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Part1 大樹-4

「嘘でしょ……壁から!?」


 マタニティマークとは妊婦がいるという証。

 妊婦が身に付け、自身が赤ちゃんを身籠っていると知らせるものである。


 すなわち、それが校舎に描いてあるということは……校舎を妊婦と見立てて、校舎そのものが赤ちゃんを生み出していると、そんな馬鹿げたことを僕は考えついてしまった。

 ……マタニティマークから赤ちゃんが這い出てくることは予想していなかったし、このタイミングで出現するとも思わなかった。


「……僕だって、1人くらいなら!」


 山口君は言っていた。鞄が空だと。

 なるほど、確かに僕の鞄も軽くなっている。

 振り回した衝撃が赤ちゃんに耐えられるものでなかったか、あるいは捕まった時点で消えようとしていたのか。

 どちらにしろ、鞄は今空いている。


「君達の武器は噛みつくだけ。それだけなんだ」


 上から鞄を被せてしまえば怖くない。

 散々見てきたからもう分かる。

 

 足首に喰らい付かんとする赤ちゃんへ向けて鞄を振り上げる。

 

「あー」

「……無力化、成功」


 案外と、鞄の中に赤ちゃんを仕舞うという方法は良案なのかもしれない。

 通常であれば、常識を持った人間であればそんな虐待じみたことことに抵抗感を示すかもしれないが、赤ちゃんそのものを見たくない、しかし放ったままにしておけない場合にはこうして仕舞う他ないのだろう。


「……このマークから赤子が出たね。兵頭君は大丈夫だったかい?」

「うん、まあ。怪我は無いけど……この大量のマークは……」


 壁の下段いっぱいにマタニティマークが描かれている。

 『出産』……と呼べばいいのだろうか。このマークから赤ちゃんが出て来ることを。

 至る所に描かれているマタニティマークが一斉に『出産』を始めたら……と思えば鳥肌が立つ。

 集合体恐怖症とはまた違うけれど、単体では可愛らしい赤ちゃんも廊下を埋め尽くさんばかりに増殖してしまっては恐怖の対象としては十分な代物だ。

 

「タイマーの見えない爆弾みたいなものだね。これを一つずつ消していく時間は無い。というよりも、現状把握が第一優先だと私は判断した。校舎内の人間を纏め上げることが出来た時、その時こそローラー式に消し潰すなり塗り潰すなりしていこう」

「俺も、それに賛成だな。こんな人数でちまちま消していて、逃げ遅れでもした方が大変だ」

「私も早くここから逃げ出したいですね」


 山口君、金毘羅さんも賛同するように手を挙げたことで僕達3人も頷く他無かった。

 人数としては半々で別れても、別れたままではいられない。

 どちらかが折り合いを付けなければならない。

 そもそもで僕も反対案があるわけではなく、ここから移動することには賛成しているから問題は何も無いのだが。


 いずれは先ほどのように見えないままに消失し軽くなるかもしれない鞄を手に持つと、待っていたかのように優葉さん達は歩き出した。





「到着したね。短くも長い道のりだった」

「赤子ってのがまた精神抉ってくるよな。……慣れたくはないもんだぜ」


 あれから2度、壁から湧いて出るように産まれた赤ちゃんを相手に大立ち振る舞いをやってのけた僕達は何とか無事に校門を展望できる正面玄関と下駄箱へと辿りついた。


「ここで何か脱出の手がかりが無いか探そうか」

「脱出というと、この学校から?」

「……正直、街も同じ状態とは考えたくはないね」


 街の中もこのような惨状であればパニックになっていることだろう。

 だが、それにしてはサイレンや悲鳴は校舎内だけだ。

 学校の外は余りにも静まり返っている。


「大丈夫だと思いますよ、その辺は。……いえ、大丈夫とは一概には言えませんけど」

「金毘羅さん?」

「実は教室では言い出せませんでしたが、窓から見えたのです。見えたと言うか見えなかったと言うか……」

「何をだい? まあ、あの場で混乱させるようなことを言わなかったのは問いただすべきことではないよ」

「校舎の外には……正門を潜った先の景色には何か違和感があったのです。よく見てみれば皆さんも分かることです。ですが、ここは先に正答をお教えします。外には赤ちゃん以外の人がいません。鳥がいません。猫も犬さえもいないのです」


 無人の街、か。

 そう決めつけるのは早計なのでは、と思う。思いたくなってしまう。


「たまたま、金毘羅山が見た時だけ人がいなかっただけじゃないの? 僕だってたまに街中を歩いているとあることだよ」

「無人の車が走りますか? 乗客も、運転手も乗っていないバスが走りますか?」

「っ!?」


 ここで、初めて僕の体に悪寒が走った。

 これまでは恐怖というのは赤ちゃんにのみ向けられていた。


 だが、街の中が無人。

 それは果たして何に対して恐怖を抱けばいいのか。

 倒せばひとまず消えてくれる赤ちゃんとは違い、無人の街というのはどうすればいいのか……。


「分からないことだらけだね。だからまずは調査が必要か」

「優葉さんは強いね……」

「案外と、現実が見えていないだけかもしれないよ? ……さて、調査するにあたって、まずは兵頭君に1つ問おう。集団行動を取る上で最も恐るべきものは何だと思う?」

「……混乱、かな」


 先ほどの無人の街然り。

 集団の絆や繋がりというのは少しのヒビで容易く壊れる。

 無秩序な混乱によって集団は丸ごと敵となる可能性だって秘めている。


「ふむ、良い答えだ。……では、君を信頼して下駄箱の外。危険だが手がかりのある可能性が大きい場所だ」


 優葉さんは下駄箱から外に出る扉を指さす。

 重厚なガラスが使われた透明な扉だ。

 鍵付きは勿論だが、防弾ガラスであるため容易には破られない。


「透明だから外の様子も分かる。赤子が近づいていないタイミングで外に出て、周囲に何か無いか見て来てくれないか?」

「わ、分かった……」


 重要な役目だ。

 僕には重すぎる役割。


「でもそれなら金毘羅さんもいた方がいいんじゃないの? 彼女の目なら探しやすいだろうし」

「いや、下駄箱も数が多い。こちらの人員をあまり割くことは出来ないのだよ」

「それなら……僕とたつべー、明日香で外を見て来るよ。3人で手分けすればより早く終わるだろうし」

「……ああ。そう……だな。3人なら早いね。よろしく頼む」


 扉の外を伺う。

 正面玄関付近には赤ちゃんはいない。


「……良し、行こう。たつべー、明日香。勝手に一緒に行くことにしちゃったけどいい?」

「勿論だ! 構わねえよ」

「ゆっくりはしていられないわね。今ならまだ十分赤ちゃんとの距離があるわ」


 2人が頷いてくれたことで僕も多少は勇気が沸く。

 そうだ、この2人がいるんだ。

 それが何よりも頼もしい。


 なるべく音を立てないようにして扉を開けるとそろっと外に出た。

 ……ほんの一時間程前に浴びた風であるのに何処か違う気がする。

 生暖かいような冷気を帯びているような。

 矛盾した感覚が僕の体を通り過ぎていく。


 背後で小さく音がした。


「……優葉さん?」


 振り向けば扉の向こうで優葉さんがしゃがみ込んで扉の鍵を閉めていた。


「冗談は止めてよね。こんな状況だ。もし急に赤ちゃんが沸きだしたら……」

「君は襲われるね。逃げ場なんて無いだろう、外なのだからね」


 2枚の扉の間には僅かな隙間しかない。

 そこから優葉さんのやけに澄んだ声が通ってくる。


「だったら……!」


 早く開けてよ、と扉を叩く。

 だが、貧弱な僕の力では僅かに扉を揺らすばかり。


 そして、扉が揺れたことが起点となったとばかりに赤ちゃんが扉の外側で10人程現れた。


「マタニティマーク……!?」


 外の調査をする。

 それすらまともにこなしていない僕は見落としていたのだ。


 およそ100にも及ぶ歪な手書きのマタニティマークの数々を。


「先ほどの問いの答えだ。集団行動を取る上で恐るべきもの。それは……不確定要素だよ」


 ぴったりと閉まっていたと思われていた分厚いガラスのドアもどこかに隙間があったらしい。

 人間の体を通すことは出来ないが、声くらいなら優に通れるようだ。


「想定内で敵が現れるなら事前に対処する準備が出来る。混乱とて、その原因を取り除くか別の思考へと誘導してしまえば案外と収まってしまうものだよ」


 何を言っているのか分からない。

 いや、言っている意味そのものは分かるのだ。

 だが、言いたいことが分からない。


 なぜ、それを今言うのか。


「この不確定要素の状況で僕を囮にしようっていうの?」

「いいや、違う。自分の目で見たものしか信じない。私は君にそう言ったが確信したよ。兵頭君、不確定要素は君そのものだ」


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