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幼馴染み

実家に帰省中のロブは、幼馴染みである夫婦を訪ねることになった。

そこで、ロブがエレンと付き合っていることが話題に上がって……。

何となく消化に悪そうな食事の後しばらくして、俺はダウンジャケットを羽織って家を出た。

エディーとララを訪ねるためだった。

ランチの後すぐに連絡を取り、13時に彼らのうちに行くことになっていた。


「ロブ!」

「久しぶりだなあ!」


ドアを開けた先には、大きく【E】と編み込まれたセーターを着たエディーがいた。

鮮やかな赤色で暖かそうなそれは、きっとララの手編みだな。


「夏に帰って来た時は、私たちが旅行中だったものね」

「ロブ、また大きくなった?」


少しふっくらとしたお腹に手を当てながら、ララも奥から顔を出した。

大きくはなってないけどと返した俺は、2匹に暖かな部屋に招き入れられる。


「あの、おめでとう」

「母さんから聞いたよ」

「子どもが生まれるんだって?」


出してもらった紅茶を飲みながら俺が言うと、2匹は顔を見合わせて照れたように微笑み合う。

その笑顔からも、幸せが滲み出してくるのが分かる。


「エディー、何で教えてくれなかったんだよ?」

「えー? 何だか恥ずかしくてさ」

「生まれてからでもいっかって、思っちゃったんだよね」


笑ったエディーは、おそらく独身時代より少し太った。

幸せ太りってやつは、どうやら本当にあるみたいだ。


「ランチの時に、母さんに嫌味言われたよ」

「あんたは何をやってんのよってね」


ララが焼いたというクッキーをつまみながら、俺はぼやいた。

幼馴染夫婦は並んで座り、笑いながら俺の話を聞いている。


「そりゃ、とんだとばっちりだったな」

「まあ、オレたちは結婚したのも早かったし」


「エディーは昔から勉強嫌いだったから、大学には行かなかったのよねー」

「秀才のロブとは大違いよ」

「ちょっとー、そういうこと言う?」


言い合う2匹はそれでも、とても仲睦まじい様子だ。

それを見ていると、俺は急にエレンのことが恋しくなった。

彼女は今、街で何をしてるのかな……。


「実際のとこ、どうなの?」

「何が?」


「何がって……」

「街に誰かいい子いないの?」

「んぐ……」


俺は思わず、まだあまり噛み砕いていなかったクッキーを飲み込んでしまった。

不意にエレンのことを思い出したのを、エディーに悟られたみたいな気がした。


「おっ、否定しないぞ」

「ララ、ロブは街に誰かいるんだよ」


エディーは、にわかに目を輝かせた。

この村で過ごしていた間も、俺にそれらしい相手はいなかった。

それがとうとう……という目で、エディーはワクワクしている。


「え、どんな感じの子?」

「同じオオカミ? 肉食系?」

「あっ、ロブなら意外に草食系っていうのも……」


こちらがまだ何にも言ってないのに、エディーの中では話がどんどん膨らんでいく。

優等生だったララが、呆れてそれをたしなめた。


「どうしたんだよ、教えてくれよ」

「うん……」


紅茶のカップを手で包んで、俺は考えていた。

果たして、エレンと付き合っていることを、彼らに打ち明けるべきか。


彼女とのことは、チャドやフローリアンには話している。

彼らが親友だから話すのはもちろんだけど、何より2匹には、俺の過去を知らないという気楽さがある。


そこへ行くと、エディーとララは別だ。

幼馴染で、昔の俺のことをとてもよく知っている。

あの夏の日、俺とトムの間に起こったことも。


「実は、付き合ってる子はいる」

「えーっ、よかったわね、ロブ!」


ララは顔をほころばせた。

それを見ていると、俺は少し心が痛んだ。


「もったいぶらずに教えてくれよ」

「どんな子なの?」


「……年上で、黒い髪に青い目」

「うんうん、黒毛なんだな」


「名前はエレン」

「うんうん、エレンさんね」


「それで彼女、人間なんだ」

「……え?」


目の前の2匹は、予想通りの反応をした。

えっと言ったきり、顔を見合わせて黙っている。


「驚いた、よな?」

「ロブ……それはそうだよ」


「驚くに決まってるさ……だって……」

「トムとのことだろ?」


俺がその名前を言ったことで、2匹はまた黙り込んだ。

暖炉にくべてある薪が、パキッと音をさせて爆ぜる。


「……そんな名前だったわね、あの子」


ふうっと息を吐いて、ララは呟く。

その肩を、エディーがそっと抱いた。


「ロブ、勘違いしてほしくはないんだ」

「ん?」


「オレたちにはさ、おまえを非難するつもりはないんだよ」

「そもそもそんな資格、誰にだってないんだけど」

「うん」


「だけどさ、どうして人間を選んだんだ?」

「それが不思議でならないよ」


「おまえはずっと、その、人間が嫌いだと思ってた」

「あの事件があってから、ロブはずいぶん変わった気がしてたから」


エディーの耳が、しゅんと下を向く。

10年前のことを、思い出しているのかもしれなかった。


「人間が嫌いになったのか、それはよく分からないんだ」

「彼に怪我をさせたことで、俺の中で何かが変わってしまったのは確かだと思う」

「でもそれは、相手に対する憎しみっていうよりは……」


俺はふと、窓の外に目をやった。

あれだけ積もっているのに、また新しい雪が降り始めている。


暖炉の中で、また薪が爆ぜた。

結局俺は、その後何も言わなかった。


なぜ言葉を続けなかったのかは、よく分からない。

エディーとララは、すべてを知っているのに。


それでも彼らは、俺の心の奥までは知らない。

そこで思っていることを、俺はまだ誰にも話す気はなかった。

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