2度目の晩
ノヴフェストの後、エレンと食事をすることになったロブ。
彼女と過ごすうちに、彼の心には小さな不満が渦巻いて……。
『よかったら、うちで夕食でもどう?』
エレンからそんなメッセージをもらったのは、ノヴフェストの数日後のことだった。
2度目のノヴフェストは、俺にとって簡単には忘れられない学祭になってしまった。
あの日、部室でライムとの間に起こったことは、もちろん誰にも話していない。
フローリアンにさえも、話せずにいた。
ライムとこれからどう顔を合わせていけばいいか、俺はとても悩んだ。
しかし当のライムは、まるで何事もなかったように振舞うのだった。
あの一件をほじくり返すのは、お互いにとってよくないことだ。
俺はそう思い直し、俺もまた、何事もなかったように彼女と接した。
大学生という時期には、こういう危ういことも起こり得るのかもしれない。
そういうわけで悩みつつも、俺はエレンに返事をした。
そしてその翌日、俺は彼女と食事をすることになったのだ。
*
「この前の学祭はどうだった?」
「今回は一緒に行けなくて、残念だったわ」
モッツァレラチーズの入ったベビーリーフのサラダを取り分けながら、エレンは俺にそう言った。
それは言葉そのままだと、俺は自分に言い聞かせる。
彼女はこの日も、あの夜と同じワンピースを着ていた。
ゆったりとしたシルエットで明るいベージュ、縦に何本か、黒いラインが入っている。
前開きなのか、胸元には幾つかのボタンが並んでいた。
「やっぱり、スワッグの売行きはよかったよ」
「また来年も……そうだ」
食事の途中だったけど、俺は席を立つ。
鞄から、透明な袋に入れられたスワッグを取り出した。
「これ、よかったら使う?」
「デザインのアドバイスしてくれたきみにと思って、取り分けといたんだ」
パスタを食べていた手を止め、エレンは俺から袋を受け取る。
嬉しいと言って、にっこりと笑った。
俺たちは、和やかな雰囲気で食事を終えた。
並んで後片付けをし、会わなかった間のいろいろな話をした。
食後には、アイスクリームを食べた。
エレンはペパーミントで、俺はチョコレートだった。
アイスを食べながらソファに並んで座って、またTVで古い映画を見た。
そういえば、前に彼女を訪ねたのも、映画のやってる金曜日の晩だった。
あの日エレンに拒まれ、学祭の晩にはライムに迫られた。
危うく彼女に襲いかかりそうになった俺の中の何かは、未だ消化されずに俺の中にある。
もしあの晩エレンと寝ていたら、俺はきっと、ライムとあんなことにはならなかったんじゃないか?
彼女にあそこまでさせてしまう前に、何かいい方法を見つけていたはずだ。
そう思うと、怒りに似た感情が胸の中で小さな渦を巻いた。
それは、俺がエレンに初めて感じた不満だったと思う。
年上で、俺を手の平で転がすエレン。
何で、きみは何でそうなんだ。
「今日のはけっこう面白かったね」
TV映画の感想を述べたエレンが、空になったアイスカップを手に立ち上がる。
あの晩と同じように、俺は彼女の手を取って引き寄せた。
前よりも、少し強引に。
キスした俺を、彼女は拒みはしなかった。
俺が仕掛けたものではあったけど、最終的には彼女が主導権を握る。
「……チョコレート味も、捨てがたいわね」
俺に覆い被さった唇を一舐めして、エレンは言った。
そしてまた、いつものお決まりの文句が続く。
「さあ、今日はもう帰らなくちゃ」
「電車がなくなるわよ」
俺は、答えなかった。
拗ねた子どものように、ソファに座ったまま下を向いて黙っていた。
「ロブ、どうしたの?」
へそを曲げた子どものご機嫌を取るように、エレンは俺の顔を覗き込む。
その行動も、何だか妙に癇に障った。
俺は体勢を変えると、彼女をソファに押し倒した。
彼女の長い髪が、大きな鳥が翼を広げたように広がった。
ソファに寝転がったエレンの肩を、俺はやんわりと押さえた。
彼女が俺から逃げたければ、すぐにでもそう出来るように。
でも彼女は、逃げたりはしなかった。
驚きもせず、下から俺を見上げている。
彼女の深いブルーの瞳に、動揺の色はない。
「……俺、今日はこの部屋に泊まりたい」
口に出してみると、子どもじみて馬鹿みたいに聞こえた。
本当に、ただの駄々っ子みたいだ。
「そう……」
「ロブがそうしたいならいいけど、ソファで寝ることになるわよ?」
エレンは、至って冷静だった。
俺は、さらに食い下がる。
「ソファじゃなく、きみのベッドで寝たいんだ」
「きみの隣で」
俺が駄々を重ねても、エレンは怒ったりしなかった。
怒らない代わりに、受け入れてもくれなかった。
何で?
何で何も言ってくれないんだ。
嫌なら嫌だって、正直にそう言えばいいじゃないか。
イエスともノーとも答えをもらえない俺は、一体何だっていうんだよ。
「エレン、分かってる?」
「俺がオスだってこと……」
「俺が今ここで、きみと何をしたがってるかってこと」
とうとう、言ってしまった。
もう後には引けない。
それは、自分たちの関係を一変させるかもしれない言葉だった。
それでも俺は、後悔はしていなかった。
ずっとこのままなら、いっそなるようになればいい。
この時は、本気でそう思っていた。
彼女はやっぱり何も言ってくれなくて、俺は悲しかった。
その気持ちをぶつけるように、彼女に覆いかぶさってキスをした。
それは今までで一番、乱暴なキスだったと思う。
鼓動が早くなり、自分の息遣いが荒くなるのを感じる。
前は触れないように避けた胸にも、遠慮なく手の平を押しつけた。
キスを繰り返し、首筋にそっと牙を立てる。
俺がそんな風にしても、エレンは拒絶しなかった。
されるがままに、体を任せていた。
俺の手が、ワンピースのボタンに掛かった時までは。