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あいつ

あれから10年が経った。

シローは特犯の新入りたちに、伝説的な隊員の話をしてくれるように頼まれて……。

「え、またすか?」

「シローさん、またメスに振られたんすか?」

「スパン短過ぎないっすか?」


最近の若い子は、物をズケズケと言う。

オブラートに包むということを知らない。


今年入ってきた新入りはなかなか根性のあるヤツらで、先輩のオレとしても指導に熱が入る。

鞭ばかりじゃいかんだろと、飴のつもりで昼飯を奢ってやることにしたらこの様だよ。

えー、てか、一体どっからこんな話になったんだっけ?

ま、いっか。


「さー、昼飯食って午後も頑張るんだぞ」

「何か、聞きたいこととかないか?」

「別に、仕事のことじゃなくてもいいんだぜ?」

「ランチタイムで親睦を深めることも大切だからな」


「あ、じゃあオレ、いいっすか?」

「うん、何?」


「あの噂って本当なんすか? あの、10年前にあったっていう、ショッピングセンターの爆破事件の」

「あーそれ、オレも聞こうと思ってたんだよ」

「そこに突入した、超優秀な隊員がいたってやつだろ」


新入り同士で仲のいいハスキーとピューマのコンビが、若者らしい好奇心を隠そうともせずに聞いてくる。

()()()のことは、今や伝説めいた話になって、特犯の新入りたちの間で語り継がれるようになっている。


かつてはオレの後輩だった、体は大きい癖にちょっと頼りない、あいつの話だ。


「何でも、超高性能の爆弾を前にしてもビビんなかったとか?」

「オレが聞いたのだと、その前に実行犯と激しい銃撃戦を繰り広げたとかで」


熱を帯びる後輩たちの話に水を差したくはないが、オレには真実を伝える義務がある。

ひとつ咳ばらいをするとランチのトレイを横に押しやり、オレは口を開いた。


「まあそれは、あくまで噂ってことで」

「もちろん、あいつが最後まで勇敢だったのは間違いないことだよ」

「だけど、あいつはさ……あの後……」


「あ……」

「そういうことっすか」


彼らの脳裏にどんな情景が浮かんだのかは、想像に難くない。

やはりオレは、彼らに真実を伝えなければならないのだ。


「そう、あいつはあの後、号」

「ちょーーーっと待ってもらえますか、シローさん!」

「え?」


そこに割って入って来たのは、珍しくスーツなんか着たあいつだった。

食べ終わった食器の載ったトレイを手に、仏頂面ときてる。


「よ、ロブ!」

「どしたの、バシッとスーツなんか着ちゃって」


「どしたの、じゃないですよ」

「今日はドミニクがいないから、代わりに本部との会議に出るよう頼まれたんですって」

「いやそこじゃなくて……てか、シローさんでしょ?」


「何が?」

「まあた、そんなすっとぼけた顔して」

「俺があの事件の後……何だその、号泣してプロ、ポーズしたこと新入りに話して回ってるの、シローさんなんでしょ?」


「やはは、バレてた?」

「ちょっともう、マジで勘弁してくださいよー」

「いやいや、号泣公開プロポーズまで語ってこそ、語り継がれるべきロブの武勇伝でしょうが」

「いらないっすよ、そんな武勇伝」


オレたちの会話がようやく途切れたのを見計らって、新入りのハスキーがわさわさと尻尾を振ってロブに話しかける。


「え、え、あの話ってマジなんですか?」

「ものすんごい修羅場を乗り越えて、崩れゆくビルの中から瀕死の状態で逃げ出し、死にかけながらも当時付き合っていた彼女さんにプロポーズしたっていうの」

「解除不可能に思われた爆弾を華麗に解体して、実行犯一味をちぎっては投げたとかいうのも!?」


噂ってのは、ほんと恐ろしいわ。

多分、ロブも同じこと思ってるだろうな。


「いや、噂って怖いね」

「ホントのこともあるけど、爆弾を華麗に解体したわけでもないし、誰かをちぎって投げた覚えもないなあ……」


「本当はさ、ビルから顔面蒼白で出て来て、その足で彼女を抱き締め、みんなのいる前で号泣しながらプロポーズしたんだよ」

「な、そうだったよな?」

「ちょっ、もう! 本当にやめてください!」


ワアワア言っていると、食堂の時計がメロディーを奏で、13時になったことを知らせていた。

ロブはやべっと言って慌てると、トレイを急いで返却口に返しに行ったのだった。


隣のイーストシティーで起きた、ショッピングセンター爆破未遂事件。

あれからもう、10年の歳月が流れていた。


オレは相変わらず、独身のままっていう……。

時間って恐ろしいな。

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