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ライムのアドバイス

夏休み明け、ロブはライムとノヴフェストの出し物の準備をしていた。

エレンとの関係についてライムから、「ぐいぐいと迫ってみては」とアドバイスを受けたロブは……。

エレンに対して不安を覚えた時もあったけど、今ではそれほど気にすることでもなくなっていた。

夏休み明けはただでさえ慌ただしいし、11月のノヴフェストの準備もしなくちゃならない。

つまらないことで、あれこれ悩むのはもうおしまいにしよう。


ノヴフェストでは、今年もスワッグをやるつもりだ。

去年とは、束ねる植物の種類を少し変えることにした。

例年通り、材料はフラワー・ベアンハルトにお願いしてある。


今年も、エレンと回る楽しい学祭になるはずだった。

少なくとも俺は、そう信じていた。



「あー、やだぁ」

「けっこう肩凝りますね、これって」


部室でスワッグを作っていたライムは、うーんと大きく伸びをした。

エンケンの狭い部室内は、スワッグに使う針葉樹の香りでいっぱいだ。


「疲れた?」

「休憩してくれていいよ」


俺は彼女を気遣ったつもりだった。

しかし、ライムは頬を膨らませて反論する。


「何それー」

「先輩だってやってるんだから、あたしだってちゃんとやるよ!」

「そう? ありがと……」


最近のライムは、なぜか俺に冷たい。

いや、冷たいっていうのとは、ちょっと違う気もするんだよな……。


「……エレンさんて人」

「え?」


彼女の口からエレンの名が出た時には、さすがに驚いた。

束ねようとしていた葉を、パラパラと床に落としてしまった。


「あの人って、先輩の彼女なの?」

「え、何、急に……」


少し前のことだった。

スワッグの打ち合わせで、ライムを連れてフラワー・ベアンハルトに行ったことがある。

その時に、デザインについてエレンに相談したのを思い出した。


「何、違うんですか?」

「……いや、違わない」


隠すこともないと思った。

エレンとの付き合いは、いつも堂々としたものにしておきたかった。


「ふーん、やっぱ彼女だったんだ」

「何で分かったの?」


それに関しては、疑問が残った。

エレンと話をしたのはほんの数分のことだ。

手を繋いだわけでもキスしたわけでもないのに、何でだ?


「あ、その顔」

「キスしたりしたわけでもないのに、何で分かるのって顔してる」


考えていたことをずばり言い当てられ、俺はスワッグに集中する振りをしてお茶を濁した。

ライムもまた、作業を再開する。


「先輩の考えることなんて、すぐ分かっちゃうよ」

「彼女のことだって、そうだよ」

「あの人の前だと、先輩、全然雰囲気違うもん」


「そうかな……」

「いつも通りだと思うけど」


そんなことないよーと、ライムはなおも食い下がった。

話をしながらも、手は休めない。


「先輩があの人にべったりなんでしょ?」

「まあ俺がっていうか……」

「そんなにべったりでもないけど」


エレンに対して、べったりと粘着質になってるとは思いたくない。

ただ、好きっていう気持ちが強い自覚はある。


「……もうしたの?」

「え?」

「だから、エッチ」


俺は、膨らんだ風船から空気が抜けるような息を吐き、もう少しで出来上がりそうになっていたスワッグを、また針葉樹の枝に戻す羽目になった。

再び床に散らばったそれらを拾い集めながら、俺はもごもごと言葉を返す。


「それについては、濁させて?」

「あー、まだっぽい!」


「あの人、けっこう年上ぽかったけど、結婚まではとか、そういうあれなの?」

「さあ、どうかな」


こんな返しをしたら、濁した意味ないだろ、俺……。


「ねえ、先輩としてはどうなの?」

「相手が許してくれるのを待つつもりなの?」

「あ、体を許すって意味だけど」


「そりゃ、無理矢理は嫌だよ」

「きみだって、その気がないのに迫られても嫌だろ?」


俺の問いに、彼女はすぐには答えなかった。

黙々と手を動かしながら、目を伏せるようにしている。


「もしあたしが、エレンさんなら」

「むしろ先輩がグイグイ来てくれた方が嬉しいな」


「メスって、押しまくられて流されるのも嫌いじゃないんだよ?」

「相手がほんとに好きな相手なら……」


そこで再び、ライムは俺の目を見た。

鳶色の瞳は、少し潤んでいるように光っていた。



「ロブ、いらっしゃい」


数日後の晩のこと。

俺は、大学の帰りにエレンの部屋に寄った。

ラフなワンピースに身を包んだ彼女は、にこやかに俺を迎えてくれた。


「学祭の準備は順調?」

「いつもこんな遅くまでやってるの?」


壁掛けの時計は、8時半を回っている。

俺をソファに座らせ、エレンはコーヒーを淹れている。

初めて会った時に用意してくれた、蜂蜜入りのコーヒーだ。


TVでは、古いホラー映画をやっていた。

ソファ前に置かれたテーブルには、ポップコーンの入ったボウルもある。

薄暗くした部屋で、ポップコーンをお供にホラー映画を見る彼女を想像すると和んだ。


「これ、何か見始めたら止められなくなっちゃって」

「別に、怖いってわけじゃないんだけどね」


言い訳をするような口調でそう言いながら、エレンは俺の隣に腰を下ろした。

マグカップを両手で包み、少し前のめりになってTVを見ている。


この映画は、俺も前にTVで見たことがある。

街にゾンビが発生するというありきたりなストーリーで、ラストもそんなに面白くない。

もちろん、今日が初見だろうエレンには黙っておく。


「!!」


いかにも何かが出て来そうな扉から、やっぱり奇声を発してゾンビが現れた。

お約束の展開なのに、エレンはびくっと体を震わせている。

いつの間にか、俺たちはぴったりとくっ付いて座っていた。



「全部見て言うのも何だけど、そんなに面白くなかったかも……」

「それなりには、楽しめたけどね」


1時間後、映画を見終わったエレンはTVを消した。

一緒につまんだポップコーンは、ボウルの底にいくつかが残るばかり。


空になったマグカップをトレーに載せ、エレンはキッチンに向かうために立ち上がろうとしていた。

その刹那、俺の脳裏にライムの言葉が浮かんだ。


ソファから腰を浮かしかけた彼女の腕を掴み、ゆっくりと引き寄せる。

俺の隣に腰を下ろした彼女が何? と言い終わる前に、キスをした。

思えば、俺からするのは初めてだった気がする。


「ん、んふ」


突然のことで驚いたのか、エレンは少し声を漏らした。

俺は片手で彼女の腕を掴み、ソファを背にした彼女に覆いかぶさった。

自由なもう片方の手をそっと顔に触れさせると、エレンの頬は、柔らかく滑らかだった。


頬から耳、髪の毛、首筋と、キスをしながら手を移動させていく。

エレンは、俺にされるがままに身を任せていた。


俺の手は、もはや俺自身の意識を離れて勝手に動く気さえする。

ごつごつした手の甲でエレンの首筋を撫でたかと思うと、肩からその下、胸に触れるかという危ういエリアに進んだ。

エレンの体が、ぴくりと動く。


しかし彼女が抵抗しないのをいいことに、俺の手はさらに先へと進む。

胸には触れず、今度は腰のラインへ。

撫でるように過ぎた先には、ワンピースの裾がある。


そこに滑り込めば、彼女の太ももに触れることが出来る。

俺の手は、そのことをよく知っているみたいだった。


エレンと付き合う前によく感じた、どくどくとした鼓動。

それを今、懐かしくもまた感じている。


ライムやフローリアンの言う通り、エレンは待っていたのかもしれない。

決意を固めた俺が、彼女の体を求めるのを。

そう思ったのも束の間、俺はそれが、身勝手な妄想だったことを知ることになる。


「ロブ」


俺の手が、ちょうどワンピースの裾を持ち上げようとした時だったと思う。

そこで初めて、エレンは抵抗を見せた。

手の平を俺の胸に当て、押し留めている。


「ごめん、ロブ……」

「今日はちょっと……だめな日なの」


彼女は、俺の顔を見なかった。


「あ、うん」

「ごめん」


どうしたらいいか分からなくなって、俺はそれしか言えなかった。

彼女から体を離すと、ソファの前に立った。

首の後ろは、しっとりと汗をかいて熱い。


ソファに座ったままのエレンは、俯いてじっとしていた。

きちんと座った膝の上に、緩く握った拳を載せている。

やがて、顔を上げて言った。


「遅くなるから、もう帰らなきゃ」

「明日も学校でしょ?」


いつも通りの年上らしい顔で、エレンは俺に向かって微笑んだ。

その顔は、彼女がよくやる、困ったようなあの笑顔だった。

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