ショッピングセンター
かつて爆破未遂事件のあったショッピングセンターに、ロブはトムから呼び出しを受ける。
そこにエレンがいることを知り、行かないという選択肢をなくした彼は……。
電話から数分後、俺は件のショッピングセンター前にいた。
一部はオフィスに残り、レオ、ミカエル、ドミニク、シローさんが現場に同行する形になった。
「ショッピングセンターから逃げて来た客の中に、人間はいなかったって」
「そうですか……」
現場で事情を聞き、眉間に皺を寄せたシローさんにそう言われても、俺は大して驚かなかった。
何となく、そういう気はしていた。
ベアンハルトさんから電話を受けた後、俺もすぐに彼女に連絡を取ろうと試みた。
電話もしたし、すぐに連絡してほしいとメッセージも送った。
それに関して未だに何の反応もないところを見ると、彼女はまだ、あの中にいるということだ。
トムと爆弾と一緒に、あの中に。
現場の警察官と合流し、俺は一刻も早く要求に応えた方がいいだろうとのとこになった。
万一の事態を想定し、防弾チョッキを着る。
丸腰で来いとの指示はなかったけど、あからさまに武装しては犯人を刺激することになる。
現場の意見は俺も含めて一致し、ナイフだけを隠すように携帯することになった。
「ロブ……」
「行ってきます」
百戦錬磨のドミニクも、かける言葉を見つけられないみたいだった。
俺は俺で、心配してくれる仲間に何と言っていいのか分からなかった。
耳に無線のワイヤレスイヤホンを差し込むと、入り口を塞ぐ黄色いテープを跨ぎ、俺はショッピングセンターの中へと足を踏み入れた。
*
「本当に来てくれたんだな」
「嬉しいよ、ロブ」
指定された場所、逃げ遅れた客が囚われている2階の一角で、俺はトムと対峙していた。
彼は、ホテルのカフェで垣間見たような、気味の悪い毛皮姿じゃなかった。
少し汚れてはいたがそれなりのスーツを着て、待ち合いの椅子にゆったりと腰掛けていた。
そこにいた彼は、少年だった彼をそのまま大きくしたような姿だった。
囚われている獣は意外にも少なく、その中にエレンの顔を見つけて心底安心した。
彼女も俺を分かったに違いなかったけど、名前を呼んだり駆け出してきたりと、大袈裟な反応は何も見せなかった。
「トム、俺は約束を守ったぞ」
「分かってるよ」
「客を使ってゴネようなんて、これっぽっちも思っちゃいない」
「オレは、おまえに会いたかっただけだから」
トムは両手を広げて、お好きにどうぞとでも言いたげな顔をした。
トムが客を解放することを、俺は即座に無線で知らせた。
無線から1分と経たず、静かな足音がこちらまで押し寄せてくるのが分かる。
銃を手に武装した特殊部隊の連中が状況を注視する中、囚われていた買い物客たちは解放された。
エレンが去る間際、俺はほんの束の間、彼女と視線を合わせた。
物言いたげな眼差しを残して、彼女は警官に付き添われて現場を後にしたのだった。
そうしてフロアには、俺とトムだけが残された。
「……久しぶり、トム」
「ロブ、何か堅いじゃないか」
「昔はよく一緒に遊んだだろ」
「それよか、それ、切っちまえよ」
「久々の再会なんだ、水入らずでやろうぜ」
トムは自分の耳を突くような真似をして、俺に無線を切るよう促した。
俺はドミニクに一言断りを入れ、トムの言う通りにする。
トムは相変わらず椅子に腰掛けていて、それこそカフェで偶然再会した旧友と話すような仕草だった。
そのリラックスした感じが、この状況の中では異常に思えた。
「爆弾を仕掛けたって聞いた」
「本当か?」
「本当だよ、このショッピングセンターのどこかにもうひとつ」
「最初の通報で発見された物は、オレの言ってることを信じてもらうためのダミーでね」
「本当に殺傷能力のあるやつは、別に仕掛けてある」
淡々と話すトムに、俺は切り込んだ。
彼には悪いけど、世間話をするために俺はここへ来たんじゃない。
「おまえは……俺に復讐したいのか?」
「子どもの時の、あの事件の……」
「今でもずっと、俺のことを憎いって思ってるんだろ?」
「憎いって思ってるかって?」
「マジかよ、そんなこと言うわけ?」
そこでようやく、トムは椅子から立ち上がった。
俺が突拍子もないことを言い出しておかしくて堪らない、そんな顔をしていた。
しかしその表情は、次の瞬間には冷たく凍りつく。
「思ってるに決まってんだろ」
「おまえがクソみたいな正義感を振りかざしたおかげで、オレたちの人生はめちゃくちゃになったんだ」
「オレと、母さんの人生だよ」
冷たく刺すようなトムの視線を真正面から受け、俺は唇を噛んだ。
あの事件に関して、俺が全ての罪を背負う必要はないと感じていたのに。
実際に被害を被った相手から言われると、何を言うことも出来なくなった。
「あの後オレたちがどうなったかなんて、村の連中は誰も気にしてやしなかっただろうな」
「数日経てば騒動の熱も収まって、オレたちなんか最初っからいなかったみたいになってただろ?」
それは事実だった。
事件が起こり、トムと母親が村を出て行くまで、村の中は非日常的な熱に浮かされた感じだった。
それも振り返ればほんのわずかな時間で、夏休みが終わる頃には、また単調な日常が戻って来たのを誰もが知っていた。
そしてトムたちがどうなったのかなんて、話題にも上らなくなってしまった。
「おまえだってそうだよな、ロブ」
「オレたち親子に引導を渡したおまえでさえ、今はただ、自分の幸せを保つことに必死になってる」
「違う、俺は……!」
違う、俺はそんなことなかった。
村のみんなが忘れてしまっても、ずっとおまえのことを考えていた。
心が擦り切れるまで、何度も何度も謝り続けていたんだ。
そう大声で言えればよかったけど、言ったところで、トムに響かないのは分かっていた。
俺がどれだけ誠意を持って謝罪の言葉を口にしても、それはもう、意味のないことなのかもしれない。
ショッピングセンターに爆弾を仕掛けてまで俺を呼び出したトムには、きっともう何も響かない。
「人間と付き合うとか……当て付けかよ」
「あの女を幸せにすることで、オレへの詫びを入れてるつもりか?」
「違う……彼女はそういうんじゃない」
「本気で好きになったって、ただそれだけだよ」
俺の言葉に、トムは息とも笑い声ともつかないような音を漏らした。
そして、唐突に切り出す。
「オレのお袋はさ、悲惨だったよ」
「オレの一件があって村を追い出されて、そっからこれ以上ないってくらい、惨めな一生だった」
「あの人は、オレをどうやって食わしていくか、どうやって生かしていくか、そんなことばかり考えていた」
「最後には獣相手に体売るようになって、ある時路地裏で客取ったまんまのカッコで死んだよ」
「何だったんだろな、母さんの一生って」
「何だっていうんだよ、オレたち人間って」
その言葉は、重かった。
俺は目の前のトムじゃなく、今は安全な場所にいるエレンのことを思った。
トムやその母親と同じように、なじり尽くされた彼女の人生。
「彼女には、手を出すな」
「俺のことがどんなに憎くても、彼女だけには手を出さないでくれ」
「は? おまえ、何言ってんの?」
「ああ……オレがおまえ憎さに、おまえの大切な恋人を手にかけるんじゃないかって、そういう心配?」
楽しそうに体を揺らし、トムは言う。
俺はなおも続ける。
「俺は、彼女のためなら何だってする」
「俺をいたぶりたいなら、そうしてくれても構わない」
「ここで土下座して、おまえの靴を舐めろって言われても構わないよ」
「そうしたところで、何の償いにもならないとは思うけど……」
「……分かってんじゃんか」
「まあ気休めってわけでもないけど、あの女には手ぇ出す気なんかないから安心しろよ」
「おまえ、獣の癖に人間見る目はあるよなぁ」
「あれ、人間から見てもだいぶレベル高いぜ?」
「おまえのお古でなかったら、オレがほしいくらいってな」
俺は今、一体どこで何をしてるんだ。
本当は缶詰めになってたあのホテルのカフェにいて、久しぶりだなってトムに会ったような気さえしてくる。
そんな錯覚に陥っていた俺に、トムは突然現実を突き付けてきた。
「さ、再会を喜ぶのはこれくらいにして、そろそろ本題に入るか」
「オレが仕掛けたって言う爆弾、今、ここにあるんだよ」
トムは、自分の腰掛けていた椅子の下を指さした。
そして胸元から何かのスイッチを取り出すと、それを押したのだった。