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ロブの誕生日

エレンから、一緒に誕生日を祝おうと提案されて舞い上がるロブ。

なかなか進展しない彼女との仲を、進めたいと思う彼だったが……。

「それはそれは」

「ずいぶん頼もしい新入部員さんね」


カフェでのデート中に俺がライムのことを話すと、やっぱりエレンは笑った。

頼もしい。

言われてみれば、確かにそうかもしれない。


「だって、彼女がいなかったら、廃部の危機だったんでしょ?」

「ロブって、勧誘とか苦手そうだし」

「う……おっしゃる通り」


他の部が見せたあの積極性は、残念ながら俺には真似出来ない。

エンケンのことは好きだし、なくなっては困ると思いつつもだ。

そこへいくと、ライムが自主的に入部してくれたことは大きかった。


「それでさ、近々彼女を連れて店に行くよ」

「ベアンハルトさんにも、紹介しておきたいし」

「分かった、話しておくね」


エレンは応じると、アイスティーを一口飲んだ。

まだ5月前だというのに、今日は汗ばむほどの陽気だ。


「そういえば」

「ロブ、もうすぐ誕生日じゃない?」

「え、覚えててくれたの?」


正確な日にちを教えたわけではなかったけど、誕生日が5月だということは、初対面の時の会話で出た話題だった。

あれから1年近く経とうっていうのに、彼女がそれを覚えていてくれたのは嬉しかった。


「2月に、わたしの誕生日を祝ってくれたじゃない?」

「お返ししたいって、ずっと思ってたのよ」

「どんな風にお祝いして欲しい? リクエストがあれば言ってよ」



「おまえそりゃ、決まってんだろ」

「あなたにリボンを巻いてプレゼントしてくださいって言えよ、言え」


誕生日をエレンと祝うという話は、フローリアンづてにチャドの耳に入ってしまった。

あの日彼女にどんな風に祝ってほしいかと聞かれた俺は、いざ考えてみるとどうしてほしいのか分からなくなってしまったのだ。


この手のことを相談するならフローリアンだと彼に話していたのを、チャドのやつに見られていたらしい。

本当に、目ざとく耳ざといやつだ。


「てか、マジ大丈夫なのか?」

「何が?」


「そのエレンとかいう人間の女、本当に存在してる?」

「何だそれ……どういう意味だよ?」


「だって、付き合ってもう半年にもなろうってのに、未だに何もしてないんだろ?」

「もしかして、おまえの空想の中の存在かと思っちまうじゃねーか」


フローリアンと俺の前で、チャドはわざと身震いをする振りをした。

こいつ、馬鹿にしくさりおって。


「何もしてないってことはない」

「あれだろ、チューだけだろ」

「その先はしたのかよ、ああ?」


こういう時のチャドは、妙に強気だ。

悔しいが、俺はちょっと口ごもってしまう。


「俺たちには、俺たちの付き合い方があるんだよ」

「そうかい、そうかい」

「じゃあ、このままずっとプラトニックでもいいってことか?」


確信を突かれ、とうとう俺は何も言えなくなってしまう。

それでいいかといえば、そうであっては困るという俺もいるからだ。


「まあ、チャドの話は極端すぎるけど」


このボンヤリ野郎には、それくらい極端な方がいいんだよと、チャドがフローリアンに横槍を入れる。

誰がボンヤリ野郎だ、この。


「本当に彼女との関係を進めたいなら、リクエストしてみるのはありだと思うよ?」

「寝てくれって誘うってこと?」

「それじゃあ、ちょっとあからさまだよー」


「それとなく、いい方向にいくように雰囲気作りするとかね」

「んで、いざそういう感じになったら押しまくる!」

「案外向こうは、きみが来るのを待ってるのかも……」


同じような話の内容でも、フローリアンが言うとそれらしく聞こえるから不思議だ。

いずれにしても、友達のアドバイスは一致しているみたいだった。

後は、俺の中の俺がどうしたいかに掛かっている。


結局、誕生日のプランはこんな感じで落ち着いた。

彼女にうちに来てもらって、食事を作ってもらう。

それを一緒に食べて、まったりと過ごす。


外で食事をするより、俺の部屋の方が彼女も落ち着くだろう。

イベントをあれこれと詰め込まなかったのは、穏やかな雰囲気になるのを望んだからだった。

誕生日にしては普通過ぎる日になるかもしれないけど、俺はそれでいいと思った。


俺は彼女が好きだ。

だから、チャンスがあるなら彼女を抱きたい。


チャドの言うことを真に受けるのは癪だけど、確かに、付き合ってもう結構経つ。

俺たちも、そろそろ新しい局面を迎えてもいいんじゃないか……?



「先輩、またぼーっとしてる」


ライムに指摘され、俺ははっとした。

この日の授業を全て終えた俺は、彼女と部室で話し合いをしていた。

7月にあるユリフェストに向け、どんな出し物をするのがいいのかアイデアを出していたんだった。


「ごめん、ごめん」

「さっき、ちょっとニヤついてたよ」


「え? 本当!?」

「本当だよ」

「何かいいことでもあったの?」


いいことがあったというより、いいことはこれから起こる予定なわけで。

しかし、部活中にトリップしてニヤつくなんて、先輩としてあるまじき行為だな……。


「……先輩って、彼女いるの?」

「ええっ!?」


頭の中を見透かされた気がして、俺は大いに泡を食った。

そんな俺を、ライムは涼しい顔で眺めている。


「別に、そんなに驚くことじゃなくない?」

「大学生だもん、彼女の1匹や2匹はいるでしょ」

「で、いるの?」


「……い、いるよ」

「何でそんなに自信無さげなの? 面白いんだけど」


面白いと言った割には、彼女の顔が少し曇ったような気がした。

そんな風に思うのは、図々しいような気もしたけど。


「ね、どんな子なの?」

「年下? 年上? 同じ学校の子?」

「何でそんなに知りたがるの?」


「いいじゃん!」

「模擬店の話し合いより、恋バナのが楽しいもん」


出し合った意見をメモしておいたノートを脇に押しやり、ライムはずずいっと前に乗り出してきた。

狭い部室の小さなテーブルの上、俺たちの距離は近い。


「ねえ先輩」

「その彼女とは、もう……()()の?」


タイムリーな質問に、俺は言葉を失った。

何だって、彼女はこんなことばかり聞いてくるんだ。


「そ、そういうプライベートなことはちょっと……」

「ふーん」


ライムの顔が、さらに近付いて来る。

彼女は今や、テーブルに両手を突いて俺の方に体を乗り出している。


「ほんとは、まだしてないんじゃない?」

「え?」


彼女の唇が、俺の耳の傍で囁く。

俺たちの顔は、触れそうで触れない絶妙な位置にあった。


「先輩……」

「ロブ先輩……」


小さく囁くと、彼女の目が俺を捉える。

肉食獣に睨まれる草食獣は、こんな気持ちなのかもしれない。


「なーんてね!」

「先輩って、超うぶだね!」

「顔真っ赤にして可愛い!」


さっと体を引いたライムは、再びノートを開いた。

向かいに座る俺は、脚がガクガクと震えるのを隠せない。

何だ、何だ、今のは何だ?


「ねー、今回はこんなのはどう?」


何事もなかったかのように、ライムは学祭の案を練っている。

最近の若い子は、みんなこんな感じなのか?

なかなか収まらない脚の震えを、俺は何とか押さえ込もうと机の下で頑張ってるっていうのに。

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