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#2 高月汐音/25歳/異形の者の子孫(竜種)

 自分自身のことを、かけがえのない存在だと思ったことはあるか?


 私はある。――もちろん、ちゃんと理由もある。ひとつずつ説明していこう。

 まず私は恵まれた家庭で育ち、やりたいことはほとんどやらせてもらえ、我ながら容姿も地頭も良く、身体能力も高かった。

 誰もが私に一目置いたし、それにふさわしい結果も残していた。おおよそイージーモードと言っていい半生だ。さらに――。


 私の祖先は気高き「竜」だ。ゆえに私には、ただの人とは違う異能の力があった。


 ここまで()()()いれば、自分を特別な存在だと思っていい。――し、そう考えて当然だと私は思う。

 もちろん、竜である先祖からはもう何世代も経ってしまったせいで、私の持つ「力」というのは弱く、せいぜい強く願えば雨を呼べる程度のものだ。(呼べる範囲は狭いが、それでも天を操れるのは驚異的なことだろう)

 ただその力は、使えば一日二日はまともに仕事もできないくらい消耗してしまう。

 また残念なことに、私達はただ生きているだけで、異形を畏れる者からの妬み嫉みを受け、理不尽な目にあうことがある。決して自分のせいではないとはいえ、すべてを思い通りにできるわけではない。

 だから「完璧な存在」とは言えないだろう。


 しかし、それでも――だ。


 何世代経ても美しいままのツノと、神秘を秘めた瞳と、力強い爪があるだけで、私はただの人間とは「価値」が違う。

 認められて当然、敬意を払われて当然。なぜならば、それだけのものを持っている。生きているだけで素晴らしい。


 ゆえに私は「選ぶ者」だった。あの人と出会うまでは。


◇◆◇


 その人のことを知ったのは、ちょうど転職活動をしていた時だった。

 私は自身の異能の力を活かせる仕事を探していて――「探偵」に興味を持ち始めたところだった。


 ――ちなみにだが、私に同族殺しの罪悪感などというものは無い。


 異形だろうが人間だろうが、罪を犯す者が悪いのだ。異形だから皆が人間を殺したくて仕方ないわけじゃないし、人間だからといって皆が聖人君子なわけじゃない。

 純粋な異形は生きていくためにどうしても人間の血を摂取しなければならないが、人を傷つけずとも摂取する方法はちゃんとある。それなのに人を襲っている輩は探偵に成敗されてしかるべきだ。

 もともとそういう考えだった。

 だから知人から「探偵は生まれ持っての才覚が必要な仕事で、資格取得の試験はとても難しい――が、異形の血を引く者は比較的受かりやすい傾向がある」と聞いた時、これだ、と思った。


「探偵ね……。すっかり忘れてたけど、私にぴったりの仕事じゃないの。やりがいもあるし、報酬も高いらしいじゃない」

「はは、高月さん、資格試験に合格する気満々だね」

「受からないとでも?」

「そんなことはないよ。試験は筆記と実技があるらしいけど……筆記は確実に大丈夫だろうね」

「実技っていったい何をするの?」

「俺もそんな詳しいわけじゃないけど、戦闘能力を見るそうだ」

「ふうん……。確かに武術の心得は無いから……。習いに行く必要があるわね」

「ま、実際に探偵になるかはともかく、資格を取りに行くのはいいと思うよ。――おすすめの学校を紹介しようか?」

「学校?」

「塾みたいなもんらしいけどね、資格の対策とかを指導してくれるところが取引先にあるんだよ」

 知人はそういうと、タブレットをスイスイ操作し、あるサイトを見せてくれた。

「『つかさ警備』……。警備会社?」

「知ってる?」

「それはもちろん。CMでもよく見るし……、有名よね。――ああ、そういえばここって、対異形対策に力を入れてから伸び始めたんだっけ?」

「そそ。ま、本業は警備や異形排除の仕事なんだけど、人材育成にも力を入れてるらしくてさ。なかなか資格取得率は高いそうだよ。ああ、一応言っておくけど、ここに通ったからって必ずつかさ警備に入れるわけじゃないよ。ま、人事のお眼鏡に適ったら入社の可能性もあるらしいけども」

「……なるほどねぇ、いいじゃないの」

「通うの?」

「ええ。特別期待はしていないけど、大手だからね。まぁ、合格の助けになる程度のことは教えてくれるでしょ」

「はは……、相変わらず自信家だなぁ」

「なんとでも言いなさいな。――次に会う時は探偵よ。あなたに仕事を依頼されることもあるかもね」


◇◆◇


 こうして私は資格取得に向け、つかさ警備の主宰する講座に通い始めたのだが――……。

 この選択は結果的に大正解だった。

 独自のテキストを使用した授業は的確かつわかりやすく、気になっていた実技の対策も、極端な運動音痴でなければ容易に習得できるものだった。(当然私は、求められるレベルを余裕でクリアした)


 そして私は、何のドラマも苦労もなく、探偵資格を取得した。


「簡単ねぇ」

 やっぱり私の人生はイージーモードだ。求めるものがなんでも手に入る。

 だからつかさ警備から入社しないかと声をかけられたし、噂を聞き付けた他社からも当然声がかかった。

 まさに選びたい放題だ。

 だが、私の考えは試験対策講座を受講中から決まっていた。

 つかさ警備に入社しようと。

 理由は簡単だ。

 つかさ警備主催の試験対策講座のカリキュラムは、合理的で無駄が一切無い。これは現つかさ警備取締役が資格取得する際の勉強法がもとになっているらしく――それを受講中に知った私は、取締役に興味を持った。


 善知鳥(うとう)(たばね)――。それが取締役の名前らしい。


 彼は落ち目にあったつかさ警備を、自らが探偵になることで対異形対策へ舵を切り、会社を立て直した辣腕だそうだ。

(ふうん、面白いじゃない)

 彼の考えた勉強法やカリキュラムは、この私を唸らせる――というか、素直に従うことのできる内容だった。ああ、これをきちんとこなしていけば、よっぽどのことがない限り合格できるだろうと思えるような内容だったのだ。

 ――恐らく、非常に頭の回る人間なんだろう。

 だから会社を立て直したという話も聞いてすぐに納得した。彼ならばそのくらいのこと、簡単に成し遂げてしまってもおかしくないはずだ、と。

(頭のイイ人は嫌いじゃないわ)

 そんな人間がトップに立つ会社なのだ。百パーセント完璧な会社はないが……。悪くはないはず。

(ふふ、どんなところか楽しみだわ)

 もし気に入らなければ、また転職すればいいだけだ。

 きっとすぐに、新しい職場は見つかるはず。

 私の人生は、イージーモードなのだから。


◇◆◇


「高月さん、今度の社内セミナーは参加でいいんだよね?」

「はい。よろしくお願いします」

「はーい、了解。今度のは社長が直々に来るから、すごく勉強になると思うよ」

 先輩に向かって愛想笑いを浮かべながら、私は心の中で「知ってるわよ」と返す。

(だから、行くのよ)

 ただ肩書を持っている人間が話しているだけなら、絶対に参加などしないが――時間がもったいなさすぎる――善知鳥束が来るのなら、一気に価値が跳ね上がる。


 善知鳥束に興味を持ってから早数ヶ月――。

 私は、会ったこともない男のことで頭がいっぱいになっていた。

 なぜなら功績を知れば知るほど、彼があまりにも「ただ者ではない」ことがわかっていくのだ。

 私は彼の手腕に惹かれ、すっかり()()()()()いた。


 彼の仕事ぶりに恋をした――とも言い換えられるだろう。


 ああ――。今思い出しても恥ずかしいし情けないが、当時の私は入社の目的――自分の能力を活かす――がいつの間にか「善知鳥束の側近になる」にすり替わっていて、上へ行くチャンスをいつも貪欲に狙っていた。

 だけどそれを人に知られるのが照れくさく――この私が誰かに憧れているだなんてことを、他人に知られるなんて屈辱だ――、いつも何でもない顔をしながら仕事をしていた。

 ――しかし、つい考えてしまう。


 もしかしたら、私の優秀さを耳にした善知鳥束が、ある日突然私を自身のチームに引き抜くかも。

 もしかしたら、社内ですれ違った時、異形の特徴が強く外見に表れている私に目を引かれ、個人的に呼び出すかも。


 恐ろしく恥ずかしい妄想だ。

 けれどもこの妄想には一応根拠があって――ゼロでは無い可能性のひとつだと私は考えていた。

 根拠――それは善知鳥束について回る、ある噂にあった。それは――。


『善知鳥束は、異形の者に強い興味を持っている』


 というものだった。

 善知鳥束は肩書のある身でありながら、現役で現場に出ている。社内には探偵資格を持つ有能な社員が幾人もおり、自身が直接現場で仕事をする必要がないにも関わらず、さてこれはいったいなぜなのか。


 もしや彼は――「異形の者」という存在に興味があるからではないのか。


 善知鳥束が正義感に満ち溢れた人物ではないことは、社内の誰もが知っていた。(正義感がないというよりも、一般的な感覚の正義よりも、仕事の合理性のほうを優先するところがある、と思われているというのが正しいか)

 だから彼が今でも現場に足繁く通う理由を想像した結果――こんな噂が生まれたというわけだ。

 あくまでも噂である。――だが、私には好都合な噂だ。

(異形の者に興味がある……ね)

 どこまで信憑性がある話かはわからないが、火のない所に煙は立たぬともいう。

(私に興味を持たないわけ……ないわよねぇ)

 新人ながらすでに所属部署で成果は上げているし、なにより貴き竜の血を引いている。もしかするとすでにチェック済みの可能性もある。

 善知鳥束がなぜ異形の者に興味を持っているのかは知らないが、まぁ特段珍しいことでもない。そういうフェチの人間は存在する。

 彼がそうなのかはわからない。――が、そうならば幸運だ。

(私らしくない考え方ね……)


 私は善知鳥束によって、自分にも馬鹿な部分があることを初めて知った。


◇◆◇


「――そろそろ時間だね。それじゃあ、今日はこのあたりで終わりにしよう」


 善知鳥束がそう口にすると、会議室内に拍手が響き渡る。手を叩く周囲の人間の顔を見てみれば、皆満足そうに瞳を輝かせていた。きっとここにいる全員が、このセミナーを有意義な時間だったと感じているのだろう。


 もちろん、私もだ。


 今、私はとてもつもなく高揚している。こんな気持ちは初めてだ。

 善知鳥束の話は一言一句がためになった。新人が現場で気を付けるべきこと、心構え――。彼はそれらを実例を交え説明してくれた。

 今日のセミナーが新入社員のために企画されたものだから、ということもあるのだろう。彼の話はすべてが具体的で、経験に乏しい我々でも場面を思い浮かべやすく、会議室にいるのに現場に立っているかのようなリアリティがあった。

 それにこうして人前で語ることに慣れているのだろう。明るい調子でも大きな声でもないのに、彼の言葉は不思議と聞き取りやすい。「聞かせる」ことに特化しているように思えた。

(やっぱり、善知鳥束ってすごいわ)

 初めて間近で見る彼は、お世辞にも美形とは言い難かった。

 スタイルだけはモデルのようだが、こけた頬と病人のような肌色のせいで、とてもじゃないが狂暴で凶悪な異形を幾人を屠ってきたようには見えない。

 また光の入らない虚ろな瞳は何を考えているのかさっぱり読めず――見ているとなぜか胸がざわついた。

 けれども――――。


(目は死んでるのに、力があるのよねぇ)


 それが彼をトップたらしめている理由のひとつなのかもしれない。カリスマ性、と表現することもできようか。

 何を考えているのかはわからないが――……。何かを成し遂げようという強い意志を感じられる。そんな気がした。

(私が見初めただけはあるわね)

 経歴を見る限り、彼は純粋な人間だ。異形のように生まれ持った特別な能力や魅力は無いはずなのに……。ここまで私を惹きつけるだなんて……。

(並び立つ人間としては十分合格ね)


 この時の私はまだ知らない。だから、私が彼を「選ぶ者」だと信じていた。


◇◆◇


「さて、セミナーはこれで終わりだが……。これから名前を呼ぶ数人には相談したいことがある。呼ばれた者は別室に移動してくれ。案内は僕の部下がする」

 拍手が止むと、善知鳥束は部屋にいる人々を一瞥し、部屋の隅に目をやった。そこにはにこやかに笑みを浮かべた彼の側近が立っていた。


 ――来た。ついにこの時が来た。


 自分の心臓が、どくどくと音を立てながら跳ねている。

 今日のセミナーでは、ついに()()するのではないかと……薄々思っていた。

 だが実際にその場面が来ると……こうも緊張するものなのか。

 私は手早く荷物を片付けながら――名前を呼ばれ次第移動しなければならないのだ――、自分の名前が彼の口から発せられるのを待った。

『高月汐音くん』

 善知鳥束が、私の名前を呼ぶその時を。


 けれど――――。


「――以上だ。今呼ばれた十名は、後ろに立っている彼について移動してくれ」

「…………え……?」

 思わず、声が漏れ出た。隣に座っていた女が、怪訝そうな目でこちらを見てきたが――そんなこと、もはや気にもならなかった。

(名前……、呼ばれなかった…………)

 十人――。善知鳥束に選ばれた者は十人もいたのに。私は……私はその中に、入っていなかった。

 私はぼんやりと――正しくは放心しながら――、いそいそと立ち上がる人々を見た。

「…………」

 人、異形、血を引く者……。種族はバラバラだったし、セミナー中目立っていた者もいれば「こんな人いたんだ」と思うくらい影の薄い者もいた。選考基準がさっぱりわからない。――が、ひとつだけはっきりしているのは。


(選ばれなかったんだ……、私……)


 私は呆けながら彼を見た。――じんわりと、視界が滲む。

 そして彼はというと、「先に向かっていてくれ。僕もすぐに行く」と案内係の男に言うやいなや、セミナー中に助手を務めていた女を引き連れ、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 私はその他大勢の凡人達と共に、その場に残された――――。


 しばらくの間――といっても一、二分程度だろう――私はその場でぼうっとしていた。

「――……!!」

 けれども急激に羞恥心が沸き上がってきて、止まっていた手を動かし、荷物を片すと、そそくさと会議室をあとにした。

 別に、呼ばれることを期待していたわけじゃない。もともとこのあとは予定があって、早く帰らないといけなかっただけ――。そんな顔をして、なるべく背筋を伸ばして颯爽と歩いた。


 この場で選ばれなかったことくらいなんてことない。

 なんてことない……。

 なんてことないのよ――……!!


 だけど会社から一歩出た途端、張り詰めていた気持ちがプツンと切れ、涙がぼろぼろと零れ落ちる。

 そして同時に、怒りが沸々と込み上げてきた。

(何が異形の者に興味があるよ! 名前を呼ばれたヤツらの中に何人異形がいた!? だいたい側近なんて、ふたりとも人間だったじゃない!!)

 ――八つ当たりだ。

 しかも誰が言い出したかも知らない噂に当たるなんて、正気じゃない。馬鹿馬鹿しい。

(だいたい名前を呼ばれたからなんだっていうの!? 相談って言ったって、大した内容じゃないかもしれないし!!)

 それでもこの時の私は、何かに当たらないとやっていられなかった。だって、認めたくなかったのだ。


 自分が、善知鳥束に必要とされていないという事実を――。


 私は貴き血を引く者。優秀で、容姿も優れ、思い通りにいかないことなんか、今までこの世に存在しなかった。――はずだったのに。

(ううん、これが現実だったのよ――)

 人よりも優れた存在だと驕っていただけ。これまでは運が良かっただけ。


 現実は、たったひとりの人間の男の目にも留まらない。


「…………」

 私は鼻をすすりながら、いつの間にか小さくなった会社を見やった。あのビルのどこかの部屋に今、善知鳥束に選ばれた者達が集まっている。彼ら、彼女らはいったい善知鳥束にどんな話をされているのだろう。

(辛いわ……。辛すぎる……悲しい……)

 人から求められないというのは、こんなに苦しいものだったのか。

「……汚い」

 ポケットからハンカチを取り出し目元を拭うと、マスカラがハンカチについた。

(私って自分勝手……だったのよね……)

 勝手に期待をし、それが叶わなければ、怒り悲しむ。

「あーあ」

 しかも期待した相手は、自分のイメージだけで作り上げた存在だったのだ。現実と剥離した結果になって当然だ。

「あーあ」

 そのことにこの年になって気づくなんて。


 ――本当に情けない。

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