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疑惑

誕生日のサプライズもあり、エレンとの関係が上手くいっていると感じるロブ。

そんな彼に、フローリアンが申し訳なさそうに話したのは……。

あの晩、俺とエレンの間には結局何も起こらなかった。

俺はチャドのやつを追い掛けるのに忙しかったし、彼女も長旅でかなり疲れていたから無理もない。


エレンとは、次の週末にまた会うことになった。

今度は彼女の提案で、外にランチに行くことになったのだ。

美味しい店だから、ドタキャンのお詫びにぜひご馳走したいと言ってくれた。


そんなわけで、週の始めから俺は機嫌がよかった。

ブルーマンデーよ、さようならって感じだ。


最近、とても調子がいい。

いろんなことが、上手く回り始めた気がしていた。


先日過ぎたユリフェストは、ライムのおかげもあって大成功のうちに終わった。

今年も多肉の鉢植えを作ったけど、彼女は園芸好きというだけあって器用だった。


鉢が壊れるなんてハプニングも起こらなかったし、俺が熱中症になることもなかった。

エレンはやっぱり仕事で来られなかったけど、2年生最初のイベントはまずまずの出来だったと思う。


エレンとの関係を進めるにも、前ほどは焦らなくなっていた。

俺の誕生日の晩に駆けつけてくれた彼女を思うと、機会があればどうにでもなる気がしたからだった。


焦らなくても、来るべき時は来る。

そう遠くはない未来に……。


「ロブ、ちょっといいかな?」


そんな俺を知ってか、フローリアンは遠慮がちだった。

何でも、2匹きりで話したいことがあるらしい。

俺は深く考えず、授業の後にカフェテリアで落ち合うことにした。



「ロブ」

「最近のきみはとても充実してるって感じで、友達として僕も嬉しいんだ」


「だから、本当はこんな話をすべきじゃないのかもって、実は今も悩んでる……」

「こんな話って?」

「うーん、あのね」


フローリアンは、珍しく歯切れが悪かった。

本来の彼は、優しいけど言うべき時はビシッと言うタイプなのだ。


「ロブの誕生日に起きたこと、チャドから聞いたよ」

「例の彼女、トラブルで来られなかったんだよね?」

「そうなんだ、郊外で車が故障したんだって」


「怒らないでほしいんだけど……」

「それって、本当の話かな?」

「え?」


チャドの言うことは、訳の分からないことが多い。

何だって? って聞き返すのも、日常茶飯事だ。


ただ、今日は違う。

俺が聞き返している相手は、フローリアンなのだ。


「それ、どういうこと?」

「うん、あのね……」


「僕、見ちゃったんだよ」

「何を?」

「きみの彼女を」


「見たって、どこで?」

「街でさ」


「お昼頃だったかな……」

「彼女とデートしてた時にね」


俺は喉がからからになっているのにやっと気付き、自販機で買った紙コップのコーヒーを急いで飲んだ。

その向かいで、フローリアンは申し訳なさそうにしている。


「それ……本当?」

「うん」

「僕が見た人は、きっときみの彼女だと思う」


「人間ってさ、そうそういないよね?」

「まして青い目と黒髪、きみの彼女と同じ風貌の人間なんて」


「ロブ、僕はね、きみが誰を好きでもいいと思ってるよ?」

「誰にしろとかあの子は止めろとか、そんなこと言う気は全くないんだ」


「だけどやっぱり、気にはなっちゃう」

「彼女は人間だし、僕らとは違うところも多いし……」


「何が言いたいんだ?」

「はっきり言うと、きみが騙されてるんじゃないかって心配してる」


全く予想もしなかった答えが、予想もしなかった相手から飛び出してきた。

そのことで、俺はとてもびっくりしている。


「もちろん、異性と付き合う時には騙されることもあるよ」

「そうされることも、経験として必要だとも思う」

「だけど、何かおかしくない?」


俺は、友達の顔をまともに見られない。

恋愛経験豊富なフローリアンが言うことには、強い説得力があるからだ。


「メスがオスを騙してくる時ってさ、むしろ関係を進めていこうとすることが多いんだ」

「相手にべったり惚れ込んだところで、別のオスが出て来るとかね」


「でも彼女は、エレンはむしろ逆じゃない?」

「きみと付き合ってるけど、関係を進めたくないって気がする」


「そのくせ彼女は、きみが彼女を思うのと同じくらい、きみのことが好きなんだって気もする」

「だから、余計に解せないよ」


「彼女は、何となく分かってたんじゃないかな?」

「誕生日に部屋で食事をした後、きみとの間にどんなことが起こりそうなのかを」

「だからあの日、トラブルに遭ったって嘘を吐いた……」


「どんな理由かは分からない」

「だけど、彼女には何かあるように思えてならないんだ」

「つまり、きみと寝られない、何らかの理由ってことだけど」


言い返さなきゃいけない。

エレンのことを一番よく知っているのは、彼じゃなく俺だ。

百戦錬磨のフローリアンだって、彼女のことはよく知らないはずなんだ。


それなのに、どうしてだろう。

俺はただ黙って、フローリアンの話を聞いている。

彼の推理じみた話を、なるほど言われてみればと思いながら聞いている自分がいる。


脳裏に、エレンの姿が浮かんだ。


艶のある長い黒髪が、空気を含んでふんわりと漂う。

深い海のような瞳を細めて、俺に笑いかける。

俺の名前を呼ぶ、彼女の穏やかな声。


「彼女のことを間接的にしか知らない僕が、何を言うんだって思うだろ?」

「それでも、きみに嫌われるのを覚悟でこんな話をしたのは、心配だからだよ」

「こういう言い方は、恩着せがましい気もするけどね」



フローリアンが帰った後も、俺はカフェテリアに残って考えていた。

考えれば考えるほど、彼の話は筋が通っていて正しいように思えてくる。


エレンは、俺のことを嫌っているわけじゃないと思う。

同時に、俺を騙そうとしているとも考えられない。


ただフローリアンの言う通り、彼女にはきっと何かがある。

あの瞳の中にひっそりと沈む、俺のまだ知らない何か。


ふと思い浮かべたエレンは、寂しそうな笑顔を浮かべてそこに立っていた。

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