなこと言わないでよ……。


俺はどこかで、エレンがそんな風に反論するのを期待していた。

それで俺を抱き締めて、何かそれらしい弁解をするのを。


「分からない」


エレンは、はっきりそう言った。


そりゃそうだ。

彼女はあばずれじゃない。

付き合っていないオスとは、寝ないに決まってる。


「ロブ、もちろんあなたのことは嫌いじゃないの」

「一緒にいて楽しかったし、とても穏やかな気持ちになれた」

「だから、わたしもずるずると、ここまで来ちゃったんだと思う」


違う。

俺が聞きたいのは、そういうことじゃない。


「でもね、わたしは人間だし、あなたは獣よ」

「どうしたって、相容れないものはあるの」


「ずっと、そんな風に思ってたの?」

「俺が……きみのことをどんなに好きでいるか、気付いてなかったはずないよね?」


「ごめんなさい」

「謝ってほしいんじゃない……」


俺たちは、ソファで向かい合って座っていた。

エレンは俺の恋人で、俺たちは互いに深く思い合っている。

そんな気持ちでさっきまで寄り添って座っていたのが、もう遠い昔のように思えた。


「そういう、ことだから」

「こんな形になっちゃったけど……ごめんなさい」


「ごめんなさいって、どういう意味?」

「きみは、さっきから謝ってばかりだ」

「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃないか」


俺はずっと、彼女を見ていた。

いつも俺の目をまっすぐに見ていた彼女は、しかし今はもういない。


「分かった、じゃあ言う」

「きみと付き合ってるのかどうか、わたしには分からない」

「でも……体の関係も含めて付き合うっていうことなら、きっとわたしたちはそうじゃない」


「今だけじゃない」

「これから先もずっとそう」

「わたしは、あなたとはそういう関係にはならないの」


彼女の声にも話し方にも、不明瞭なところは何もなかった。

俺は、なおも黙ってソファに座っていた。

そうやって、彼女が何かよく分からないことを言っていると、思い込みたかったのかもしれない。


「付き合っていなくても、友達として関係が続くことだってあると思うの」

「でもね、わたしたちってそんなに器用じゃないわよね?」

「曖昧な関係を続けたのをなかったことにして、また今までみたいにってわけにはいかないでしょ?」


エレンは笑っていた。

彼女が何を言おうとしているのか、俺には何となく分かってしまう。


「だからね、考えたの」

「わたしたちの関係は、もうきっぱりおしまいにしましょう」


「リセットするの」

「あの雨の日に、わたしたちが、出会う前に」

「きっとそれが、お互いにとって一番いい……」


あの雨の日。

汚れた俺を、ここに連れて来たのはエレンだった。

服を洗濯し、温かいコーヒーを淹れてくれた。


もしあの日、彼女と出会わなかったら。


今まで何度も考えたことを、いよいよ現実にしなくちゃならなくなった。

彼女の言う通り、きっとそれが一番いいんだ。

俺が割り切って前に進めないことも、彼女はよく分かっている。


「分かった」

「きみの考えていることは、よく分かった」


俺はソファから立ち上がると、上着と鞄を手にして玄関に向かった。

俺がどう考えているのかは、彼女には関係ないみたいだった。

引き留めることもしなかった。


ドアを閉める間際、その隙間から部屋を覗いた。

今まで何度も、ここで楽しい時間を過ごした。

間接照明で柔らかく照らされた室内は、今では俺を拒むように見える。


ぱたんと音がして、ドアが完全に閉まった。

ほんの一瞬、俺はその前で立ち止まっていた。

やがて上着を羽織り、そのまま廊下を歩き出す。


俺はもう、二度とこの部屋を訪れることはないだろう。

時間はまた、ゼロに戻る。


こうして俺と彼女は、それぞれに出会わなかったルートを歩いて行くことになった。

いつかベランダで、彼女とコーヒーを飲みたい。

その淡い夢は、結局叶わないままだった。

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