ミート・ザ・ペアレンツ②
ついに、両親にエレンを紹介したロブ。
すんなりと受け入れてくれる父親に対し、母親はどこか反対するようでもあって……。
俺は、こんな重苦しい雰囲気の実家を知らない。
その原因となっているのは自分たち、いや、俺のせいだと、痛いほどに分かっていた。
庭に顔を出した母さんと俺たちは、まるで突然出くわした天敵同士のように立ち尽くすしかなかった。
扉を閉めないでいる妻が気になったらしい父さんが顔を出し、固まっている俺たちをようやく家へと招き入れてくれたのだった。
父さんは歴史学の教授をしているだけあって、人間についての知識や理解は深い。
突然俺が連れてきたエレンを見ても動じることなく、彼女が着ていたコートを玄関で受け取ってくれた。
彼はいつもこんな感じで、俺は父さんが大袈裟に取り乱したりした場面も、物心ついてから見たことがない。
問題は、母さんだった。
俺やエレンに対して喚き散らすこともなければ、驚いて失神するようなこともなかった。
彼女は彼女で父さんとは別の冷静さを持ち合わせていて、よほどのことでも取り乱したりはしなかった。
いつものように、お茶の支度をしている。
会わせたい誰かを連れて帰る。
我ながら妙な言い回しだったけど、俺は前もってそう伝えていた。
勘のいい母さんはすぐに察したみたいで、テーブルには、客用のピンク色のカップがあらかじめ用意されていたのだった。
俺が両親に会わせたいその誰かは、俺の隣にちょこんと座っている。
オオカミ3匹の中に、人間の女性が1人。
彼女はいつになく、小さく見えた。
香りのいい自家製ハーブティーをそれぞれのカップに注ぐと、母さんはキッチンからクッキーの載った皿を持ってきた。
そして自分の席に着くと、ようやく口を開いた。
「それで?」
「ロブ、あなたはわたしたちに説明すべきことがあるんじゃないかしら」
母さんは、村の学校で教師をしていた。
俺はまるで、宿題を忘れた理由を尋ねられる生徒みたいな気分になった。
喉がカラカラだけど、今しがた注がれた紅茶を飲み干すのはさすがに熱くて無理そうだ。
俺は顔を上げて、両親を真っすぐに見た。
「彼女はエレン」
「伝えていた通り、俺が紹介したいって言ってた人だよ」
「見ての通りの」
俺の言葉に、エレンが静かに席を立った。
彼女は何も言わず、ただ頭を少し下げた。
両親は、何も言わない。
「彼女とは大学生の時に出会って、仕事を始めたのを機に、一緒に暮らしてる」
「父さんと、母さんの言いたいことはよく分かるよ」
「その、俺、今までたくさん迷惑かけてきたし……何でっていうのは、よく分かる……」
なっさけない……。
でも、何て言えばいいのか全然分からない。
両親は決して高圧的なタイプじゃなかったけど、俺はどこか、彼らに真剣な話をするのが苦手だった。
村の外の高校に行くって決めた時もそうだった。
トムとの記憶から逃れたくて、俺はここを出て行きたかった。
それは多分、俺にとって正当な理由だったと思う。
それでも俺は、その決定をなかなか彼らに話すことが出来なかった。
父さんと母さんは今のように黙って俺の話を聞いて、反対などひとつもしないで送り出してくれたんだけど。
「ロブ」
「わたしは、おまえの決定に反対する気はないよ」
「おまえが誰を好きになって、これからどんな風に歩いて行きたいのか、それは全部、おまえ自身のものだと思うから」
「父さん……」
「かつておまえの身に何が起こったかも、それによってどんなに苦しんできたのかも、わたしも母さんも痛いほどに分かっている」
「それでもおまえがその女性を連れて来たということは、そういうことだと思ってる」
父さんはそこまで言うと、ちらりと母さんを見た。
その視線が、アンゲリカ、きみはどう思う? と妻に語りかけていた。
これは父さんのよくやるやり口で、母さんはすっかり慣れっこになっている。
こめかみを押さえてハァッとため息を吐くと、ようやく口を開いた。
「あなたの悪い癖ね、ジェームス」
「自分は先に言いたいことを言ってしまって、わたしに意見を求めるんだもの」
「そんなつもりはないんだけどねえ……」
母さんは自分で淹れた紅茶を一口飲むと、ゆっくりとカップを置いた。
もう一度小さく息を吐くと、俺を見据える。
「分からないのよ」
「あなたの恋人が気分を害してしまうことを承知で言うと、どうして人間を選んだのか」
「あなたはトムとのことであれだけ悩んでいたのに、何でよりにもよって人間を……」
ある意味で、母さんは取り乱していた。
いつもは理路整然と話をし、こちらに口を挟む隙さえ見せない彼女が、今はただ、1匹の母親としての気持ちだけを口にしている。
彼女の言葉をシンプルに解釈すれば、何で人間なんかを連れてきたんだってこと。
人間の女を、息子のそんな相手として紹介されたくなかった。
多分、そういうことだった。
「……彼女は、俺の過去を受け止めてくれたんだよ」
「俺がトムを傷つけたって悩んでいたことも全部、受け入れてくれた」
「他のどんな獣でもなく、人間の彼女がそう言ってくれたことが救いになったんだ」
「それが惹かれる理由になったってこと、母さんはおかしいって思う?」
「おかしいとかそうじゃないとか、わたしはそういうことを言いたいんじゃないのよ」
「わたしはただ……あなたがまた人間と関わることで、また面倒なことになるんじゃないかって心配なだけよ」
「今度こそもう修復のしようがないほど、ひどい壊れ方をしてしまうんじゃないかって」
「母さん、俺だってもう子どもじゃないんだよ」
「トムことでは散々迷惑かけたけど、でももう大丈夫なんだって……」
「大丈夫って言うけど、保証なんてないじゃない」
「その子との関係が上手くいかなくなったら、あんた、それでどうするっていうの?」
「また別の、人間の女性を探すってわけ?」
「ちょっと! 俺は人間の女性が好きってわけじゃないんだよ」
「彼女が人間だから救われたのはあるけど、彼女が彼女だから好きになったんだよ」
「何を子ども染みたことを言ってるの!」
「あんたはメスに免疫がないから、そんな夢みたいなことばかり言うのよ!」
「この子が、初めての彼女なんでしょ!?」
「大きなナリしてみっともない!」
「いっぱしのオスなら、もっと経験を積みなさいって言ってるのよ!」
「ちょ、体のデカさと経験云々は関係なくない!?」
俺と母親はいつしか、謎の喧嘩を始めてしまっていた。
どちらもヒートアップし過ぎているのを自覚していたはずだけど、止めるに止められない。
こういう時、間に入るのは決まって父さんだ。
早く母さんを止めてくれよと思っていたら、今回は意外なところから仲裁が入った。
「どうかした?」
「ずいぶん、嬉しそうな顔をしているね」
父さんがそう声をかけた相手は、エレンだった。