新入部員
ロブは2年生になり、入学式後のサークル勧誘に参加していた。
苦手な勧誘に四苦八苦していると、入部希望者らしき獣が現れて……。
「ねえねえきみ、うちでマネージャーやる気ない?」
「オスならここっしょ! ラグビー部っしょ!」
「あなた可愛いから、きっとチアリーダーになれるわよ!」
怒号かと聞き違うほどに、あちこちから勧誘の声が上がる。
今日は、大学の入学式だ。
各部に所属する在学生が、部員の獲得に躍起になる日でもある。
俺はというと、言葉では言い表せないほどの疎外感を味わっていた。
そして自分というやつが、こういった活動に向いていないということをことごとく思い知った。
1年前は勧誘されて悩み、今は勧誘することに悩んでいる。
エンケンの勧誘チラシを手に、新入生にどう声を掛けたらいいか狼狽えた。
そんな俺を、彼らは怪訝そうな顔で見つめてくる。
ええ、分かっています。
こんな挙動不審な先輩のいる部には、入りたくないよね……。
「あの」
「ねえってば」
はっとして顔を上げると、誰もいない。
ちょっと視線を下げると、そこには1匹の獣がいた。
斑点模様の美しい、メスのサーバルキャットだ。
ちょっと目を泳がせながらも、手を出している。
「チラシ」
「え?」
「くれないんですか、それ」
「あ、ああ!」
彼女が俺の手にするチラシの束を指すのを見て、ようやく理解する。
1枚抜き取ると、彼女に手渡した。
「……ありがとう」
勧誘の喧騒の中で、彼女の声は消え入りそうだった。
俺が詳しい部の説明をしようと思った時には、ネコ科らしい俊敏さであっというまにいなくなってしまっていた。
「あー……」
言おうとしていた勧誘の文句を宙に漂わせたまま、俺は相変わらず浮いていた。
*
「ロブ!」
「てめー、一体どんな手使ったんだよ?」
数日後のランチの時間。
学食で先に落ち合ったフローリアンと俺が、新しい授業について話していた時だった。
チャドが、鼻息も荒くテーブルに着く。
「何だよ、いきなり」
チャドはだいたいがこんな調子なので、俺は特に気にすることもなく、再び授業計画に目を通す。
その上に、彼のふさふさした手の平が叩きつけられた。
「ちょ、何だよ」
「何だよ、じゃねーよ」
「おまえ、彼女が出来てずいぶん調子よくなったじゃねーか」
何だか嫌味ったらしい言い方じゃないか。
俺は授業計画のプリントを片付けると、チャドに向き直った。
「ほんと、一体何のこと言ってるんだよ?」
「おまっ、まだシラを切るかこの!」
「いでででで!」
俺の頬をぎゅーっとつねって、チャドは息巻いた。
「新入生のサーバル、何がどうなってエンケンに入るんだよ!?」
「はあ?」
全く意味が分からなかった。
そもそも、俺はまだ誰からも入部希望をもらってないぞ。
「チャド、それって、1年生で一番可愛いって評判になってる子?」
「そうだよ、メスのサーバルキャット!」
さすが、フローリアンは情報が早い。
そこまで言われて、俺はやっと思い出した。
そういえば、勧誘の時にチラシを受け取ってくれたのがサーバルキャットだったような……。
「どの運動部も文化部も、彼女を狙ってたんだぜ」
「何が悲しくて、エンケンなんて弱小同好会に……」
「おまえはどんなやり口で、あの子を垂らし込んだっつーんだよ!!」
「た、垂らし込んだって何だよ」
「何かの間違いじゃないのか?」
「うちにはまだ誰も……」
チャドは俺の胸倉を掴んでがくがくと揺すっていたが、その手がはたと止まる。
俺を通り越した視線が、誰かを見ている。
「じゃあ、あたしが第1号?」
俺の背後には例のサーバルがいて、手にした入部希望届をこちらに差し出していた。
「あたし、ライム」
「よろしくね、先輩」
どういうことか全く分からないけど、どうやら廃部の危機は免れたみたいだった。
しかし学食は静まり返り、俺はとても気まずかった。
入部希望届を受け取った俺は、彼女を部室に案内することになった。
偶然共に空き時間があったのと、彼女が部室を見たいと希望したからなのもあった。
部室までの道すがらも、視線が刺さるように感じられる。
あっちからもこっちからも、チャドのように囁く声が聞こえる気がする。
大きなオオカミの後ろを歩く小柄なサーバルを、みんなが見ていた。
「はぁー……」
「えーと、ここがエンケンの部室ね」
「先輩」
「先輩ってば!」
「え?」
視線の圧にすっかり疲れ切り、俺は部屋に入るや否や部室の椅子にへたり込んでいた。
先輩と2度も呼ばれ、それが自分のことだとやっと気付く。
「あ、ごめんね……」
「先輩っていうの、まだ全然慣れてなくて」
頭を掻いた俺を、彼女がじっと見つめる。
ネコ科の獣らしい、少し吊り上がった目がチャーミングだ。
大学の連中が泣いて欲しがるのも、分かる気がした。
「ねえ、どうしてきみは」
「ライムだよ、ライムって呼んで」
「あ、うん……ライムはどうして、うちになんか?」
これじゃ、どっちが先輩か分からないわね。
エレンにそう言われそうな気がして、俺は苦笑いした。
「あたしみたいなタイプが、園芸関係じゃおかしい?」
「いや、違う」
「そういうわけじゃないんだよ」
俺は慌てて取り繕う。
「ほら、ライムは新入生の中でもかなり注目されてるよね?」
「たくさんの選択肢から選べるだろうに、どうしてうちみたいな弱小同好会に来たのかなって……」
ライムはすぐには答えず、立ち上がって部室内を歩き回る。
そして、鉢が並べてある棚の前で足を止めた。
「これ……去年のユリフェストの残り?」
「それ?」
「そうそう」
彼女が指差したのは、確かにユリフェストの時に用意した多肉植物だった。
前日に割れた鉢の中のひとつで、その時は損傷が激しくて売るのは諦めたものだった。
今では逞しく、また鉢の中に根を伸ばしている。
「あたしね、ユリフェストに遊びに行ったんだよ」
「高校3年生の時、友達と」
「その時に先輩を見たのを思い出して、エンケンに入ろうと思ったの」
彼女はそう言ったけど、残念ながら、俺は記憶の中から彼女を見つけ出すことが出来なかった。
あの時は本当に忙しかったし、熱中症の前段階で意識が混濁していた可能性もある。
「そうなんだ」
「そうだよ」
ライムは、ちょっと照れたように言った。
その顔は、すごく幼く見える。
「先輩みたいなゴツいオスも、楽しく草花と戯れてるんだなあーって思った」
「戯れてる、ね……」
「バカにしてるわけじゃないよ?」
「羨ましかったんだ、あたし」
「何で?」
「実はあたしもさ、園芸が趣味だったりするんだよね」
「でもこういう雰囲気なもんだから、何か派手系に見られることが多くて」
「園芸なんてダサいよねって、自分の中でそんなキャラまで作っちゃってて」
俺と彼女の抱えるものは必ずしも同じじゃないけど、限りなく似ているような気もした。
俺は俺で、周りから意外だなって目で見られながらも、好きな植物と戯れようとしている節がある。
「そうか、よく分かった」
「見ての通りこんな同好会だけど、メンバー同士楽しくやっていこう」
無難な言葉だと、俺は思った。
でも、ライムは嬉しそうだった。
「今度時間がある時に、一緒に花屋に行かないか?」
「部でお世話になってる所があって、きっと気に入るよ」
「本当? 約束だよ?」
ライムはそう言うと、ほっそりとした小指を差し出す。
俺は一瞬ためらったけど、その指に自分の小指を絡ませたのだった。