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サプライズ!

エレンと会えなくなったロブの部屋に、チャドがやって来た。

ロブを慰めるために彼が持参したワインを2匹で飲んでいると、夜更けにチャイムが鳴って……。

「まあまあ、そう落ち込むなって」


俺の持つグラスに赤ワインをどぼどぼと注ぎながら、チャドは楽しそうにしている。

こいつときたら、俺がお預けを食らったのが余程おかしいらしい。

何か言うのも馬鹿らしくなって、俺は黙ってワインをぐーっと飲み干した。


「おっ、いいねえ」

「誕生日を彼女と祝えなくなったのは残念だったけど、こうしてオス同士で飲めるわけだし、な?」

「な? って何だよ、な?っていうのは」


しゃっくりをひとつして、俺はグラスをテーブルに置く。

思えば、チャドと2匹きりで飲むなんて初めてだった。


「何でおまえだけなの?」

「フローリアンは?」


「バカヤロ、あのイケパカが土曜日にフリーなわけないだろ」

「一応声掛けたけど、デート中だったぞ」

「とりあえず、落ち込むなよだってさ」


再び俺のグラスにワインを注ぎながら、チャドは自分もグラスを空けた。

手酌でなみなみと注いで、俺のグラスにカツンと当てる。


「オレもあれこれイジるけどさ、これでも、おまえのこと心配してんだぜ」

「……そりゃどうも」


いつもは衝突しがちなチャドだけど、こんな風に飲む相手としては悪くないのかもしれない。

そう思った俺は、きっともう酔ってしまってる。



「おいチャド、終電なくなるぞ?」

「いいのいいのー、泊めてもらうからぁ」


へべれけになったチャドは、ニカニカしながらソファに寝そべっている。

泊めてもらうって、どこに泊まる気でいるのか。

まあ、ここだろうな……。


「ったく、寝ゲロなんかするなよ」

「ふぇーーい」


チャドの飛ばし飲みは、相変わらず健在だ。

俺の話も、どこまで聞いているか怪しい。


それでも、暇だったとはいえ、チャドは駆けつけてくれたんだった。

今日くらいは、何があっても大目に見てやるか……。


ビーッ。


チャイムの音に、俺は壁の時計を見た。

夜も更けつつある11時半。

こんな時間に、一体誰だろう。


俺は訝しがりながらも鍵を開け、ドアをゆっくりと開いた。

客が誰かを知る前に、俺の視界は花で埋め尽くされた。


「ハッピーバースデー!」

「!?」


驚いて尻餅をついた俺はやっと、そこに立っているのがエレンだということに気付いた。

いっそ冗談かと思うほどに大きな花束を、俺の方に差し出している。


「え、何で……?」

「何とか車が直って、帰って来られたの」


未だ立ち上がれずにいる俺の前にしゃがみ込むと、エレンはそっとドアを閉めた。

色とりどりの花が、鼻先をかすめそうな位置にある。


「これは、今日のお詫び」

「仕事で余った花、もらっちゃった」

「大丈夫、埋め合わせは今度ちゃんとやるからね」


今日は会えないと思っていただけに、このサプライズは衝撃的だった。

びっくりしたとか何とか言えばいいのに、何も思いつかない。

立てばいいのに、それも出来ない。


「腰が抜けちゃった?」


エレンは軽く笑うと、尻餅をついたままの俺の上に乗った。

首の辺りをそっと撫でると、そのままキスをした。


「ごめんね、本当に」


俺から唇を離したエレンは、それでもまだそこにいた。

長い睫毛に覆われた青い瞳が細められ、俺のことを見ている。

俺はまだ酔っていたと思うけど、頭は妙にはっきりとしていた。


立ち上がろうとしたエレンの腕を掴み、また自分の方に引き寄せる。

俺の上にぺたんと座り込んだ彼女を、ぎゅっと抱き締めた。


そういう雰囲気になったら押しも大事だという、フローリアンの助言が頭をよぎる。

俺は彼女の首筋に鼻先をくっ付けながら、どこに倒れ込むべきか思案していた。


押し倒せば楽だけど、それじゃあ、彼女を玄関に寝かせることになる。

じゃあ、俺が後ろに倒れた方がいいな、うん。


「ねえ、ロブ?」

「いいの?」


心持ち体を後ろに傾けていた俺に、エレンが静かに聞いた。


いいって、何が?

わたしでいいのってこと?


「あの、ほら、彼」


彼?


俺が振り返ると、そこには屈んでスマホを掲げる、赤ら顔のチャドがいた。

ピロロンという操作音が、動画撮影をスタートさせたことを告げる。


「あ、お構いなく」

「オレは全然いいんで、気にしないで続けてください」


チャドは尻尾を振って、これから行われるであろうことを大いに期待していた。

俺は我に返り、抱き締めたエレンと顔を見合わせる。

彼女は首を傾げ、困ったように笑った。


今日くらいは、何があっても大目に見てやるか。

そんな決意は、きれいさっぱり忘れることにした。


日付も変わろうかという時、俺はスマホを持って逃げ回るチャドを追い掛ける羽目になった。

まったく、とんだ誕生日になってしまった。

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