18歳の悩めるオオカミ
なれるものなら、自分でない何かになりたい。
10年前に起きた出来事で、自分を嫌うようになったオオカミのロブ。
大学生になった彼は、そんな思いを抱えつつも、何気ない毎日を過ごしていたが……。
肉食獣は古来、生き物の肉を食って生活をしていた。
そして食われるのは、多くの場合が草を食む草食獣たちだった。
そんな食うか食われるかの殺伐とした時代は、もはや遠い遠い昔の話だ。
今や俺たちは四つ足でなく、2本の足で地面を踏みしめて立っている。
本能に振り回されることなく、理性的に考えて行動するようになった。
言葉でコミュニケーションを図り、獲物を狩って食う代わりに、スーパーマーケットで買い物をする。
学校に通い、仕事に出掛け、誰かと恋をしたりもする。
かつて人間という生き物が、この世界でそうしていたように。
*****
「ちょ、すみません」
「通してください、すみません……」
ここは、ウェストシティカレッジ。
入学式が終わって、大講堂からは新入生であるスーツ姿の獣たちが吐き出されていく。
それを待ち構えているのが、在校生たちによるサークル勧誘のための花道だ。
どこのサークルもそんなにメンバー不足なのかと思うほどに、先輩方の勧誘は熱い。
こういうのが苦手な俺はさっさと抜け出したいんだけど、左右から足止めを食らう新入生の群れでそれも難しい。
もたもたしているうちに、とうとう俺にも勧誘の波が押し寄せてくる。
体の大きな肉食獣の俺を、そう易々と放っておくはずもなかった。
「ね、きみきみ」
「いいガタイしてるね!」
「高校で何かスポーツやってたでしょ?」
「恵まれた体に感謝して、うちのサークルに来ない?」
「うちのマネさんたち、めっちゃ可愛いよ~」
「肉食獣ならアレっしょ、やっぱ格闘系っしょ?」
「明後日コンパやるから、飲みに来るだけでも来てよ」
「学科どこ?」
「え、史学科なの?」
「ぽくないねー」
「ところで、サークルってもう決めた?」
「あー、違うって」
「強制とか、そういうんじゃないからさ」
「ちょっと顔出して、興味あればって感じで……」
恵まれた体、いいガタイなんて言われても、当の俺は全然嬉しくない。
手は、押し付けられた勧誘のチラシでいっぱいになっている。
群れの中にわずかな隙間を見つけると、俺はそこから列の外へ逃げ出した。
たかがサークルの勧誘だけど、肉食獣らしく生きろと言われているようで息苦しい。
誰にだって、自分ってものに悩むことはあるはずだ。
今の自分を捨てて、何か違うものになりたいと願うことも。
10年前のあの日から、俺はずっとそうだった。
黒っぽい毛並みの大きな体も、隠し持った鋭い爪も、滅多に剥き出さない牙も、全部嫌いなんだ。
俺は、俺じゃない何かでありたいと今でも思っている。
オオカミじゃない、誰かを傷つけることなんか出来ないような何か。
18歳になった今でも、その答えには出合えずにいる。
もしかしたら、この先もずっと……。
*
「ロブー、こっちこっちー!」
5月。
新入生オリエンテーションも終わり、取りたい授業の履修登録もひと段落した。
午前の授業を終えて学食に顔を出した俺を、先に来ていたフローリアンが手招きした。
「けっこう混んでるよね」
「チャドはまだっぽいから、先に食べちゃおうか」
黒目がちで睫毛の長いアルパカのフローリアンは、濃い茶色の巻き毛を揺らして席を立つ。
たったそれだけのことをしただけなのに、近くのテーブルにいた草食系の女の子たちがヒソヒソと囁く始末だ。
フローリアンは高校の同級生で、心理学を専攻している。
まだ顔を見せていないチャドと共に、寮のルームメイトになったのが付き合いの始まりだ。
何でこんな俺とと思うけど、俺たち3匹は仲がよかった。
彼はいわゆるイケパカ(※イケメンアルパカ)で、高校時代も異様なほどにモテていた。
今だって、立ち上がっただけでメスの注目を集めたくらいだ。
それでいて遊んでいるような印象がないのは、彼がとても紳士的でいいやつだからに他ならない。
「今日のAランチってさ……あ、チャド」
「わりーわりー、待たせた!」
ランチを取りに行こうとした時に飛び込んできたのは、ユキヒョウのチャド。
高地出身のせいかモサモサとした毛並みで、それで着ぶくれて見えるのを気にしている。
そんなチャドは、モテそうとかいう不純な理由で、外国語学科に籍を置く。
外国語に興味があるなんて、俺は全く知らなかった。
そうフローリアンに言うと、僕もだよと返された。
チャドはテーブルにドカッと鞄を置くと、Bランチの列に加わった。
今日のBランチは、培養肉のボロネーゼ。
俺もそれにしようか迷ったけど、やっぱりCランチにすることにした。
「ロブ……おま、またカレーなの?」
「ロブはカレー好きだよね」
案の定、チャドはCランチのトレーを持って帰って来た俺にそう言う。
フローリアンはAランチの野菜スティックを前に、俺たちのやり取りを笑っている。
火曜日のAランチは、草食用の野菜スティックセット。
Bはチャドの選んだ肉食用ボロネーゼ。
肉食用といっても生き物の肉ではなく、安全に培養された肉のようなものが使われている。
そして、Cランチはカレーライス。
Cランチはいつも、同じメニューで肉食用と草食用の両方が用意してある。
学食カレーは大鍋で煮込むせいか、具材の形はほぼないと言ってもいい。
ゴロゴロと具材の存在感があるのも好きだけど、これはこれで悪くないんだよな。
ただひとつ文句を言うなら、ライスに混ぜ込まれたレーズンが嫌だ。
*
ランチの後、まだ午後の授業が残っている2匹と別れた。
火曜日の午後、俺は何も授業がない。
バイトもないから、本当にやることがない。
急いでアパートに帰る必要もないので、いつもは地下鉄に乗る道のりを歩いて帰ることにした。
交通費を浮かそうとか、そういう考えがあったわけじゃない。
ただ、何となくだ。
今日は朝から曇っていて、出掛け際に見た天気予報によれば、夜遅くから雨が降るらしい。
俺の鼻が、早くも雨の匂いを嗅ぎつける。
どこかの街では、既に降り出しているのかもしれない。
今日の夜は何を食べよう。
ランチの後だから、あんまり考えられないな……。
自炊をしている俺は、そんなことを考えながら歩いて行く。
メニューが決まって何か足りないものがあるようなら、帰りにスーパーに寄ってかないと。
考え事をして歩くのは、俺の悪い癖だ。
はっと気付いたときには、前方にある背中にぶつかってしまっていた。
改変第2弾です。
以前こちらで連載していた「アインメーデル・アインヴォルフ」をアレンジした作品です。
大まかな世界観は同じくして、一部のキャラクター名や設定を変更しています。
物語そのものに繋がりはありませんが、楽しんでいただけたら幸いです。