波紋
エレンと過ごす夜に、職場から急な呼び出しを受けるロブ。
特犯に届いた1本の動画は、思いもよらないもので……。
その晩は、何も特別感のない晩だった。
敢えて言うなら、エレンの肌が妙に恋しくなる、そんな夜ではあった。
今にして思えば、俺の体はどこかで本能的に、これから起こることを察知していたのかもしれない。
「ハァッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ……」
俺は裸に剥いたエレンの上に圧し掛かり、いつもより激しく、行為に及んでいた。
こういう時、俺の中にはもう1匹の自分が生まれていて、冷静な目で自分を見ていることがある。
あー、ちょっとそんなに激しくしたら、彼女しんどくない?
ちょっと、ちょっと、そんな馬鹿みたいに腰振っちゃう?
もう1匹の自分が呆れたようにそう言うのを、俺は何も言わずにただ聞いている。
今もエレンの首筋に軽く牙を当てている俺にそいつは何かを言ったけど、俺は意識して聞くことはしなかった。
「ロブッ、ん、あ」
「ロブ」
俺の動きに半ば翻弄されながら、エレンはそれでも、俺を包むようにしてそこにいてくれる。
彼女が俺の名前を呼ぶ度、彼女と触れ合っている部分が痙攣するように感じることもある。
俺との生活で、正確には俺との行為を通して、彼女はずいぶんと変わったように思う。
既に経験済みだったとはいえ、あれはただの一方的な暴力だったと彼女は振り返っている。
「本当の初めての相手は、あなたなのよ、ロブ」
いつだったかそう言われたことがあって、その言葉は、俺を堪らなく嬉しい気持ちにさせてくれた。
そんな彼女を、俺はとことん大切にしようと心に決めていた。
腰を振り過ぎだぞと自分自身から指摘を受ける今だって、彼女に苦痛を与えないよう、細心の注意を払っているんだ、これでも。
激しい動きの中で、俺は自分の中の高まりに気付いていた。
エレンの上から少し体を起こし、彼女の顔の横に両腕を突く。
俺のその気配を察し、エレンは下から俺を見上げている。
腕がゆっくりを上がり、俺の顔に触れる。
喘ぐように息をする俺の、唇に触れる。
俺は再び彼女の上に体を沈めて、エレンにキスをする。
今日はそこで、一気に高まってしまった。
呻き声を一つ上げて、俺は体を強張らせた。
それが一転して、今度は脱力して彼女の横に崩れるように横たわる。
「……大丈夫?」
「大、丈夫……」
肩で息をして、俺はベッドに顔を押しつけたまま答える。
起き上がってエレンの顔を見ようとした刹那、スマホが震える。
エレンが、彼女の傍のナイトテーブルにあったスマホを俺に手渡す。
ありがとうとそれを受け取った時に見た彼女は、しっとりと汗をかいていて綺麗だった。
「もしもし?」
『ロブ……ですか? 夜遅くに、すみません……』
電話をかけてきたのは、ムースだった。
同僚みんなと番号を交換していたけど、休みの日にムースと会話するのは初めてだった。
「ううん、いいよ」
「どうかした?」
『実は、ドミニクに頼まれていた仕事を片付けていたんですが……それで、きみに関する妙な物が……』
『その……説明しにくいので、可能ならオフィスまで出て来てもらえますか……?』
『先にドミニクにも相談したんですが……彼もその方がいいだろうってことで……』
今日は土曜日で、俺は明日も休みだった。
ムースがドミニクに指示を仰いだところから察するに、緊急性のある用事だと思えた。
「うん、分かった」
「まだいる? これから向かうから……」
電話を切った俺は、隣で話を聞いていて内容を把握しただろうエレンに、もう一度説明した。
「悪いけど、これから急に出ることになったよ」
「うん、分かった」
「気を付けてね」
俺はタオルで体を拭いてから着替えると、タクシーを呼んでオフィスまで出掛けることにした。
俺がプレゼントした薄桃色のネグリジェを着たエレンは、玄関まで俺を見送りに出てくれた。
いってらっしゃいといつものように言われ、ドアを開ける前にキスをした。
これから彼女との間に長い空白が生まれようとしているなんて、この時の俺はまったく想像もしていなかった。
これから自分の身に、何が起ころうとしているのかも。
そしてそれが、誰の手によってもたらされるのかも。