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ショッピングセンター

かつて爆破未遂事件のあったショッピングセンターに、ロブはトムから呼び出しを受ける。

そこにエレンがいることを知り、行かないという選択肢をなくした彼は……。

電話から数分後、俺は件のショッピングセンター前にいた。

一部はオフィスに残り、レオ、ミカエル、ドミニク、シローさんが現場に同行する形になった。


「ショッピングセンターから逃げて来た客の中に、人間はいなかったって」

「そうですか……」


現場で事情を聞き、眉間に皺を寄せたシローさんにそう言われても、俺は大して驚かなかった。

何となく、そういう気はしていた。


ベアンハルトさんから電話を受けた後、俺もすぐに彼女に連絡を取ろうと試みた。

電話もしたし、すぐに連絡してほしいとメッセージも送った。

それに関して未だに何の反応もないところを見ると、彼女はまだ、あの中にいるということだ。

トムと爆弾と一緒に、あの中に。


現場の警察官と合流し、俺は一刻も早く要求に応えた方がいいだろうとのとこになった。

万一の事態を想定し、防弾チョッキを着る。

丸腰で来いとの指示はなかったけど、あからさまに武装しては犯人を刺激することになる。

現場の意見は俺も含めて一致し、ナイフだけを隠すように携帯することになった。


「ロブ……」

「行ってきます」


百戦錬磨のドミニクも、かける言葉を見つけられないみたいだった。

俺は俺で、心配してくれる仲間に何と言っていいのか分からなかった。


耳に無線のワイヤレスイヤホンを差し込むと、入り口を塞ぐ黄色いテープを跨ぎ、俺はショッピングセンターの中へと足を踏み入れた。



「本当に来てくれたんだな」

「嬉しいよ、ロブ」


指定された場所、逃げ遅れた客が囚われている2階の一角で、俺はトムと対峙していた。

彼は、ホテルのカフェで垣間見たような、気味の悪い毛皮姿じゃなかった。

少し汚れてはいたがそれなりのスーツを着て、待ち合いの椅子にゆったりと腰掛けていた。

そこにいた彼は、少年だった彼をそのまま大きくしたような姿だった。


囚われている獣は意外にも少なく、その中にエレンの顔を見つけて心底安心した。

彼女も俺を分かったに違いなかったけど、名前を呼んだり駆け出してきたりと、大袈裟な反応は何も見せなかった。


「トム、俺は約束を守ったぞ」

「分かってるよ」


「客を使ってゴネようなんて、これっぽっちも思っちゃいない」

「オレは、おまえに会いたかっただけだから」


トムは両手を広げて、お好きにどうぞとでも言いたげな顔をした。

トムが客を解放することを、俺は即座に無線で知らせた。


無線から1分と経たず、静かな足音がこちらまで押し寄せてくるのが分かる。

銃を手に武装した特殊部隊の連中が状況を注視する中、囚われていた買い物客たちは解放された。


エレンが去る間際、俺はほんの束の間、彼女と視線を合わせた。

物言いたげな眼差しを残して、彼女は警官に付き添われて現場を後にしたのだった。

そうしてフロアには、俺とトムだけが残された。


「……久しぶり、トム」

「ロブ、何か堅いじゃないか」

「昔はよく一緒に遊んだだろ」


「それよか、それ、切っちまえよ」

「久々の再会なんだ、水入らずでやろうぜ」


トムは自分の耳を突くような真似をして、俺に無線を切るよう促した。

俺はドミニクに一言断りを入れ、トムの言う通りにする。


トムは相変わらず椅子に腰掛けていて、それこそカフェで偶然再会した旧友と話すような仕草だった。

そのリラックスした感じが、この状況の中では異常に思えた。


「爆弾を仕掛けたって聞いた」

「本当か?」

「本当だよ、このショッピングセンターのどこかにもうひとつ」


「最初の通報で発見された物は、オレの言ってることを信じてもらうためのダミーでね」

「本当に殺傷能力のあるやつは、別に仕掛けてある」


淡々と話すトムに、俺は切り込んだ。

彼には悪いけど、世間話をするために俺はここへ来たんじゃない。


「おまえは……俺に復讐したいのか?」

「子どもの時の、あの事件の……」

「今でもずっと、俺のことを憎いって思ってるんだろ?」


「憎いって思ってるかって?」

「マジかよ、そんなこと言うわけ?」


そこでようやく、トムは椅子から立ち上がった。

俺が突拍子もないことを言い出しておかしくて堪らない、そんな顔をしていた。

しかしその表情は、次の瞬間には冷たく凍りつく。


「思ってるに決まってんだろ」

「おまえがクソみたいな正義感を振りかざしたおかげで、オレたちの人生はめちゃくちゃになったんだ」

「オレと、母さんの人生だよ」


冷たく刺すようなトムの視線を真正面から受け、俺は唇を噛んだ。

あの事件に関して、俺が全ての罪を背負う必要はないと感じていたのに。

実際に被害を被った相手から言われると、何を言うことも出来なくなった。


「あの後オレたちがどうなったかなんて、村の連中は誰も気にしてやしなかっただろうな」

「数日経てば騒動の熱も収まって、オレたちなんか最初っからいなかったみたいになってただろ?」


それは事実だった。

事件が起こり、トムと母親が村を出て行くまで、村の中は非日常的な熱に浮かされた感じだった。

それも振り返ればほんのわずかな時間で、夏休みが終わる頃には、また単調な日常が戻って来たのを誰もが知っていた。

そしてトムたちがどうなったのかなんて、話題にも上らなくなってしまった。


「おまえだってそうだよな、ロブ」

「オレたち親子に引導を渡したおまえでさえ、今はただ、自分の幸せを保つことに必死になってる」

「違う、俺は……!」


違う、俺はそんなことなかった。

村のみんなが忘れてしまっても、ずっとおまえのことを考えていた。

心が擦り切れるまで、何度も何度も謝り続けていたんだ。


そう大声で言えればよかったけど、言ったところで、トムに響かないのは分かっていた。

俺がどれだけ誠意を持って謝罪の言葉を口にしても、それはもう、意味のないことなのかもしれない。

ショッピングセンターに爆弾を仕掛けてまで俺を呼び出したトムには、きっともう何も響かない。


「人間と付き合うとか……当て付けかよ」

「あの女を幸せにすることで、オレへの詫びを入れてるつもりか?」

「違う……彼女はそういうんじゃない」

「本気で好きになったって、ただそれだけだよ」


俺の言葉に、トムは息とも笑い声ともつかないような音を漏らした。

そして、唐突に切り出す。


「オレのお袋はさ、悲惨だったよ」

「オレの一件があって村を追い出されて、そっからこれ以上ないってくらい、惨めな一生だった」

「あの人は、オレをどうやって食わしていくか、どうやって生かしていくか、そんなことばかり考えていた」

「最後には獣相手に体売るようになって、ある時路地裏で客取ったまんまのカッコで死んだよ」


「何だったんだろな、母さんの一生って」

「何だっていうんだよ、オレたち人間って」


その言葉は、重かった。

俺は目の前のトムじゃなく、今は安全な場所にいるエレンのことを思った。

トムやその母親と同じように、なじり尽くされた彼女の人生。


「彼女には、手を出すな」

「俺のことがどんなに憎くても、彼女だけには手を出さないでくれ」


「は? おまえ、何言ってんの?」

「ああ……オレがおまえ憎さに、おまえの大切な恋人を手にかけるんじゃないかって、そういう心配?」


楽しそうに体を揺らし、トムは言う。

俺はなおも続ける。


「俺は、彼女のためなら何だってする」

「俺をいたぶりたいなら、そうしてくれても構わない」

「ここで土下座して、おまえの靴を舐めろって言われても構わないよ」

「そうしたところで、何の償いにもならないとは思うけど……」


「……分かってんじゃんか」

「まあ気休めってわけでもないけど、あの女には手ぇ出す気なんかないから安心しろよ」


「おまえ、獣の癖に人間見る目はあるよなぁ」

「あれ、人間から見てもだいぶレベル高いぜ?」

「おまえのお古でなかったら、オレがほしいくらいってな」


俺は今、一体どこで何をしてるんだ。

本当は缶詰めになってたあのホテルのカフェにいて、久しぶりだなってトムに会ったような気さえしてくる。

そんな錯覚に陥っていた俺に、トムは突然現実を突き付けてきた。


「さ、再会を喜ぶのはこれくらいにして、そろそろ本題に入るか」

「オレが仕掛けたって言う爆弾、今、ここにあるんだよ」


トムは、自分の腰掛けていた椅子の下を指さした。

そして胸元から何かのスイッチを取り出すと、それを押したのだった。

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