部室での秘めごと
今年も、無事にノヴフェストが終わった。
部室にライムと後片付けに来たロブは、突然思いもよらないことになって……。
11月某日。
空気は冷たいけど、空は雲一つないすっきりとした秋晴れ。
それなのに、俺はこんな有様だ。
「先輩、もっとシャキッとしなよ」
店でボーッとしていた俺を、ライムが叱る。
彼女にこんなことを言われるのは、もう何度目かな……。
「一体どうしたの?」
「少し前から、ちょっとおかしいよ」
少し前、俺はそれとなくエレンに迫った挙句、彼女から軽い拒絶を受けてしまったのだった。
我ながら情けないけど、未だにそれを引きずっているわけで。
「あ、例の彼女と何かあったんだ?」
スワッグの売行きは、今年も上々だ。
客の切れ間に、ライムは確信を突いてきた。
「何ー、何があったの?」
「……ちょっといい雰囲気になったんだけど、ダメな日って言われちゃって」
彼女は、俺の抱えているものを出させるのが上手い。
近頃のライムは、俺のとってよきアドバイザーになりつつある。
「マジで?」
「先輩、よりにもよって、その日を引き当てちゃう?」
同情するように、ライムは笑った。
「じゃあ、不発に終わっちゃったんだ?」
「ま、そういうことだね」
「あの気まずさったらないよ、ほんと」
エレンは仕事があって、今回は一緒に回れないことになっていた。
もしかして避けられてるかもという心配は、ないこともない。
以前にもそう感じることはあったけど、きっと俺の思い過ごしだ。
俺が気まずく思っているだけで、エレンは何とも思っていないに違いない。
*
今回も、大したトラブルなくノヴフェストは終わった。
閉会セレモニーが始まる前に、店を片付けることが出来た。
「後片付けは俺がやっとくよ」
「ステージ、見て来たら?」
俺がそう言っても、ライムは自分も片付けると申し出た。
少し頑なな感じもあったけど、単に責任感が強いからだろう。
「だって、ステージつまんないじゃん」
「公開告白ショーなんて、馬鹿みたいだよ」
「そうなんだ?」
「きみって、案外に真面目なんだな」
何それーと、荷物で両手の塞がったライムは、俺に体当たりをしてきた。
俺たちは笑いながら、部室まで片付けた荷物を運んで行った。
照明を点けても、地下にある部室は何だか薄暗く感じる。
俺は荷物を床の一角にまとめて置くと、ソファにどさっと座り込んだ。
「荷物の整理は、また今度やるか」
「ライム、今日は本当にお疲れさ……」
何が起こったのか、最初は分からなかった。
唇に何かの感触があるけど、俺には見えない。
ライムの美しいぶち模様のある手が、俺の目を塞いでいた。
やっと視界が開けたと思ったら、すぐ傍にライムの顔がある。
頬を染めて目を潤ませたサーバルが、俺に馬乗りになってこちらを見ている。
「先輩……」
2度目のキス。
今度は、自分が何をしているのかちゃんと分かる。
「ん、ライム、ちょっと……」
俺は彼女を引き剥がす。
何で急にこんなことになったのか、俺にはまるで分からない。
俺だって、一応オスなんだ。
彼女にキスされて、嫌だと感じたわけじゃない。
ライムはちょっとキツいけど感じもいいし、可愛く頼りになる後輩だ。
だけどこれは、きっとおかしい。
「何?」
「何って……聞きたいのは俺だと思うけど」
「先輩って、本当に鈍感だよね」
「え?」
「あたしが好きだよってオーラ出しても、全然気付いてくれないんだもん」
「あたし、我慢出来なくなっちゃった」
「見ての通り、肉食系だし」
抵抗しろ、何やってんだ。
頭の中で、もう1匹の俺が言う。
ライムからの3度目のキスは、拒否しようと思えば出来たはずだ。
それなのに、俺はされるがままになっていた。
「可哀想な先輩」
「ずっと彼女に、ヤらせてもらってないんでしょ?」
いつの間にか唇が離れ、ライムは俺の首に抱きついている。
彼女の吐く息が、熱い。
「仕方ないから、あたしで我慢したら?」
「別に、付き合ってくれなんて言わないよ」
「でもあたし、先輩のこと好きだから……」
ライムが、俺の首筋に鼻先を押し付ける。
ひんやりとしたその感触に、ぞわぞわっと毛が立つのが分かる。
彼女は俺のTシャツの裾から手を入れると、体を弄る。
シャツの下で、彼女の手が別の生き物のように動いている。
またキス。
一度離れて、煽るようにもう一度。
彼女は、オスをその気にさせるのに長けていた。
あの晩、エレンからお預けを食らって行き場のなくなったモヤモヤは、今も体の奥にある。
それが今、ライムに食いつこうとしている気がした。
俺の上半身をあちこちしていた手は、ベルトに到着したらしかった。
すぐに外しに掛かることはしないで、彼女の手はその辺りでもぞもぞと動いている。
抵抗しろと俺に忠告をした声は、いつしか立場を変えていた。
早くヤらせろと、今度はうるさくがなり立てる。
ベルトを片手で外すのは、さすがに難しいみたいだった。
キスで俺の口を塞ぎながら、ライムはさり気なく両手を使う。
遠くからステージの歓声が聞こえる中、部室では金属の触れ合う音だけがしている。
「あたしでいいよね、先輩……」
俺の顔を真っすぐに見て、ライムは笑った。
それは妙に、無邪気な笑顔だった。
「先輩、好き」
「好き」
俺に体を密着させてごそごそと動き、ライムは独り言のように呟く。
ベルトの外されたジーンズの中に、彼女の手がゆっくりと入ってくる。
「先輩……」
「ロブ先輩……ロブ……」
ロブ。
俺の名前を呼んだライムの声が、エレンのそれと重なった。
ぼんやりとした光の中で、彼女は俺を振り返る。
ロブ。
顔に被さる髪を手で避けながら、エレンは柔らかな笑みを浮かべた。
あなたのこと、好き。
大好き。
それはまだ、彼女自身からは聞いたことのない言葉だった。
「ごめん!」
ライムの肩を掴み、俺は彼女を体から離した。
なおも俺の上に跨ったまま、ライムはきょとんとした顔をしている。
「ごめん、ライム」
「本当にごめん……」
振り絞るように、謝ることしか出来ない。
彼女の顔も、まともに見ることが出来ない。
「ごめん……」
閉会セレモニーは、もう終了したみたいだった。
部室まで届く音は消え、今は静寂だけがここにいる。
「……変なの、先輩が謝るなんて」
重みが移動したのを感じ、彼女が俺から離れたことが分かった。
ライムは再びベルトに手を掛けると、律儀にそれを留め直した。
「可哀想だから、相手してあげよっかなって思っただけ」
「あたし今、彼氏いないし」
「でも、びっくりさせてごめんね」
それだけ言うと、ライムは部室から出て行った。
バタンとドアの閉まる音を聞いて、ようやく俺は顔を上げた。
大きく深呼吸をする。
ソファに沈み込むように座ると、両手で顔を覆った。