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Part1 大樹-3

「行くぞ兵頭君。私達は玄関付近。一番危険だけれど、だからこそ、私達が行かなくてはいけない」


 ある種の使命感に駆られているのだろう。

 優葉さんの他、優葉さんが選出した2人も話してみれば中々の好人物。それぞれがリーダーとなっていてもおかしくない逸材である。


「山口君はどうしてこんな特攻隊とも呼べるような危険な場所に行くチームに?」

「ん? そりゃあ、危ない時は男が命張ってなんぼだろ。お前さんがあの不気味な赤ん坊がそれほど強くは無いことを証明してくれたがよ、それでもあの数だ。振り切れる力が必要だ」


 聞けば、優葉さんが選出したと言うよりは、志願者であったらしい。

 複数人いた志願者のうち、優葉さんが選出したと言った方が正しいか。


 山口やまぐちはじめ君はその1人。

 柔道部の副部長を務める彼の体格は非常に良い。

 その上、性格も良いとか女子にモテるんだろうなぁ。

 明日香は……大丈夫だ。山口君を見向きもしていない。


 クラス内でも力や技を総合とした戦力として数えた時に彼は主力となる存在だろう。

 赤ちゃん1人くらいなら、僕やそれこそ女子の力でもどうにかなるけど、あの正門付近を埋め尽くす程の数に襲われてはひとたまりもない。

 そんな時に山口君は頼りに……なるのだろうか? 

 それこそあの数の前では多少力が強かろうと微差に過ぎないのでは……。


 ならば逃げ足の速い者をこの場に連れて来た方が……。赤ちゃんを相手にするよりも逃げ続けて、情報を行き渡らせる伝令役を作った方が良いのではないだろうか。

 僕が考えつくことを優葉さんが考えていないわけがない。

 これはどういうことだろうか……。


「考え込むのもいいけどよ大樹、注意しておけよ。廊下を歩くってことは……」

「何処から出て来るか分からない赤ちゃんに注意しておいて」


 たつべーと明日香に警告される。

 そうか……。

 小山先生を襲った赤ちゃん。それが意味するところは、すでに校内に赤ちゃんが入り込んでいるということだ。

 校内では未だ赤ちゃんの泣き声があちこちから聞こえる。

 だが、赤ちゃんが常に泣いているとは限らない。

 

 もし、僕達を襲う知性があるのならば、影に身を潜めている可能性だって考慮しなければならないのだ。


「優葉さん」

「ん? どうした」

「赤ちゃんを見つけた時……僕達の取るべき行動は何なのかな。倒す、逃げる、捕まえる……無視は出来ない存在だ」

「うん……」


 少し考え込んだ後に


「1人2人くらいなら無力化するのも可能だろうか。その時は山口君に頼ることになるだろうけど」

「そこは任せておけ」


 優葉さんに向けて山口君が頷く。


「あの~、私はどうすればよろしいのでしょうか?」


 そろりと手を挙げるのはもう1人の志願者である金毘羅こんぴら氏家うじいえさん。

 どこか自信なさげな顔をしているが、彼女の役割は重要だ。

 人並外れた視力と聴覚。これが彼女の武器だ。

 僕達はいわば偵察であり斥候だ。

 山口君という戦力がいるにしろ、まず求められるのは逃走力と、そして危機察知能力。

 先ほど、たつべーと明日香が周囲に気を配れと言ってくれたが、しかし金毘羅さんがいる限りはその役割は僕に求められてはいない。


「君はこのままでいいよ。赤ん坊の泣き声や、襲われている人の声があれば教えて」


 ただし、と優葉さんは付け加える。


「大量の赤ん坊がいるところには絶対に導かないで欲しい。私達は決して自殺しに来たわけでは無いのだから」


 その言葉に金毘羅さんはコクコクと頷くばかりであった。





「あそこ! 人の声が聞こえます」


 玄関へと向かう道の途中。

 恐らく赤ちゃんが大量にいたのだろう。何度か遠回りをしながら歩いていた僕達だが、金毘羅山が二手に分かれた道の片方を指す。


「……生徒の声は聞こえません。赤ちゃんは……2人くらい?」

「私にも聞こえたわ。……この数なら、いけるね?」


 一応は撃退経験のある僕と、僕よりも確実に強い山口君。

 更にはたつべーもいる。

 女子だって、不意を突かれない限りは赤ちゃんに負けることは無いだろう。

 歯が鋭く尖っているだけで所詮は赤ちゃんだ。

 それこそ、赤子の手をひねるが如く容易く制圧できるはず。


「兵頭……さっきも言ったが、男なら命張って女を守るぞ!」

「……おう!」


 山口君に押されて普段は使わないような口調で返してしまった。

 それに山口君は笑って返すと、駆けだした。


 僕も後を追うと、そこには赤ちゃんが2人、寝そべっていた。

 どこぞの保育園や託児所であれば何の違和感もない風景。

 だが、ここは高校である。

 しかも


「チッ……すでに襲われた後だったか。兵頭、お前は右のをだ」


 倒れた女子生徒がそこにはいた。

 首元からは血を流し、動いていない。


 赤ちゃんのどちらも口元に赤い液体を垂らしている。


 一瞬だけ、その女子生徒に目を配ると、赤ちゃんに向けて走る。

 後ろには明日香がいる。それを思うとこれ以上あの赤ちゃんに好き勝手はさせられない。


「……くらえ!」


 ……とは言え、この数なら捕獲。

 鞄を振り回すのではなく、チャックを開けて赤ちゃんの上から覆い被らせた。


「あー!」


 鞄の中で何やら叫んでいるが、もがくだけで出ることは出来ない。

 大きさが小さい故に赤ちゃんの捕獲は案外と容易いものになった。


 僕はそのままチャックを閉めると鞄の中に赤ちゃんを閉じ込めた。

 僅かに空気穴のために開けておくけれど、赤ちゃんはそこから出て来ることは無い。


「兵頭、お前もやったか」

「山口君も、お疲れ様」


 山口君も鞄を抱えていた。

 僕と同様に赤ちゃんを捕獲したのだろう。


「キャァァァ!?」


 背後で悲鳴があがった。


「なんだ!」


 声は金毘羅さんのものだ。

 僕達が曲がり角を走り先行してしまったためにこちらからは金毘羅さん達の様子を確認することが出来ない。

 山口君と顔を合わせると、すぐさま走り戻った。


 そこにいたのは、


「な、なんでここに……」

「私はちゃんと確認していました……どこから……現れたのでしょうか……」


 5人の赤ちゃんに囲まれた3人の姿であった。


「……っ! たつべー!」


 明日香を守れ、そう言おうとしたが、


「……悪い、俺には無理だ」


 たつべーは静かに首を振った。

 彼は少し離れたところに立っていた。

 襲われているのは明日香を含む女子3人。


 ……間に合わない。

 何か、投げるでもあれば……。

 と、真横から前方へと何かがぶん投げられた。

 

 鞄であった。

 質量を伴った鞄。


「……悪いな。苦労を一つ無駄にしちまったが。だが、命が助かるなら俺は後でいくらでも苦労を背負おう」


 山口君が赤ちゃんの入った鞄を投げたのだ。

 コントロールは良い方らしい。

 金毘羅さんの足に触れようとしていた赤ちゃんに鞄はぶつかると、近くにいた2人の赤ちゃんをも巻き込んで止まる。


「……僕も!」


 間に合った。


「わああぁぁぁぁ!」


 僕も鞄をしっちゃかめっちゃかに振り回す。

 残り2人の赤ちゃんがこれ以上近づいてこないように。


「……」


 じりじりと下がる赤ちゃん。

 その頭部を足が踏み抜いた。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 僕達が駆け付けたことで冷静さを取り戻した優葉さんであった。

 ……どうやら赤ちゃんの頭部を踏むことに躊躇は無いらしい。


「優葉さん……」

「……案外とこんなものなのかと、思ってしまう自分がいることに驚いているよ。たまたま足元に蟻がいて踏んでしまった時と大して変わらないね」


 それが強がりで無いことはすぐに分かった。

 優葉さんは本心から、赤ちゃんに害することが蟻を踏み潰す時と大差ないと言っていた。


「まあこれで私も戦力になれることが分かっただけ収穫なのかな。それより気がかりなのは……」


 と、優葉さんが金毘羅さんを見る。


「金毘羅さんがいながら何故か赤ん坊の接近に気づけなかった。……いや、この距離ならいくらなんでも、私だって気が付けるはずだ」


 確かに……いくらなんでも囲まれるまで分からないなんてことは有り得ない。

 どこからか湧き出たとしか思えない……。


「……ん?」


 ふと視界の隅に何か違和感があった。

 廊下の壁に落書きでもされているのだろう。そう、最初は思った。


「……どこかで見たような」


 落書きであるからそれは手書きだ。

 鉛筆で書かれたようなそれは、2人の顔が書かれていた。


「お……に……ちゃんがいます……?」


 文字はところどころ掠れていて読みづらい。

 『おにいちゃんがいます』では無いだろう。

 そんな申告されてもだし、それ以前に廊下の下隅にこんなに大量に書くことではない。


「……いくつあるんだ」


 10や20を優に超えた数。

 見れば見る程に不気味だ。

 ……これが今まで廊下に書かれており、それに気づけずに通行していたなんて思いたくもない。


「……マタニティマーク?」


 横から声がした。


「金毘羅さん」

「去年、妹が生まれたのでよく覚えています。妊娠したお母さんがお腹に赤ちゃんがいることを周囲に知らせるマークですね」


 マタニティマークか。

 なら、掠れて見えない文字は正しくは、『お腹に赤ちゃんがいます』だろう。


 ……赤ちゃんか。

 校内の至る所に赤ちゃんが出現しているこの状況と無関係とは決して言えない。


「あ? 鞄が空だぞ。脱走したか……?」

「でも変だね。チャックは閉まったままだ」


 どうやら教室で僕が倒した赤ちゃんと同様に、消失してしまったようだ。

 一定以上の衝撃を与えると消えるのだろうか……?


「赤ちゃん……妊婦……」


 そこまで考えて、思いつく。

 ……いや、まさかだろう。

 それこそ世の理を越えた、常識から外れた……


「大樹、切り替えろよ。すでに常識はずれな現象が起きているんだ」

「そうよ。何か分かったのなら教えて。皆と共有しましょう」


 たつべーに強めの口調で言われ、明日香に諭される。

 

 まだ推測の域を出ていないけど……。

 いや、だからこそ現実となった時に対処できるように、伝えておかなきゃいけないのか。


「ねえ皆――」

「きゃぁっ!?」


 金毘羅さんが飛び退いた。

 同時に僕の足を何かが掴む。

 少し暖かい手。しかし小さい。


 恐る恐る振り向くと、そこにいたのは


「あー」


 壁に描かれた手書きのマタニティマーク。

 そこから這いずり出る赤ちゃんの姿であった。


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