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普通の生活。
望むべくもない、『普通』の生活。
そんなことを考えていた時期もありました。
今ですか?今は全く。
ええ。今の生活こそが『普通』なんですから、当たり前ですよね。
え?あの時期のことですか?
そうですね、まあもうあんな生活はしないでしょうし、いいでしょう。
トラウマですか?いえ、無いですね。
何故って、自分自身にトラウマを持つだなんてこと、馬鹿みたいじゃないですか。
えっと、それじゃあ話しますね。
どこから話せばいいかな……あ、と言ってもそこまで迷うようなことでもないんですが。
どうせどこから話せど結果的に全部壊れてしまうんですから、おんなじですよ。
…………決まりました。
あれは天気も季節も時間もわからない混迷の時でした………………
一寸先は闇。よく聞く言葉。
実際その通りで、あたしがちょっと前に進むと途端に闇に堕ちてく。
その闇からは絶対に抜け出せなくて、でも居心地はいいんだ。
だからずっとここにいても抜け出せたとしても大して変わらない。
いつからいるのかも、いつまでいるのかもわからない、この世界。
あたしを呼ぶ声がする。どこから?誰が?
わからない。
あらん限りの声を出してみる。
……何も聞こえない。誰もいないのかな?
誰もいないなら………ちょっとくらいいいよね…?
右腕に歯を突き立てて、噛み千切る。
官能的な血の味が口一杯に広がる感覚をゆっくりと楽しみ、嚥下する。
体が震えるような幸福感。久しぶりのちょっとした贅沢だ。
生の実感は平等に。あたしは僕で、僕はあたし。数学の公理みたいなもの。
もしあたしの存在が証明できなくとも知ったことか。
どっちにしろここにあたしがいる。それだけは変わらない。
そんなことを考えてる間にもあたしは堕ちている。なんだか夢みたいだよね。
あたしもそう思う。これは夢なんじゃないか、って。
でも夢じゃない。ほっぺたつねったら痛かったからね。
こんな嬉しいことが他にあるかな?
宝くじで1等?3連単的中?天和国士無双13面待ち?いや、もっと。
次の闇があたしを吸い込んでくれる。吸い込んで離さない。
闇の中で輝くものがひとつ。
「バーリー、あたしをどこまでも深くまで連れてって」
「バーリー、あの可哀そうな彼女のもとへ行ってはどうかね?」
「いえ、私はあなた様のお側に。」
でもやっぱり闇じゃ足りない。気持ちよくない。
光が降ってくる。パラパラと。今日は光が降る、なんて天気予報でも言ってなかったのに。
「ああ、もう。うっとおしいなあ」
なんだかとんでもないことが起きそうな予感。でもそれはまだ。
こんな闇の中じゃ、誰も気づいてくれやしない。
でも、たまに声がする。どうして?誰に?
わからないから呼びかける。でも返事がないから困っちゃう。
光がどんどん強くなる。音も大きくなってくる。
痛みはあたしを救ってくれるの?
あたしはみんなを救った。あたしは英雄になった。
そうなんですよね、なぜか気が付いたらここにいて。
でも助かりました。おかげで普通の生活を送れていますし。
にしても、本当に良かった。あのときみんなを救わなかったら……。
いえ、暴力沙汰を起こしたからこそ私はここに来れたんですから。感謝しています。
以上、刑務所に収監された……さんへのインタビューを―――