残念なバースデー
誕生日当日、エレンが来てくれるのを心待ちにしていたロブ。
ところが約束の時間の間際になって、エレンからキャンセルを告げる電話があって……。
「ハッピーバースデー、ロブ!」
「1日早いけど!」
金曜日の学食。
ランチを食べようかという時になって、フローリアンとチャドが祝いの言葉を口にした。
明日20歳の誕生日を迎える俺は、夕方にエレンを部屋に招き、そこから一緒に過ごすことになっていた。
本当なら朝から一緒にいたいところだけど、彼女は臨時の仕事のために出掛けないといけないからだった。
「いよいよ明日だね!」
「上手くいくといいね」
「それで、これは僕たちからの餞別でーす!」
キラキラした笑顔のフローリアンが手渡してくれたのは、何やら小さな紙袋に入った代物だった。
袋の口は、赤いハートにハッピーバースデーと書かれたシールで留められている。
「プレゼント? そんなのいいのに……」
「何だろう」
俺は封を剥がすと、袋の中に手を突っ込んだ。
指先に何かの箱が触れたので、それを引っ張り出す。
「……」
袋から姿を現したそれは、カップルの必需品とも言えるあれだった。
パッケージにはお徳用と書いてある上に、キャンペーン中なのか2箱セットになっている。
「いくら相手が年上でも、こういうのはちゃんとオスが用意しなきゃいけないよ?」
「ロブもまだ2年生だし、子どもが出来ちゃまずいでしょ?」
「これ、昨日ドラッグストアでセールしてたんだよ」
「使い心地よかったら教えてくれ、オレもここの買ってみるから」
俺は何とも形容しがたい気持ちになって、黙って箱を袋に戻した。
ありがとうと友に感謝する気持ちと、変に気持ちを引っ掻き回さないでほしいという恨めしい気持ちもあって複雑だった。
*
翌日の土曜日。
空はすっきりと晴れ、白い雲と青空のコントラストが何とも美しい。
早起きをする必要はなかったのに、そわそわしてゆっくりとは寝ていられなかった。
結局いつも通りに起きて、いつも通りに身支度をした。
せっかくの休みに勿体ない気もしたけど、いつも通りが一番だ。
変に気負って特別なことをすると、俺はきっと失敗してしまう。
午前中は課題を片付けたりして過ごし、昼食の後に買い物に出掛けた。
今晩、エレンに作ってもらう料理の材料を揃えておかないといけない。
俺が彼女にリクエストしたのは、カレーだった。
週に1度は学食でカレーを食べるくらい、俺は地味にカレーが好きだったりする。
誕生日にカレーって、おめーは小学生か!?
当然のように、ツッこまれた。
チャドよ、言いたければ言うがいい。
誰が何と言おうと、俺は彼女にカレーを作ってもらうんだから。
必要な材料を買い揃え、後は仕事を終えたエレンがやって来るのを待つばかりになった。
時計が壊れたのかと思うくらい、時間はなかなか進んでくれない。
仕事で疲れて帰って来たエレンに、料理を作ってくれなんて図々しかったかな。
カレーなんて子ども染みたリクエストをした俺を、彼女は心中密かに笑ってるんじゃないか?
ああでも、どんなエプロンを締めてキッチンに立つんだろ……。
下手に時間があると、あれこれ余計なことを考えてしまうからいけない。
エレンからの着信があったのは、そんな時だった。
俺は胸を高鳴らせて、電話に出る。
あと10分くらいで着くよ、なんて言われるかもしれない。
『ロブ、本当にごめん!』
彼女が開口一番謝ってきたので、俺は嫌な予感がした。
それでも平常心を装って、続きを待つ。
『今、街に帰る途中だったんだけど、車が急に故障しちゃって』
『直る目途が立たなくて、帰れそうにないのよ』
『そっちに行く予定だったのに、本当にごめん!』
エレンの今日の仕事は、ベアンハルトさんに付いて郊外で行われるパーティーの飾りつけをすることだった。
現場は鉄道も通っていない、のどかな村だと聞いた気がした。
『ロブ……怒ってる?』
「え? いや、そんなことない!」
呆然として何も言えないでいるのを、彼女は俺が怒ったからだと思ったらしい。
俺はなるべくいつも通りの声音で、話を続けた。
「仕事終わりで、それは大変だったね」
「俺の方は、全然気にしなくていいから」
「気を付けて帰って来て……」
ありがとう、本当にごめんねと最後に言って、エレンからの電話は切れた。
何もかもが準備されたキッチンのテーブルを見ると、俺はものすごい脱力感に襲われた。
ピコン、ピコン、ピコン。
約束の時間を過ぎた辺りから、チャドから頻繁にメッセージが届くようになった。
内容はほとんど同じ。
『調子はどうだよ?』
『ヤッた?』
『もうヤッたの、ねえ?』
最初こそ無視してたけど、俺が事を成したか尋ねるメッセージは引っきりなしに届く。
いい加減鬱陶しくなって、俺は思わずチャドに電話を掛けた。
『おっ、生電話!?』
「何を訳の分からんこと言ってんだ!」
「今日はキャンセルになったから、もう何も送ってくるなよ!」
そう吐き捨てると、俺は電話を切った。
片手にワインのボトルを持ちニカニカしたチャドが訪ねてきたのは、その30分後のことだった。