3 しっこくのワンピース
牢屋って、地獄のようなところだと思ってた。
入れられた人は、ムチで打たれたり爪をはがされたりするんだろうって。
でもそんなことはぜんぜんされなくって、僕らは暗いところに入れられたまま。
晩ごはんが出てびっくりした。
パンとスープって献立は、おかみさんの館と同じ。
でもパンは固くないし、スープは冷たくない。湯気立つスープには野菜がごろごろ。
すごいって感心してたら、朝ごはんも出てきてさらにびっくりさせられた。
「一日一回じゃないんだ?」
「朝夕二回、それだけさ。昼めしもお茶もりんごもなし。ひどいもんだ」
ごはんをくれた看守さんは肩をすくめたけど、僕はとんでもないと首を横に振った。
一日二回もやわらかいパンを食べられるなんて。
気づかないうちに僕らは、天国へ昇ってしまったんだろうか。
『ばか! マチネなんか大っきらい!』
起きたアリス・ソワレはごきげんななめ。ひと晩たっても僕のことを許さなかった。
おかげで頭がガンガン痛くてたまらない。
『いますぐズボンを脱いでよ! 看守さんに体を見せて!』
そんなのいやだ。ご飯は出るけどここは寒いんだ。脱いだら風邪を引いちゃうよ。
『言いわけを並べてるヒマなんてないわ! あたしたち殺されちゃう。死刑になるの!』
まさかそんな。男の身売りが禁じられてるからって、いくらなんでも。
『アリス・マチネ、あんたが寝てる間に看守さんが鼻水をすすりあげて言ってたの。まだ子どもなのに吊るされるんだ、かわいそうにって』
僕が寝てる間に? まさか。
アリス・ソワレは僕をこわがらせたいんだ。だからそんな変なことを言うんだろう。
そうたかをくくってたら。閉じ込められて三日目の朝、神父さんが僕らの牢屋に入ってきた。
「迷える子羊よ、あなたはこれから縛り首にならねばなりません。さあ、懺悔を行いなさい」
もうほとんど、僕らの唇からくれないのひかりは失せてたけど。
神父さんは僕らの顔をまじまじとみつめてそう言った。
縛り首? 冗談じゃない!
「簡易裁判で、被告席に口紅の付いたマッチ箱が置かれました。それであなたに有罪判決が出たのです」
差し出される銀の十字架。そこにくちづけて、最後に反省のことばを言えと?
そんなばかな。
べつに僕は首を締められたってかまわないけど、アリス・ソワレを殺すわけにはいかない。
だって、母さんにくれぐれもと頼まれたんだ。
『守ってあげてね』
そうするためには……
頭のなかで、アリス・ソワレが叫んだ。金切り声で。
『ズボンをおろして! アリス・マチネ!!』
それからいろんなことがめまぐるしく起こった。
僕がしぶしぶ服を脱いだとたん、神父さんは目をまん丸くしてびっくり仰天。
僕らはあっという間に毛布にくるまれて、教会へ運ばれた。
大きな牢屋の看守さんや役人たちに、神父さんは大声で怒鳴ってた。
「冤罪だ! 国家権力の乱用だ! 神の御名において、この子は聖域にて保護されるだろう!」
教会へ着くなり、僕らは湯気立つ大きなお湯の桶を与えられた。
体を洗ってるあいだ、神父さんは僕らをくいいるように見つめてた。
ふくらみかけてる胸のあたりをとくに。
僕は警戒したけど、アリス・ソワレは大喜び。
だってつんつるてんのズボンもすりきれた上着もどこへやら。代わりにもらったのはレースがたっぷりの、黒いワンピース。
――女装なんかいやだ!
抵抗する僕に、アリス・ソワレは無邪気に命じた。
『それを着るのよ、アリス・マチネ。それはきっと、お姫様になれるドレスなの』
なれるものか。ここは教会だ。聖なる聖域だ。
このワンピースは、お古で寄付されたものに決まってる。きれいだけど絹じゃない。
これから僕らは修道院にでも入れられて、尼さんになるのがおちってところだろう。
いやだそんなの。ズボンがいい。ズボンがはきたい。
――僕は男なのに!
ああでも、この体はちがう。いますぐ肌を隠さないと、神父さんが獣になってしまう。
しかたない……。
これはアリス・ソワレを守るためだ。そのための、とりあえずの鎧だ。
何度も自分に言い聞かせて黒いワンピースに袖を通すと。
神父さんはしばらく雷に打たれたように呆然として、それからうっとり囁いた。
「美しい……漆黒の女神だ」