クリスマスの帰省
クリスマスを前に、実家に帰省するロブ。
雪でいっぱいの駅には、彼の父親が迎えに来ていて……。
イヤホンで音楽を聴きながら、俺は考えていた。
列車は、あと10分ほどで駅に着く。
わたしはきっと、きみが思っているような女じゃないと思うよ。
そう言った時の彼女は、やってることは別として、妙に真面目な顔をしてたっけ。
俺が思ってるようなエレン……。
それって、何だ?
年上で、落ち着きと余裕がある。
長い黒髪と青い瞳が美しい。
芯は強いけど、時々とても脆くなる。
俺の会ったことのない彼女が、まだどこかにいるのかな……。
考えがまとまらないうちに、列車はいつの間にか駅に滑り込んでいた。
*****
「え? クリスマス?」
季節は、いつしか冬になっていた。
膝にブランケットを掛けて、俺たちはテラス席でコーヒーを飲んでいた。
近頃は、こんな風に一緒に出掛けることも多くなった。
「うん」
「俺は、いつも通り実家に帰ろうと思ってるんだ」
「エレンは、どう過ごすの?」
「わたしは、ベアンハルトさんの所で食事かな」
「イブとクリスマスはいつもそうなの」
エレンは少し唇を尖らせて息を吹きかけ、カプチーノを冷ました。
「家には帰らないの?」
「家? ああ……」
緑色のカップに口を付けて、エレンはコーヒーを口に含んだ。
唇に付いた泡を舐めると、ずり落ちかけていたブランケットを膝に引き寄せる。
「家って、つまりわたしの育った場所ってことよね」
「うん」
「いろいろあって、その家にはもう帰れないの」
「もう誰もいないしね」
「そうなんだ……」
クリスマスの時季は、どうも気持ちが浮ついてしまうらしい。
立ち入った話を聞いてしまったことを、俺は後悔した。
しゅんとした俺を見て、エレンは笑う。
「そんな顔しないで」
「今はベアンハルトさんちが、わたしの実家みたいなものだから」
「わたし、奥さんのリサとも仲がいいのよ」
「ね、きみの生まれ育った場所ってどんな所なの?」
「うち?」
「冬は雪ばっかり降る、小さな村だよ」
「わたしが住んでた場所も、かなり雪深かったわよ」
「しかも、すごく山奥なの」
「TVもラジオも、電波が届かないの」
「10歳で初めて街に行くまで、この世にそういうものがあるなんて知らなかったんだから」
「へえー、本当?」
すごい場所でしょ、とエレンは笑った。
その笑顔もどこか寂し気に見えたのは、気のせいだろうか。
*****
実家のある村までは、街から特急で3時間掛かる。
座りっ放しでだるくなった下半身を抱え、俺は駅に降り立った。
8月に帰って以来だから、4か月ぶりの帰省になる。
足元の雪を靴で踏み締めていると、ロータリーからクラクションの音がした。
顔を上げると、父さんが車の窓から手を振っていた。
「迎え、ありがとう」
「こんな雪じゃ、うちに着くのも明日になってしまうさ」
助手席に座って、俺は両手を擦り合わせた。
父さんお気に入りの自家用車は、かなりの年代物だった。
そのために、エアコンの効きがとても悪い。
「大学はどうだ?」
「歴史学は楽しいかい?」
父のジェームスは、大学で歴史学を教える教授である。
ボック先生とも面識があると知ったのは、大学で彼の授業を取ることになってからだった。
他愛もない話をしていると、車はある場所に差し掛かった。
入り口のドアに、平たい板がクロスして打ち付けてある建物。
そこはかつて、この村で一軒だけのホテルだった。
単に気付いていないのか、敢えてそうしたのか。
それは分からなかったけど、父さんは何も言わずにそこを通り過ぎた。
「あら、おかえり」
「お父さんには会えたの?」
「うん、今車を入れてる」
寒い寒いと言ってうちに入って来た俺の顔を見て、母さんはあっさりとそう言った。
彼女はいつも、素っ気ないほどにあっさりとしている。
「早く鞄を置いて手を洗ってらっしゃい」
「ランチにしましょう」
俺が高校進学のために家を出るまで使っていた部屋は、その時のままにしてある。
言われた通りに鞄を置きに行くと、今すぐにでも寝られるくらいに、ベッドもきれいに整えてあった。
「そうそう」
「ララとエディーのところ、もうじき子どもが生まれるのよ」
ランチの最中にその唐突な話を聞いた時、俺は付け合わせのジャガイモを残すか食べるか考えていた所だった。
帰省の時は、やけに料理のボリュームがある。
親心と分かっていても、多過ぎて残すこともしばしばだった。
「えっ、マジで?」
「マジでよ」
母親の視線は、なぜか少し冷たい。
何だ、何か言いたそうだぞ。
「幼馴染のあの子たちがもう親になるっていうのに、あんたときたら」
「未だにいい子の1匹もいないの?」
そういうことか。
俺は急に食欲が失せ、ジャガイモは残すことにした。
エディーとララは俺の幼馴染で、共にコヨーテのカップルだった。
同じイヌ科ということもあって、小さい頃はよく遊んだ仲だ。
俺は全寮制の高校に入ったことで村を離れてしまったけど、彼らはここに留まって愛を育み、そして結婚した。
2匹は、俺が大学に入る前の3月に、村で結婚式を挙げたのだった。
「カレンは幸せ者ねえ」
「次の春には、可愛い孫を抱けるんだもの」
母は俺をちらりと見て、独り言のように呟く。
カレンはエディーの母親で、うちの母の友達でもある。
「そんなこと言うけど、今俺に子どもが生まれるってなっても困るでしょ」
「俺、大学生になったばっかだし」
たぶん意味はないなと思いつつも、俺は母に反論じみたことを言ってみる。
彼女は、食事の手を止めない。
「あら、別に構わないわよ?」
「あんたが学校辞めて、嫁と子どもとこっちに帰って来てもいいし」
「何らならわたしがそっちに行って、孫の面倒を見てもいいし」
さっぱりした母にそんなイメージはなかったけど、どうやら彼女は孫がほしいらしい。
というか、今まで特に考えもしなかったけど、友達に孫が出来るので羨ましくなったに違いない。
「はいはい」
「じゃあ、そん時はよろしく頼むよ」
俺はナプキンで口を拭うと、席を立った。
傍では、父さんが苦笑いを浮かべていた。