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妙なもの

動画には、子ども時代のロブの写真が使われていた。

気味の悪い動画が気にかかるロブだったが、さらに追い打ちをかけるような事態になって……。

「あ、ロブ……」

「悪かったな、急に呼び出して」


俺が特犯のオフィスに着いたのは、日付が変わってからだった。

暗くなった室内では、ムースとドミニクのいるデスクだけ、煌々と明りを放っている。


「一体、どうしたの?」

「何だった、妙なものって……」


パソコンに向き合うムースの背後にドミニクが立っていて、俺もその隣に体を並べた。

中腰になって画面を覗き込むと、腰が痛かった。


思わずウッと呻いた俺を、2匹が訳知り顔で見つめてくる。

恥ずかしくなって何ですかと聞くと、2匹とも別に……と視線を逸らすのだった。


「ま、そういう話は置いておいて……」

「先にドミニクには見せたんですが、これって……きみですか……?」


ムースがパソコンの画面上に開いていたのは、メールの受信画面だった。

本文は空っぽで、添付ファイルが一件付いているだけ。

ムースは無言で、そのファイルをクリックした。


画面は一瞬真っ白になったけど、すぐに選択したファイルを表示にかかる。

動画再生ソフトが立ち上がっている。

動画ファイルの再生は、すぐに始まった。


「あ……え?」

「これ……ロブですか?」

「です……よね?」


再生された画面に、俺は言葉を失った。

動画の始まりは、音のない静止画だった。

そしてその画面に現れたのは、俺だったのだ。


ぞわわっと、背筋を寒気が通り過ぎる。

なぜならその静止画には、子どもの頃の俺の写真が使われていたからだった。


「うん……これ、俺だ」

「そうですか……」

「ちなみに画像解析ソフトで今のきみと照合してみたんですが、結果は99%できみってことでした……」


「いつ頃だ? 小学生くらいに見えるが」

「えっと多分、そうだと思います……」


俺は口に手を当てて、その写真に見入っていた。

ドミニクの言う通り、これは俺が小学生だった頃の写真だ。

着ている半袖のTシャツは、俺の9歳の誕生日に父親が買ってくれたものだった。


「妙なものって……これだけ?」

「いえ……まだ、あります……」


ムースはいつも以上にたどたどしく喋り、動画を早送りした。

彼がマウスから手を離すと、動画は俺をいっそう不安にさせる展開になった。


動画の画面の上の方から、ダラーッと赤い液体が流れ出してきた。

それら幾筋にもなって、やがては画面全部を覆いつくした。

残り時間は、真っ赤に染まった画面が映し出されているだけだった。


「これは、何て言うか……本当に妙としか言いようがないな……」


俺は、そう言うのが精いっぱいだった。

まったく、気持ち悪いったらなかった。


「……このメール、ロブに電話する1時間前くらいに届いたんです」

「メールのアドレスは、うちで囲っている情報屋です」

「彼に連絡を取ったら、どうやらアカウントの乗っ取りに遭ったようで……」


「つまり、本当の相手は、分からないってこと?」

「……そうなんです……ただ、そこらを歩いている普通の獣が、こういう類のことをするとは考えられません……」


「メールを寄越した相手はなぜ、きみの子どもの頃の写真を持っているのか……」

「誰かの子ども時代の写真を得ることは、実際、そこまで難しいことじゃないです……」

「ただ、どうして……相手はきみがここにいることを知っているんでしょう……」


「特犯と繋がってる情報屋のアドレスが乗っ取られたことも気になりますし……きみの写真が使われているのも……偶然にしては出来過ぎです……」

「この動画の内容も……気になります……」


ムースの言うことは、口を挟む余地のないほどにまっとうだった。

分からないことだらけだけど、少なくとも俺は、動画を送りつけてきた相手から好意を持たれているようには思えなかった。


「ロブ、おまえが特犯にいることを知っている者は?」

「ええと……」


俺は考えを巡らしたけど、エレン以外に、俺の本当の仕事を知っている者はいなかった。

誰に対してもそれとなく、警備関係なんていう感じで伝えていたからだった。


怪しい奴らとの関わりが、今までまったくなかったってことはない。


エレンが拉致された時には、ノワールという怪しげなハイエナと出会った。

エレンを傷つけたライオンの医者も狂っていたけど、今は刑務所の中だ。

それと……少し前に恋心をこじらせた、俺と同じオオカミの青年。


どいつも怪しいと言えばそうだったけど、みんな違うような気がした。

この動画から漂う何とも言えない不気味さは、もっと別のところから発せられている。


「……どう、思います?」

「そうだな……」


ムースに意見を求められ、ドミニクは唸った。

しばらく考えていた彼は、やがて俺に、こんな提案をしたのだった。


「取り越し苦労ならいいんだが、やり口がどうも気になる」

「ロブ、これはしばらく、家を離れた方がいいな」

「部屋はこっちで探すから、この一件がはっきりするまで、そこから仕事に通ってくれ」


寝耳に水だった。

そうするのが妥当だとは思ったけど、いきなりで頭が付いて行かない。

そんな俺の混乱を察しつつも、ドミニクは続けた。


「念のため、エレンさんもそうした方がいいだろう」

「彼女、どこか別に身を寄せられる場所はあるか?」


「あ、えっと……彼女の職場なら、多分」

「それなら好都合だ」

「移動は少ないに越したことはない」


こうしてあっという間に、俺たちは別々に暮らすことが決定した。

俺はその日は仮眠室に泊まり、翌朝休日出勤してきたアリーナが、俺の仮の住まいを探してくれた。

それはオフィスから程近い、小さなビジネスホテルだった。


当面の生活に必要な準備をするため、俺は一度帰宅することを許された。

日曜の朝に疲れて帰ってきた俺を心配したエレンに、俺は事情を説明した。


「詳しいことは話せないけど、そういうことになったんだ」

「ベアンハルトさんに、連絡して頼んでみるよ」


俺はベアンハルトさんと連絡を取り、エレンを置いてもらえるか尋ねた。

詳細を説明できなくても、彼は快く応じてくれたのだった。


「そういうわけで、しばらくお別れだ」

「なるべく早く帰れるようにするから、それまで我慢してくれる?」

「ええ、わたしは大丈夫」


エレンはそう言って、微笑んだ。

俺はそんな彼女を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。

それから、いつも出掛ける時よりも、ずっと長くキスをした。


何だか、嫌な思いが拭いきれない。

彼女とは、もう会えなくなるんじゃないか?

一体どんな根拠でそう感じるのかは分からなかったけど、俺は漠然と、不安に苛まれるのだった。

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