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部室での秘めごと

今年も、無事にノヴフェストが終わった。

部室にライムと後片付けに来たロブは、突然思いもよらないことになって……。

11月某日。

空気は冷たいけど、空は雲一つないすっきりとした秋晴れ。

それなのに、俺はこんな有様だ。


「先輩、もっとシャキッとしなよ」


店でボーッとしていた俺を、ライムが叱る。

彼女にこんなことを言われるのは、もう何度目かな……。


「一体どうしたの?」

「少し前から、ちょっとおかしいよ」


少し前、俺はそれとなくエレンに迫った挙句、彼女から軽い拒絶を受けてしまったのだった。

我ながら情けないけど、未だにそれを引きずっているわけで。


「あ、例の彼女と何かあったんだ?」


スワッグの売行きは、今年も上々だ。

客の切れ間に、ライムは確信を突いてきた。


「何ー、何があったの?」

「……ちょっといい雰囲気になったんだけど、ダメな日って言われちゃって」


彼女は、俺の抱えているものを出させるのが上手い。

近頃のライムは、俺のとってよきアドバイザーになりつつある。


「マジで?」

「先輩、よりにもよって、()()()を引き当てちゃう?」


同情するように、ライムは笑った。


「じゃあ、不発に終わっちゃったんだ?」

「ま、そういうことだね」

「あの気まずさったらないよ、ほんと」


エレンは仕事があって、今回は一緒に回れないことになっていた。

もしかして避けられてるかもという心配は、ないこともない。


以前にもそう感じることはあったけど、きっと俺の思い過ごしだ。

俺が気まずく思っているだけで、エレンは何とも思っていないに違いない。



今回も、大したトラブルなくノヴフェストは終わった。

閉会セレモニーが始まる前に、店を片付けることが出来た。


「後片付けは俺がやっとくよ」

「ステージ、見て来たら?」


俺がそう言っても、ライムは自分も片付けると申し出た。

少し頑なな感じもあったけど、単に責任感が強いからだろう。


「だって、ステージつまんないじゃん」

「公開告白ショーなんて、馬鹿みたいだよ」


「そうなんだ?」

「きみって、案外に真面目なんだな」


何それーと、荷物で両手の塞がったライムは、俺に体当たりをしてきた。

俺たちは笑いながら、部室まで片付けた荷物を運んで行った。


照明を点けても、地下にある部室は何だか薄暗く感じる。

俺は荷物を床の一角にまとめて置くと、ソファにどさっと座り込んだ。


「荷物の整理は、また今度やるか」

「ライム、今日は本当にお疲れさ……」


何が起こったのか、最初は分からなかった。

唇に何かの感触があるけど、俺には見えない。

ライムの美しいぶち模様のある手が、俺の目を塞いでいた。


やっと視界が開けたと思ったら、すぐ傍にライムの顔がある。

頬を染めて目を潤ませたサーバルが、俺に馬乗りになってこちらを見ている。


「先輩……」


2度目のキス。

今度は、自分が何をしているのかちゃんと分かる。


「ん、ライム、ちょっと……」


俺は彼女を引き剥がす。

何で急にこんなことになったのか、俺にはまるで分からない。


俺だって、一応オスなんだ。

彼女(メス)にキスされて、嫌だと感じたわけじゃない。


ライムはちょっとキツいけど感じもいいし、可愛く頼りになる後輩だ。

だけどこれは、きっとおかしい。


「何?」

「何って……聞きたいのは俺だと思うけど」


「先輩って、本当に鈍感だよね」

「え?」


「あたしが好きだよってオーラ出しても、全然気付いてくれないんだもん」

「あたし、我慢出来なくなっちゃった」

「見ての通り、肉食系だし」


抵抗しろ、何やってんだ。

頭の中で、もう1匹の俺が言う。


ライムからの3度目のキスは、拒否しようと思えば出来たはずだ。

それなのに、俺はされるがままになっていた。


「可哀想な先輩」

「ずっと彼女に、ヤらせてもらってないんでしょ?」


いつの間にか唇が離れ、ライムは俺の首に抱きついている。

彼女の吐く息が、熱い。


「仕方ないから、あたしで我慢したら?」

「別に、付き合ってくれなんて言わないよ」

「でもあたし、先輩のこと好きだから……」


ライムが、俺の首筋に鼻先を押し付ける。

ひんやりとしたその感触に、ぞわぞわっと毛が立つのが分かる。


彼女は俺のTシャツの裾から手を入れると、体を弄る。

シャツの下で、彼女の手が別の生き物のように動いている。


またキス。

一度離れて、煽るようにもう一度。

彼女は、オスをその気にさせるのに長けていた。


あの晩、エレンからお預けを食らって行き場のなくなったモヤモヤは、今も体の奥にある。

それが今、ライムに食いつこうとしている気がした。


俺の上半身をあちこちしていた手は、ベルトに到着したらしかった。

すぐに外しに掛かることはしないで、彼女の手はその辺りでもぞもぞと動いている。


抵抗しろと俺に忠告をした声は、いつしか立場を変えていた。

早くヤらせろと、今度はうるさくがなり立てる。


ベルトを片手で外すのは、さすがに難しいみたいだった。

キスで俺の口を塞ぎながら、ライムはさり気なく両手を使う。

遠くからステージの歓声が聞こえる中、部室では金属の触れ合う音だけがしている。


「あたしでいいよね、先輩……」


俺の顔を真っすぐに見て、ライムは笑った。

それは妙に、無邪気な笑顔だった。


「先輩、好き」

「好き」


俺に体を密着させてごそごそと動き、ライムは独り言のように呟く。

ベルトの外されたジーンズの中に、彼女の手がゆっくりと入ってくる。


「先輩……」

「ロブ先輩……ロブ……」


ロブ。


俺の名前を呼んだライムの声が、エレンのそれと重なった。

ぼんやりとした光の中で、彼女は俺を振り返る。


ロブ。


顔に被さる髪を手で避けながら、エレンは柔らかな笑みを浮かべた。


あなたのこと、好き。

大好き。


それはまだ、彼女自身からは聞いたことのない言葉だった。


「ごめん!」


ライムの肩を掴み、俺は彼女を体から離した。

なおも俺の上に跨ったまま、ライムはきょとんとした顔をしている。


「ごめん、ライム」

「本当にごめん……」


振り絞るように、謝ることしか出来ない。

彼女の顔も、まともに見ることが出来ない。


「ごめん……」


閉会セレモニーは、もう終了したみたいだった。

部室まで届く音は消え、今は静寂だけがここにいる。


「……変なの、先輩が謝るなんて」


重みが移動したのを感じ、彼女が俺から離れたことが分かった。

ライムは再びベルトに手を掛けると、律儀にそれを留め直した。


「可哀想だから、相手してあげよっかなって思っただけ」

「あたし今、彼氏いないし」

「でも、びっくりさせてごめんね」


それだけ言うと、ライムは部室から出て行った。

バタンとドアの閉まる音を聞いて、ようやく俺は顔を上げた。


大きく深呼吸をする。

ソファに沈み込むように座ると、両手で顔を覆った。

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