サプライズ!
エレンと会えなくなったロブの部屋に、チャドがやって来た。
ロブを慰めるために彼が持参したワインを2匹で飲んでいると、夜更けにチャイムが鳴って……。
「まあまあ、そう落ち込むなって」
俺の持つグラスに赤ワインをどぼどぼと注ぎながら、チャドは楽しそうにしている。
こいつときたら、俺がお預けを食らったのが余程おかしいらしい。
何か言うのも馬鹿らしくなって、俺は黙ってワインをぐーっと飲み干した。
「おっ、いいねえ」
「誕生日を彼女と祝えなくなったのは残念だったけど、こうしてオス同士で飲めるわけだし、な?」
「な? って何だよ、な?っていうのは」
しゃっくりをひとつして、俺はグラスをテーブルに置く。
思えば、チャドと2匹きりで飲むなんて初めてだった。
「何でおまえだけなの?」
「フローリアンは?」
「バカヤロ、あのイケパカが土曜日にフリーなわけないだろ」
「一応声掛けたけど、デート中だったぞ」
「とりあえず、落ち込むなよだってさ」
再び俺のグラスにワインを注ぎながら、チャドは自分もグラスを空けた。
手酌でなみなみと注いで、俺のグラスにカツンと当てる。
「オレもあれこれイジるけどさ、これでも、おまえのこと心配してんだぜ」
「……そりゃどうも」
いつもは衝突しがちなチャドだけど、こんな風に飲む相手としては悪くないのかもしれない。
そう思った俺は、きっともう酔ってしまってる。
*
「おいチャド、終電なくなるぞ?」
「いいのいいのー、泊めてもらうからぁ」
へべれけになったチャドは、ニカニカしながらソファに寝そべっている。
泊めてもらうって、どこに泊まる気でいるのか。
まあ、ここだろうな……。
「ったく、寝ゲロなんかするなよ」
「ふぇーーい」
チャドの飛ばし飲みは、相変わらず健在だ。
俺の話も、どこまで聞いているか怪しい。
それでも、暇だったとはいえ、チャドは駆けつけてくれたんだった。
今日くらいは、何があっても大目に見てやるか……。
ビーッ。
チャイムの音に、俺は壁の時計を見た。
夜も更けつつある11時半。
こんな時間に、一体誰だろう。
俺は訝しがりながらも鍵を開け、ドアをゆっくりと開いた。
客が誰かを知る前に、俺の視界は花で埋め尽くされた。
「ハッピーバースデー!」
「!?」
驚いて尻餅をついた俺はやっと、そこに立っているのがエレンだということに気付いた。
いっそ冗談かと思うほどに大きな花束を、俺の方に差し出している。
「え、何で……?」
「何とか車が直って、帰って来られたの」
未だ立ち上がれずにいる俺の前にしゃがみ込むと、エレンはそっとドアを閉めた。
色とりどりの花が、鼻先をかすめそうな位置にある。
「これは、今日のお詫び」
「仕事で余った花、もらっちゃった」
「大丈夫、埋め合わせは今度ちゃんとやるからね」
今日は会えないと思っていただけに、このサプライズは衝撃的だった。
びっくりしたとか何とか言えばいいのに、何も思いつかない。
立てばいいのに、それも出来ない。
「腰が抜けちゃった?」
エレンは軽く笑うと、尻餅をついたままの俺の上に乗った。
首の辺りをそっと撫でると、そのままキスをした。
「ごめんね、本当に」
俺から唇を離したエレンは、それでもまだそこにいた。
長い睫毛に覆われた青い瞳が細められ、俺のことを見ている。
俺はまだ酔っていたと思うけど、頭は妙にはっきりとしていた。
立ち上がろうとしたエレンの腕を掴み、また自分の方に引き寄せる。
俺の上にぺたんと座り込んだ彼女を、ぎゅっと抱き締めた。
そういう雰囲気になったら押しも大事だという、フローリアンの助言が頭をよぎる。
俺は彼女の首筋に鼻先をくっ付けながら、どこに倒れ込むべきか思案していた。
押し倒せば楽だけど、それじゃあ、彼女を玄関に寝かせることになる。
じゃあ、俺が後ろに倒れた方がいいな、うん。
「ねえ、ロブ?」
「いいの?」
心持ち体を後ろに傾けていた俺に、エレンが静かに聞いた。
いいって、何が?
わたしでいいのってこと?
「あの、ほら、彼」
彼?
俺が振り返ると、そこには屈んでスマホを掲げる、赤ら顔のチャドがいた。
ピロロンという操作音が、動画撮影をスタートさせたことを告げる。
「あ、お構いなく」
「オレは全然いいんで、気にしないで続けてください」
チャドは尻尾を振って、これから行われるであろうことを大いに期待していた。
俺は我に返り、抱き締めたエレンと顔を見合わせる。
彼女は首を傾げ、困ったように笑った。
今日くらいは、何があっても大目に見てやるか。
そんな決意は、きれいさっぱり忘れることにした。
日付も変わろうかという時、俺はスマホを持って逃げ回るチャドを追い掛ける羽目になった。
まったく、とんだ誕生日になってしまった。