冒険の心、男の心。
この辺りからエログロ要素が増えていくので、申し訳無いですが苦手な方はブラウザバック推奨です
冒険者ギルドは5階建ての建造物とほぼ同じだけの高さを持った、その実三階建ての作りになっていた。入口にドアはなく、代わりにシャッターがあるのだそうだ。やはり時代感が、トーゴの中で中世で統一出来ない。一階にはテーブル一つと3人掛けのベンチ椅子が二つの六人席、という組み合わせが規則正しく並び、酒場を思わせるがそこで酒を飲むものはいない。
入口近くに3つ並ぶカウンターには二人ずつ計六人の受付業務員が並び、一つが「依頼者受付」、二つが「冒険者受付」である。依頼者受付には冒険者ではない都民が報酬と依頼内容を携えてそこに並び、冒険者受付には冒険者が並ぶ。屋内奥にある「依頼掲示板」の依頼書や、その横に積み上げられた三日前、二日前、昨日分それぞれの未達成依頼が全て記入された「依頼一覧」を手に取り、「この依頼はまだ受けられるか」と確認を取りに来たり、逆に依頼の完了を伝えに来たりしているようだ。
余談ではあるが、受付業務員は全員屈強で壮年の男である。彼らは引退した冒険者であり、魔物や野営の知識に長けている。荒くれどもの諍いを収める役目も負うならば、彼らは冒険者ギルドの受付としてはこの上ないくらい適任だ。従って、若く美しいギルドの受付嬢など、この世界ではほぼ存在しないだろう。
閑話休題。
薬草などの採取物、魔物や魔獣の討伐達成証拠となる体の一部はカウンターで見せるのではなく専用の部屋にて確認されるようで、そこで達成完了の書類を貰う。護衛や護送、果ては大工仕事の真似や転倒した馬車の救助などの依頼は書類に依頼者の印を貰ってカウンターに提出するらしい。
因みに馬車の救助は「緊急依頼」に分類され、大袈裟だとよく言われるが、そんな大それた名前に見合う規模の依頼はあまり張り出されない。本来強大な魔獣や自然の驚異に被災した者達から発注される依頼ではあるが、そんな規模の緊急依頼はなかなか起こらないのだ。
ギルド内は天井がかなり高く、倉庫や宿泊施設のある二階の廊下からその全貌を見渡せる吹き抜けになっている。その上の三階には会議室や来賓用の部屋が置かれているそうだ。
「でかいな……縦にも横にも」
「王国の後ろ盾は伊達じゃないのよ。ギルドに大量の税を課す代わりに、この本部の設立に留まらず、研究施設や訓練場、宿や慰安所の設立までもを王の名の下に手助けしていったの」
「俺らをうまく飼い繋いでいるんすよ。冒険者の力は、集まればもう小国の軍なんて目じゃないらしいっすからね」
冒険者による反乱や革命などが起きれば、大国であれどただでは済まない。それが王都内部であれば尚更である。ならばむしろ全面的にバックアップをし、冒険者という命がけの職業に就く者たちを手助けする。それにより反乱、革命のリスクは大きく減る。最高基準の生活基盤を自ら壊すような真似は、常人であれば誰もが避けるだろう。
「さ、こっち。三階へは通常入口からはいけないの。」
「あぁそうだ、これは返しておく」
トーゴは青と銀のバッジを手渡す。本来別れて行動した際にこれを受付で見せる予定だったが、なんとなく一緒に行動してしまったのでもう要らないだろう。
サレン、ティスタ、アデンバリーは先に荷物を下ろして休んでおけというカトレアの指示に従い、どこかへと去っていった。家に帰るのだろう。
カトレアの案内でカウンター横手にある入口へ入っていく。受付の人物はカトレアの顔を見て道を通してくれた。三階の廊下は絨毯の敷かれた木製の造り、その最奥にある部屋の扉に、カトレアはノックをする。
「面白いお話があります、おじい様」
「あん? カトレアか? なんだ珍しい、入れ入れ」
部屋を開けると、秘書らしき人物がコーヒーを注いでいるところだった。この世界にもコーヒーはあるようだ。味が気になるが、今は置いておこう。と思ったら、席に案内されコーヒーが出された。クッキーのような菓子まで付いてくる。唐突な客人をもてなすには、些か豪華なのでは? と少し思ったが。
それは当たりだったようだ。
「おじい様、自分で言うのもなんですが、孫娘に対して甘すぎます」
カトレアが話しかけたのは執務机に座る老年の男である。ドワーフを思わせる白くなった長い髭と短髪、そして浅黒い肌のコントラストは薄暗い部屋に浮かび上がり、その全貌を彩る。立ち上がりソファーに移動した彼はおよそ50,60台とは思えない程に背筋は伸び、金色の目つきは鋭く、身長もトーゴと同じ程あり、その全身を余すところなく筋肉の鎧で覆っている。血管を肌に迸らせるその体は若々しく、あとまだ50年は生きそうだという感想を抱く。この男、凡そ人の枠を超えている。怪物だ、とトーゴは感じ取った。
「全くだ。だが反省はしない。老い先短いんだから身内ぐらい甘やかさせろ。」
しわがれた、だが低く響くその声でしれっと自らを庇う。言い訳をしないその姿勢は、潔いと言うか開き直りと言うか。
「身内と言うのならお父様にも優しくしてあげてください……もう、そんな話をしに来たのではないのです」
「おう、なんだ? 余程笑える話なんだろうな。」
「えぇ。トーゴ、さっきのイツキ君との話、申し訳ないけど聞こえてたの。話してしまってもいいかしら?」
「……お前、あれを信じるのか? まぁ……俺は別に構わないが……」
「ありがとう。信じる信じないでなく、貴方の語ったことはなんでもいいのよ。なんせ貴方は未知に過ぎるわ」
「おいおい、なんだぁ? さっさと話してくれや。」
「えぇと、まず私たちが250階層攻略に潜ったのは知ってるでしょ?」
「おぉ、なんだ、いけたのか?」
「えぇ。その250階層でね……」
カトレアがトーゴと出会い、何があったか。トーゴの語った事を、どう感じたかをつらつらと語っていく。きわめて客観的に、締めに自分の意見を的確に述べ、事実と感想のみを述べ終わる。
カトレアの祖父、ギルドマスターの地位を頂くゲートゲート・ヴァンデンドルデ・アルヴァングリッド――貴族家紋名・ファーストネーム・成人の際に自ら名づける儀名、という並びである――は、憮然とした表情でそれを聞いていた。
「……そのイツキってやつは多分強くなるな。」
「でしょうね。」
「……はぁーっ、まぁあれだ、トーゴとやら。お前、本当に敵意はないんだな? そこのべっぴんさんもよ。」
「理由が無いだろう。後は納得してもらう外ない。」
「わしはこの国の美味珍味を食べつくすまで全力でこの国に尽くそうっ」
「お前、そんなにあそこの料理気に入ったのか……」
「ははっ、こりゃいい。デオッサスはついに神の力を手に入れたってかぁ? 馬鹿げてるな、なんとも馬鹿げてる」
「俺もそう思うよ」
「あぁ……だが面白い。ひじょぉぉぉおおに面白いッッ!! なぁお前、トーゴよ。俺と手合わせしてはくれねぇか」
唐突に声を荒らげ、トーゴに手合わせを要求する。その顔には、猛獣も逃げ出さんほどの猛々しさが燃え盛っていた。
「ちょっと、おじい様……もう御年でしょうに、いい加減」
「黙ってろカトレア。俺自らその話が本当か見極めてやろうというんだ。こんなに簡単な話はあるまい?」
「はぁ……ごめんねトーゴ、おじい様、言っちゃなんだけどたまに戦闘バカになるの……」
「おいひでぇな。」
「事実でしょうし、仕方ありませんよ」
秘書の女が追撃を送る。20代後半程にして、二回りも年上のヴァンデンドルデに此処まで容赦なく口を開けるというのは元来の性格なのだろうか、それともギルドマスターの奔放な性格に慣れてしまっただけなのだろうか。
トーゴとしてはやたらと長く面倒な問答をするより丁度良いと考え、それを了承する。
「問題ない、引き受けよう」
「よし決まりだ。えぇーと、ビエンタ! いつ空いてる?」
「27日の午後からであれば、まるまる空いておりますね。」
ビエンタと言う名の秘書が手元の手帳を繰り、スケジュールらしきものを確認する。
「4日後か。よしトーゴ、その日の午後に訓練場の第二広場に来てくれ。待ってるぜ」
「あぁ、お手柔らかに」
トントン拍子で話が進んでいく。フットワークの軽すぎる祖父にも、ホイホイと引き受けてしまうトーゴにも相応に文句を言いたかったが、いっそ面倒なのでカトレアは諦めた。腕っぷしでこの怪しい男の処置を決めてしまおうだなどという、他者から見れば杜撰と言われても仕方のないやり方には、カトレアも秘書のビエンタも呆れるばかりであった。それはカトレアも引き継いだ、ヴァンデンドルデの人を見極める目があってこそ許されているものである。
「男の人ってなんでこう……」
「それを見守ってやるのが女の役目だと、わしゃ思うぞ? ひひ」
「貴女も面白がってるじゃないっ」
ヴァンズ――ヴァンデンドルデに、そう呼ぶよう言われた――との話を終え、トーゴはギルド一階へ下りてきた。冒険者登録をしようと思い立ったのである。因みにヴァンズにそれを相談したところ、ビエンタも一緒である。
「冒険者登録をしたいんだが」
「お一人ですか? こちらへどうぞ」
三つに分かれたカウンターのさらに端、言うなれば四つ目のカウンターに案内され、そこでいくつかの書類に記入をする。そこには住所の有無や出身地を記入する項目があり、更にギルド所属の冒険者と言う事を証明する為の小さな鉄板を作るには幾らか金が必要だった。それをギルドマスターの権限で計らう為にビエンタはついてきたらしい。
最後に受付の者は「読心」を使い、この書類に嘘はないか、と尋ねてきた。トーゴは決められたとおりにイエスと答え、必要な書類に関してはそれで終わった。
「ありがとうございます。次に技術、能力の試験がございますが、いつになされますか?」
「今からでも大丈夫だが、受けられるか?」
「かしこまりました。ではこちらへ」
こんな丁寧な対応だが、屈強でいかついオッサンである。凄まじいギャップに、トーゴは背中をむずむずとさせていた。
「こちらをお好きな手段で攻撃なさってください。」
屋内の売店の横を通り抜け、外へと繋がる通路を通ればちょっとした中庭のような場所があった。まばらに草が生えたその場所には、木刀や弓や人型に固められた藁などが多く置いてある。周りは灰色の煉瓦の壁に囲まれ、小さな練兵場になっていた。人はいない、恐らく実力テストにのみ使われる場所なのだろう。
トーゴの前に置かれているのは|なんの鉱石かわからないが《・・・・・・・・・・・・》金属で出来た鎧を纏う人形である。
「思い切りにか?」
「えぇ、お好きに。」
「……あ。」
「どうされました?」
「いやっ、なんでも」
忘れていた。今トーゴはかなり弱体化しているのだった。食事を取って幾分か養分を補給したとはいえ、未だ体は脆弱な人のままだ。身体能力も魔力も、常人を少し上回る程度だろう。
「少し、待ってくれるか?」
「……試験後に不正がないか調べる事となりますが」
「あぁ構わない、すぐ戻る。ティマエラ!」
「ほいほい。全く抜けておるのう」
なぜ呼ばれたのか瞬時に察したようで、すぐさまこちらへ向かって来る。
廊下の隅にてティマエラのツナギを少しだけはだけさせる。
「この回復方法には懲りただのと、先程宣ってなかったかの?」
「その……すまん」
「くく、ほれさっさとせい。人が来るぞ?」
トーゴはティマエラの差し出した短刀で薄く首筋を斬りつける。血で服を汚さないよう、小さくゆっくりと傷をつけていく。
「ッあ……」
ティマエラが目を伏せ、艶やかにも聞こえる声を漏らす。不死の再生、その方法は悍ましいが、あまり痛みを伴わないやり方がある。それは、単純に「綺麗に切り裂く」という方法。骨を折らず、肉をかき混ぜず、真っすぐとした切り傷ならばそれは再生時にはすいすいと塞がっていくだけなのだ。
魔物の住まう迷宮にあって何度も怪我を経験したティマエラは切り傷の痛みにはもうすっかり慣れており、今では浅いものであればくすぐったいだけだ。ただでさえ首筋という敏感な部分を刃で撫で、そこにトーゴが舌を這わせるものなので、一種いかがわしい声色で息を漏らしたとしても仕方がないと言える。
こぽりとあふれ出した血を、ちろ、と舐めとる。その舌は血と同じほどに赤く湿って光を反射させる。
「……ぅんっ、……ふ、ぁ……」
塞がった傷を浅く、優しく切り裂く度、ティマエラが態とらしく声を漏らす。こう言う時、何故かティマエラは全く恥じらわない。
申し訳ないという気持ちと止む無い興奮が混じりあい、背徳感にも似た快感が駆け上るが、トーゴはなんとか理性を保っていた。
(明日、娼館にでも行こうか……)
密かに最低な目標を立てたトーゴであった。
「あ、戻りましたか。それでは始めてください。」
ティマエラがやけにつやつやとしているが、逆にトーゴはげっそりとしている。試験官は大丈夫か? と眉を寄せるが、ビエンタは何故か納得顔をしていた。
(あぁ、まぐわいによって力を増すとかいうあの……え、この短時間で済ませたのですか……)
とある淫魔の編み出した魔術を使い前準備を済ませたのだと、盛大に勘違いをされていた。まぁ半分は合っているので何とも言えないところだが。
「はぁ……これ使ってもいいか?」
「ん、えぇどうぞ」
トーゴの指し示したのは木刀である。剣を持っていないので魔術を使うのかと思っていた試験官は少々訝し気に承諾する。ビエンタも何をするのかとじっとこちらを見つめていた。
「【桜弾】」
ぞぶり、と音を立てて木刀が黒い液体に飲み込まれる。トーゴの手のひらから這い出たそれにより一回り太く、そして黒くなった木刀は、その空間だけが光を飲み込み、何もないように見えた。
ふっとトーゴが黒い木刀を振るう。少し腰を入れただけの簡単な切り下ろしだ。木刀に纏わりついた漆黒はその勢いですべて前方へと飛び、人形へとぶち当たる。
ばしゃんと弾けた黒色が鎧の人形を飲み込み、また一回り大きい黒色が出来上がった。流動していた黒い液状がびたりと動きを止めると、バギ、と音の籠った鈍い響きがそこから聞こえてくる。やがて黒色は霧散し消え失せ、そこにはぐしゃぐしゃに丸められた、鎧だった金属の塊があった。
「あーえっとー……合格ですね……」
「えぇ……そうね」
半ばトーゴのストレス発散の為にぐしゃぐしゃになってしまったそれは、本来へこませられるようなものでは、ましてやグシャグシャに丸めるなど出来る訳がなく、傷のつき方で威力を図るものだったそうだ。攻撃力までにかかる時間や使った魔法の種類などを加味し合否を決めるのだが、今回に限ってはその必要は無いらしい。この国でも「何人か」しかいない程の実力であったと評価された。
「逆に言うと何人かは神に匹敵する実力持ちか。おぉ怖い怖い」
「笑ってるなよ……」
「でもまだ本気じゃないじゃろ? わしの事も、貪り足りなかったようじゃしの? くくく」
「その言い方はやめろ」
イツキが坊主と言われたときも、こんな気持ちだったのだろうか……いや、こんな居たたまれない気分ではなかったはずだ。自身の情けなさに歯噛みするしかないトーゴであった。
そろそろ我慢も辛くなってきた。久しぶりに肌で肌を感じたい。以前の人生で何回異性を抱いたとしても、やはりその魅力には未だ抗いがたい。
数十年その感触から離れようとも、若々しい体を保つこの肉体では幾星霜を生きようとも賢者になどなれそうもない、そう思った昼下がりなのだった。