こぐまのウーフー③
エレンと水入らずで過ごすはずだった週末を、ウーフーを交えて過ごすことになるロブ。
ピクニックに行ったり夕食を作ったりしているうちに、ロブの心境にも変化が生まれて……。
「おじさん、やめてあげなよ」
「おじさんが上にのったら、おねえちゃんが苦しくなるじゃん」
「いじわるしちゃダメって、せんせいがゆってたぞ」
俺たちがイチャコラしていた布団の下からクマっ子が現れた時には、さすがに目が点になった。
俺は上からエレンを、エレンは下から俺を見て、共にフリーズした。
「う、あ、ウーフー」
「別に、ロブは意地悪してたわけじゃないのよ?」
「心配してくれて、ありがとうね」
エレンは瞬時に何事もなかったかのように平静を装い、自分の隣にウーフーを引っ張り出した。
服を脱いでなくて本当によかったと、きっとそう思ってるに違いない。
俺は俺で、さっさと始めてしまわなくて本当によかったと安堵していた。
よそのおうちでそんな現場を目撃しては、彼の心にトラウマが残る。
「……自分の部屋で寝るんじゃなかったの?」
いよいよこれからって時に邪魔が入ったのは、やっぱり癪だった。
思わずそう聞いた俺を、エレンの視線が大人気ないとたしなめる。
「……いいんだもん」
「怖くなったら、パパとママんとこ行ってもいいんだもん」
ウーフーは口をつんと尖らせて、言い訳するようにそう言った。
そして当然のように、エレンと俺の間に割り込む。
「ここで寝る?」
「うん」
優しく尋ねたエレンに、ウーフーは安心したように目を閉じる。
そうするや否や、すぐにまたすうすうと寝息を立て始めたのだった。
微妙な顔をしてそれを見ていた俺に、エレンはそっとキスをした。
それで、お開きになった。
ベッドに、端からエレン、ウーフー、俺という並びで寝る。
クマっ子は俺に尻を向ける格好で、エレンにぴったりとくっ付いている。
これじゃあ、手を出そうにも出せない。
まあ、よその子がいる傍でおっ始めるほど、俺も外道じゃない。
何にせよ、指を噛んで堪えたのはエレンじゃなく、俺の方だった。
*
「ウーフー、上手ね!」
クマの子から飛んで来たディスクをキャッチして、エレンが笑った。
土曜日の昼前、俺たちは連れ立って公園にやって来たのだった。
ランチを持って、ピクニックに行く。
それも、予定通りと言えば予定通りではある。
こんな丸っこいお連れさんがいなければ、もっと完璧だったってだけだ。
俺は芝生にレジャーシートを広げ、その上でランチの番をしていた。
ぼんやりと見つめる先では、エレンとウーフーがフライングディスクで遊んでいる。
土曜日の公園には、俺たちと同じように過ごす家族連れもたくさんいた。
俺たちは、そんな中でどんな風に見えてるんだろう。
人間とオオカミ、そしてクマの子。
超ワケありファミリーって感じだな。
「あっ」
不意に上がった声にはっとすると、ディスクが樹の上の方に引っかかったのが見えた。
エレンの投げたディスクを、ウーフーが取り損ねたらしい。
「ウーフー、ごめんねー」
エレンは樹に駆け寄ると、下から幹を見上げた。
彼女が手を伸ばしても、届きそうな高さじゃなかった。
俺はよっこらしょと腰を上げると、ディスクを取りに向かう。
手を伸ばしてもギリギリ届かないだろうけど、まあ、大丈夫だ。
「ロブ、取れる?」
「うん」
俺は手近にあるしっかりとした枝に手を掛けると、腕の力で体を持ち上げ、枝の間に引っ掛かっていたディスクを掴んだ。
そして何事もなかったかのように、ストンと地上に降りる。
ふとウーフーを見れば、何だか顔を赤くしてこちらを見ている。
キラキラと光るつぶらな瞳に、尊敬の念が宿った気がした。
俺が見ていることに気付くと、彼は慌ててそっぽを向くのだった。
それからランチを食べて、公園にある池の魚に餌をやったりして過ごした。
俺たちはワケありに見えようが、ごくごくありふれた家族のようだった。
その日の晩は、これまたウーフーのリクエストでピザを作ることになった。
ピクニックの帰りにスーパーに寄って、みんなで話し合って材料を買い求めた。
市販のピザ生地に、トッピングしただけの簡単な夕食。
それでも、ウーフーにはとびきりのごちそうのようだった。
興奮した様子で昼間の話をしながら、ピザを何切も平らげていた。
2度目の風呂入れは、一度目よりもずっと楽に済んだ。
彼は相変わらずおじさんとはイヤだと文句を言ったけど、もう股間に突進してくることはなかった。
今夜の彼は、当たり前のように俺たちの間に収まり、既に疲れて眠ってしまっている。
ぷっくりした頬を枕に押しつけて眠る様を見ていた俺は、いつの間にか頬が緩んでいたらしい。
「まるで、ウーフーのパパみたいね」
「え?」
エレンにそう言われ、俺はちょっと意外に思った。
恋人との甘い週末を邪魔しに来た小悪魔は、いつのまにかどこか愛しい存在になってたっていうのか?
「何、どうして笑ってるの?」
「あのね……」
含み笑いをしながら、エレンは昼間のことを話して聞かせてくれた。
『……おじさん、かっこいい』
『ロブのこと?』
『オレのパパは力持ちだけど、体がおもくて、おじさんみたいにスルッとは登れないんだ』
『おじさん、ちょっとかっこよかった』
『パパのが、とーーってもかっこいいけど』
俺がディスクを取った時のことを、彼はそんな風に話したらしい。
あの時感じた尊敬の眼差しは、あながち間違ってはなかったってことだ。
俺は思わず声を上げて笑い、自分の中でますます愛おしさが増すのを感じた。
生意気で俺のことをおじさんと呼ぶ、この丸っこいクマの子に。
俺とエレンは両サイドから彼を包むように向かい合い、満たされた気持ちで眠りに就いた。
翌日の朝に連絡があり、ウーフーは家に帰ることになった。
そして昼過ぎには、インフルエンザから回復した彼の両親が迎えに来たのだった。
「本当に助かりました」
「ウーフー、お兄さんとお姉さんに、ちゃんとお礼を言ってね」
ウーフーの両親は感謝しきりといった様子で、俺たちに何度も礼を言った。
ウーフーは最初こそパパとママに会えてご満悦だったけど、別れが近付くにつれて、表情を曇らせた。
「またいつでも遊びに来てね」
エレンはお決まりのセリフを口にして、もたもたしている子グマの背中をそっと押してやった。
俺は何も言わなかったけど、初めて会った時にそうしたように、屈んで手を差し出した。
一瞬戸惑ったようなウーフーは、両親がいることもあってか、素直に握り返してきた。
ありがとうございましたとまた繰り返して、彼の両親はウーフーの手を取ってドアの先に進む。
ウーフーは彼らに気付かれないように振り返ると、やっぱりあの時みたいに、俺に向かってべえっと舌を出した。
俺は笑って眉を吊り上げると、同じように舌を出した。
*
週末の終わり、俺たちは寝る支度をして、いつものようにベッドに潜り込んだ。
はっと気が付いて、互いに顔を見合わせる。
俺たちは、向かい合ってベッドに横になっていた。
それは全然不自然じゃなかったけど、いつもと違ったのは、俺たちの間にちょっとした空間があったことだった。
それはちょうど、ウーフーが挟まっていたくらいの幅だった。
エレンは何も言わずに、その何もない隙間をそっと撫でた。
俺もどうしてか、胸がきゅんと苦しくなる。
俺とエレンは、どちらからともなく近付いて、ぴったりとくっ付いた。
これで、いつもの俺たちに戻ったんだ。
そのはずなのに、胸の中に穴が開いたような気がするのはなぜなんだろう。
たった2日ちょっと、俺たちの穏やかな生活に割って入って来た子グマのウーフー。
その存在の大きさに気付いたことを、俺は自分でも驚いていた。
本当のところ、俺たちの中に生まれたのは、ウーフーがいなくなったことへの喪失感だとか、そういうものじゃなかった。
ぼんやりとしたところにあって、敢えて考えたり話したりしてこなかった何か。
ウーフーが俺たちの所へ来たことで、それが急に現実に浮き上がってきたってことだと思う。
俺に身を寄せて黙ったままでいるエレンの、その腹部にさり気なく手を触れてみる。
つまり、そういうことなんだ。
エレンの体が、本当の意味で俺を受け入れてくれるのかは分からない。
いつか彼女の中に俺との新しい命が宿り、それがあのクマの子のように、ベッドの間に収まる日は来るのだろうか。
俺たちは結局、最後まで何も言わなかった。
ただおやすみを言い合い、キスをひとつして眠ったのだった。