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2度目の晩

ノヴフェストの後、エレンと食事をすることになったロブ。

彼女と過ごすうちに、彼の心には小さな不満が渦巻いて……。

『よかったら、うちで夕食でもどう?』


エレンからそんなメッセージをもらったのは、ノヴフェストの数日後のことだった。

2度目のノヴフェストは、俺にとって簡単には忘れられない学祭になってしまった。


あの日、部室でライムとの間に起こったことは、もちろん誰にも話していない。

フローリアンにさえも、話せずにいた。


ライムとこれからどう顔を合わせていけばいいか、俺はとても悩んだ。

しかし当のライムは、まるで何事もなかったように振舞うのだった。


あの一件をほじくり返すのは、お互いにとってよくないことだ。

俺はそう思い直し、俺もまた、何事もなかったように彼女と接した。

大学生という時期には、こういう危ういことも起こり得るのかもしれない。


そういうわけで悩みつつも、俺はエレンに返事をした。

そしてその翌日、俺は彼女と食事をすることになったのだ。



「この前の学祭はどうだった?」

「今回は一緒に行けなくて、残念だったわ」


モッツァレラチーズの入ったベビーリーフのサラダを取り分けながら、エレンは俺にそう言った。

それは言葉そのままだと、俺は自分に言い聞かせる。


彼女はこの日も、()()()と同じワンピースを着ていた。

ゆったりとしたシルエットで明るいベージュ、縦に何本か、黒いラインが入っている。

前開きなのか、胸元には幾つかのボタンが並んでいた。


「やっぱり、スワッグの売行きはよかったよ」

「また来年も……そうだ」


食事の途中だったけど、俺は席を立つ。

鞄から、透明な袋に入れられたスワッグを取り出した。


「これ、よかったら使う?」

「デザインのアドバイスしてくれたきみにと思って、取り分けといたんだ」


パスタを食べていた手を止め、エレンは俺から袋を受け取る。

嬉しいと言って、にっこりと笑った。


俺たちは、和やかな雰囲気で食事を終えた。

並んで後片付けをし、会わなかった間のいろいろな話をした。


食後には、アイスクリームを食べた。

エレンはペパーミントで、俺はチョコレートだった。


アイスを食べながらソファに並んで座って、またTVで古い映画を見た。

そういえば、前に彼女を訪ねたのも、映画のやってる金曜日の晩だった。


あの日エレンに拒まれ、学祭の晩にはライムに迫られた。

危うく彼女に襲いかかりそうになった俺の中の何かは、未だ消化されずに俺の中にある。


もしあの晩エレンと寝ていたら、俺はきっと、ライムとあんなことにはならなかったんじゃないか?

彼女にあそこまでさせてしまう前に、何かいい方法を見つけていたはずだ。


そう思うと、怒りに似た感情が胸の中で小さな渦を巻いた。

それは、俺がエレンに初めて感じた不満だったと思う。


年上で、俺を手の平で転がすエレン。

何で、きみは何でそうなんだ。


「今日のはけっこう面白かったね」


TV映画の感想を述べたエレンが、空になったアイスカップを手に立ち上がる。

あの晩と同じように、俺は彼女の手を取って引き寄せた。

前よりも、少し強引に。


キスした俺を、彼女は拒みはしなかった。

俺が仕掛けたものではあったけど、最終的には彼女が主導権を握る。


「……チョコレート味も、捨てがたいわね」


俺に覆い被さった唇を一舐めして、エレンは言った。

そしてまた、いつものお決まりの文句が続く。


「さあ、今日はもう帰らなくちゃ」

「電車がなくなるわよ」


俺は、答えなかった。

拗ねた子どものように、ソファに座ったまま下を向いて黙っていた。


「ロブ、どうしたの?」


へそを曲げた子どものご機嫌を取るように、エレンは俺の顔を覗き込む。

その行動も、何だか妙に癇に障った。


俺は体勢を変えると、彼女をソファに押し倒した。

彼女の長い髪が、大きな鳥が翼を広げたように広がった。


ソファに寝転がったエレンの肩を、俺はやんわりと押さえた。

彼女が俺から逃げたければ、すぐにでもそう出来るように。


でも彼女は、逃げたりはしなかった。

驚きもせず、下から俺を見上げている。

彼女の深いブルーの瞳に、動揺の色はない。


「……俺、今日はこの部屋に泊まりたい」


口に出してみると、子どもじみて馬鹿みたいに聞こえた。

本当に、ただの駄々っ子みたいだ。


「そう……」

「ロブがそうしたいならいいけど、ソファで寝ることになるわよ?」


エレンは、至って冷静だった。

俺は、さらに食い下がる。


「ソファじゃなく、きみのベッドで寝たいんだ」

「きみの隣で」


俺が駄々を重ねても、エレンは怒ったりしなかった。

怒らない代わりに、受け入れてもくれなかった。


何で?

何で何も言ってくれないんだ。


嫌なら嫌だって、正直にそう言えばいいじゃないか。

イエスともノーとも答えをもらえない俺は、一体何だっていうんだよ。


「エレン、分かってる?」

「俺がオスだってこと……」

「俺が今ここで、きみと何をしたがってるかってこと」


とうとう、言ってしまった。

もう後には引けない。


それは、自分たちの関係を一変させるかもしれない言葉だった。

それでも俺は、後悔はしていなかった。

ずっとこのままなら、いっそなるようになればいい。

この時は、本気でそう思っていた。


彼女はやっぱり何も言ってくれなくて、俺は悲しかった。

その気持ちをぶつけるように、彼女に覆いかぶさってキスをした。

それは今までで一番、乱暴なキスだったと思う。


鼓動が早くなり、自分の息遣いが荒くなるのを感じる。

前は触れないように避けた胸にも、遠慮なく手の平を押しつけた。

キスを繰り返し、首筋にそっと牙を立てる。


俺がそんな風にしても、エレンは拒絶しなかった。

されるがままに、体を任せていた。

俺の手が、ワンピースのボタンに掛かった時までは。

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