王都アッデン
転移した先で目に映ったのは、案外に整った景観を持つ岩肌の空間だった。
通路を隔てて10個ずつ、計20の転移陣が床に設置されており、トーゴ達の出てきた側の転移陣からは何処からか帰って来たらしい者たちが次々と現れる。向こう側はその逆で、皆何処かへと消えていった。迷宮に潜るのだろう。
人でごった返してはいるが、ある程度整理された人波にトーゴとティマエラは驚いていた。
洞窟奥を見やれば迷宮2階層へ続く下り坂があり、ちらほらと若い冒険者が進んで行く。正面遠くには外の明かりが見えた。天井は高く、岩肌をそのままにしている。迷宮1階層、魔物の唯一出ない――トーゴの影響で変化した250階は別である――階にそれはあった。
外へ向かって歩きつつ言葉を交わす。カトレア達カニス・ルプスの面々に気付いた者達の視線が注がれざわめきが広がるが、長身の男に担がれた目を瞠るような美女にも、ちらほらと注目の声が上がっていた。
「凄いな、こんなに人がいるのは予想してなかった。俺が迷宮に来たときはこんな発展してなかったぞ」
「17年前にギルドマスターが岩壁をくりぬいて建造させたのよ。あと、今は尚更人が増えてるわ。」
カトレアによれば今は戦争に向けて国中が大きく動いている。
迷宮冒険者は、詰まるところ戦士たちである。魔物との闘いで日々己を鍛え上げ力を向上させる、時たま掘り出されるお宝なんかはその癒し。迷宮は、天然の修練場だ。なので今は戦争の気配を察知したもの達が生き残るため、大切なものを守るためと多く迷宮に潜っている。
「んお? 露店まであるのか。建物もある、凄いの! ……でも美味いもんは無さそうじゃの」
「あぁ、格安の鎮痛薬、解毒薬とか、簡単な装備とかっすね。あとは調合用の薬草とか保存食とか、まぁありきたりっすよ。中にはおかしな装備やら薬やら売ってる店もあってっすね、何故だか潰れないんっす」
けして途切れない需要により薄利多売にて利益を出すという算段である。絶えず流れる人並みは露店の近くでは停滞しており、屋台や建物には人が出入りしている。
巨大な洞窟道の左右に所狭しと店が並ぶのは壮観だった。サレンの言う通りやたらと尖ったデザインの鎧を売り出す店や、明らかに体に悪い色をした飲み薬を並べる露店も見て取れる。
新しい装備を手に入れた新人冒険者や消耗品を買い込むベテランがない混ぜになり、心地よい祭りのような混沌を醸し出している。
そんな人並みが不意に割れていくのが、トーゴ達の目に映った。正確には背の高いトーゴ、サレン、アデンバリー、背負われているティマエラの目に、映った。
人並みを割っていたのはいかにも熟練であろう壮年の冒険者達であり、中には有名な者もいるのだろう、人名と思しき単語が「あれは~~ではないか」という言葉とともに聞こえてくる。ただその集団を眺めるものは皆一様に困惑しており、有名人に会えた喜びよりも何があったのかという疑問に意識を向けているようだった。
「ぬ? 霧裂き黒狼の面々ではないか! 戻っておられたので?」
先頭を歩いていた男がやがて近づき、カトレア達へ話しかけてくる。ティマエラより幾分か高い身長に全身鎧、布の巻かれた槍を持つ。フェイスガードを上げており、精悍な顔と白い口髭が特徴的な男である。
「えぇ、ついさっき。どうしたの?」
「あ……もしかして」
サレンが何かに気付いたように呟いたが、隣のトーゴとティマエラの耳にしかそれは届かなかった。
「えぇ、昨日、225階にてフロアボスが出たと報告が。確認に行った四人のうち二人が帰って来ず、私達で救出、討伐に向かう所で……む? そう言えば皆様はどうやってお帰りに? 確か250階へ……まさか、既に倒されたのですか?」
「あぁ、やっぱりそれっすか」
サレンは苦笑い、トーゴに確認を取る。
「トーゴさん、話しちゃって大丈夫っすか?」
「彼らはギルドの?」
「えぇ、上位パーティーの方々っす。この人はリバール・ラベルマイヤさんっすね」
「なら構わない、どうせ後からマスターに全部伝えるしな。」
「だそうっすよ、カトレア」
「そう、ありがとう」
礼を述べ、カトレアは近くの建物に移動し、迷宮での出来事を全て話していく。彼らが250階層にて暮らしていた事、その異様な戦い方の事、フロアボスのオーガは既に倒してしまった事。かなり省略され、トーゴの正体をを隠してはいたが、それはラベルマイヤ達を驚愕させるのに充分だった。しかし同時に深い疑惑の目も向けられる事となるのは仕方が無い。
「この者達は何者なのです……?」
「その説明も含めてギルマスに会おうと思ってる。」
「まぁ、そういう事なの……って言われても分からないでしょうけど、ごめんなさい、ラベルマイヤさん」
「ぬぅ……一先ず私達は225階にて安全確認を行いに参ります。その……随分信用なさって居られる様ですが、何卒ご用心を。」
「そうだぞ、本来俺は要注意人物だ」
「自分で言っちゃうんですね……」
ティスタが小さな声で突っ込んだ。
ラベルマイヤと別れ、一行は再び歩き出す。入り口外側には衛兵が立ち、カトレア達に挨拶を述べる。
300メートルに渡る直線を抜け、やがて日の光が目を焼いた。
「ぐ……頭が」
「おおぅ……目の奥がズキズキするんじゃあ」
「暗いところから出ると、どうしてもねぇ」
カトレアが手で日光を遮りつつ同意してくれる。やがて目も慣れ、頭痛も収まるには数分を要した。
「おぉ……」
「はぁー……立派じゃのう……」
「お前ら二人、お上りさんみてーだぞ?」
「実際そうじゃしの」
ニヤニヤと笑うアデンバリー。だが悪意はそこになく、鮮やかに整えられた街並みを見て感嘆する二人が嬉しかったようだ。
そう、高さ15メートル、道幅10メートルはあろう迷宮のはじまりが口を開くのは、街中であった。迷宮入り口近くは何も無い煉瓦敷きの広場になっており、幾つか置かれたベンチで荷物の確認をする者や、待ち合わせをする冒険者達で溢れている。その広場を取り囲むのはいくつもの五階建ての建築物であり、優しく黄色がかった漆喰に色の薄い煉瓦、外枠に木を組まれた外観は現代でも通用しそうな美しさを持っていた。
王都アッデン。迷宮をその中心に据えた街は人口10万人を抱え、更に商人、軍、冒険者の人の流れは引きも切らず、区画整理の為された場所でも路地裏を進めば袋小路があり、人の世の清濁を楽しむかの様な風土は、この大国がいまだ発展途上にあることを表していた。
一行は広場を出て、喧噪と埃の絶えず舞う道へ歩き出す。赤煉瓦を敷かれた広い街道にはガスランプの様なものが点在しており、路地裏に置かれた木の樽や、箱や、なんだかわからない壊れた機械や目を光らせる野良猫が、仄かにスチームパンクという言葉を連想させ、時代観をごちゃまぜにしていた。
(盗団なんかが活躍してても違和感なさそうだな)
この世界において美術館が存在するのであれば、そんな物がいてもおかしくないだろう。月下の怪盗などという気障ったらしい言葉が、よく似合う街だと思う。
ガラァンと、遠くから音が聞こえてくる。鐘の音だ。
「あら、丁度お昼ね……」
カトレアの見やる方を眺めれば、ひときわ巨大な時計塔があった。針は12を示す頂点で重なっており、遠方からでも視認できる大きな時計の上で、鐘がなっていた。青空を背景に揺れる鐘は楽しげで、この街のシンボルとなっているだろう事は予想に難くない。
「ご飯にするっすか?」
「あぁ、腹減ったなぁ。肉食いてーよ肉ぅ」
「でも、この時間からじゃ混んでそうだな。人が、随分多いし」
トーゴの言う通りである。間断なく追い越し追い越される人の群れは、建物から、道陰から、向こう側から、こちら側から常に流れており、少々早めに席を取らねば飲食店など座る場所が無くなるだろう。
だが。
「あのねっ! 私、キューラルおばさんのお店予約してあるの!」
「えぇ? どうしてそんなこと?」
「絶対攻略出来る、帰ってこれるって思ったからね!」
ティスタは輝かんばかりの笑顔であるが、カトレアは苦い顔である。怒っているのだろうか? ティスタはそれを悟り、おずおずとカトレアに意図の確認をする。
「あ、あの、カトレア……?」
「攻略するなんて当たり前でしょ! 私達四人なら!」
「あっ、うん、そうだね、勿論。でもなんで怒って……」
「お昼時に丁度良く帰って来られる保証も無いでしょ……それにトーゴ達が居るから、席が足りないわ」
「あぅ、ご、ごめんね……でも、六人席を取っておいたよ? 荷物とか除けられるように」
「あら、そうなの? んー、じゃあ、仕方無いけど許してあげる。ティスタ、お金の使い方は気を付けなさい? 杖も買わなきゃなんだから」
「まぁまぁカトレア、お金なんて余るくらいに稼いでるじゃないっすか」
「そういう問題じゃないの。でも、ありがとねティスタ」
「うん! さ、いこ!」
トーゴとティマエラはこの空気の中で、いいのか、等とは言わなかった。出会ったばかりの自分達にここまでしてくれるのであれば、伝えるのは遠慮でなく感謝だろう。
「地上に出て真っ先に飯が食える! ありがとうありがとう! わしゃ美味い飯なんぞ記憶の中にしか無うて、それはもう焦がれて焦がれて! この感謝は一生忘れん!! ありがとう、ありがとう!」
トーゴの背中から下りたティマエラが感涙に咽びながら、ティスタの手を取りぶんぶんと振るう。あまりの勢いにティスタも「あぅあぅあぅ」と変な声を上げているが大丈夫だろうか。
「ありがとう、ティスタ。俺も腹が減ってたんだ。」
「あっ、はい。どういたしまして。えへへ……わっ」
トーゴは帽子を脱いだティスタの頭をぽふぽふと叩く。ふわふわとしたその髪はとても感触がいい。ティスタも目を細め心地良さげにしているので、躊躇わずその感触を楽しむ。最後にすこし乱れた髪をさらりと指で梳き整え、手を離した。
「あ……」
小声だが確かに、物足りなさそうな声を上げる。約40センチの身長差のせいで自動的に上目遣いで此方を見てくるティスタは、トーゴをして恐ろしいと思わせる破壊力であった。
暫く女日照り――二人で暮らしていても、ティマエラを抱いたことは無い――であったトーゴであっても、流石にこの少女に劣情を抱くのはどうなんだと、心に沸いた羽虫のようなその気持ちを払うように尋ねる。
「オススメはなんだ?」
「オススメですか? えーとえーと、チキンステーキですね、ドリーカックのお肉です」
「鶏肉か! 本当に久しぶりだ、楽しみだな」
迷宮に鳥の魔物はいるが、あまり食べられるものは居ない。それに鶏の魔物は希少種であり、出会うことすら稀であった。その為トーゴ達が鶏肉を口にするのは実に数十年ぶりである。先程のティスタに揺るがされた心はすっかり、目先の美味へと向けられていた。
「きっと喜んでもらえると思います」
ティスタはにこ、と笑った。澄んだ笑顔はやはり無二に思える魅力を持ち、美しかった。年が近ければ心揺らされていたのだろうが、しかしトーゴは暖かな父性のようなものを覚えていた。
「ついたぜ、おーい! 女将ー!」
入り口のドアはトーゴの腰の位置の両開きで、漆喰と木組み、そして緑の屋根が可愛らしい作りの飲食店。地球の中世ヨーロッパでは飲食店と言うものがほぼ発展していなかったそうだが、この世界ではどうやら満足の行く食事が取れそうだ。
アデンバリーの声に、はいよー!と活気に溢れた声が店の奥から返ってくる。出てきたのは恰幅のいい熟女で、パーマのかかった髪型が特徴的だ。
「待ってたよーティスタちゃん! 無事攻略出来たのかい?」
「うん、ありがとう! 人数が二人増えたんだけど、大丈夫だよね?」
「あら、流石王国一だねぇ! やぁ、それなら10人席の方を使いな、丁度空いてるんだ。小さなお祝いパーティーでもしてっておくれよ」
「ありがとう、じゃあ遠慮なく使わせてもらうね」
「あぁ~香辛料の匂いじゃあ~、調味料の匂いじゃあ~ううぅぅぉぉ」
「落ち着け落ち着け」
店内はやはり人が多く、ウェイトレスが二人忙しなく動き回っていた。二つだけある10人席は片方を冒険者パーティーが利用しており、もう片方、壁際の席へと案内された。壁にかけてある木版にはメニューが記されており、酒も三種類程あった。数十年飲んでいない酒はとても魅力的ではあったが、人と合う予定のある昼間から飲酒とは感心出来ないと止めておいた。
カトレアとアデンバリーは鎧を脱いで一息つく。鎧を脱いでなお重苦しいカトレアの青いギャンベゾン――全身鎧の下に着けるインナー――は、少女の身にはあり余るように見えた。
「今更だが、金は必ず返すからな」
「良いっすよ~そんくらい。こっちの善意ですしね」
「それに、ご飯をご馳走になったのはお互い様じゃない、お風呂と寝床まで」
「あんな味の薄い肉とスープと、ここの料理が釣り合う気がせんわい……じゃが、ありがとうの」
各々が料理と飲み物を注文し、先に運ばれてきた飲み物で乾杯をする。たった一日程度で、信頼関係を築いた仲間ができるというのは嬉しい誤算だった。
トーゴ、サレン、ティスタ、カトレアの四人はドリーカックのチキンステーキ、ティマエラは魚料理とサラダにベーコン入りのコンソメスープ、アデンバリーは500グラムはあるだろう、赤土塗れの仔牛のバターステーキである。
チキンステーキは岩塩と胡椒、少しのバジルでシンプルに味付けされており、パリパリになった皮とニンニクが香ばしく、四人、特にトーゴとサレンは一気に食をすすめる。
「本当に塩コショウだけか? 旨味が凄いぞ」
「肉汁を閉じ込めるように全方位から焼いてるらしいわよ? 詳しくは知らないけれど。」
「魔術様々っすね! 美味い!」
「美味しいね~、疲れたから尚更……」
ティマエラの魚料理は多くの香草と共に表面をパリッと焼かれたもので、掌ほどの白身が三つ重なっている。複雑な香辛料の鼻孔への刺激に、ティマエラは辛抱たまらないと言った様子でかぶり付いた。
「油っこくない! こりゃ最高じゃ、三つどころか九つ行けるぞ!」
「一口く……」
「やらん!!!」
さらにサラダとスープが口の中を爽やかに潤してくれるために、その食欲は留まることを知らずに天元突破する。ティマエラはついぞ涙を流して喜んでいた。
「……」
アデンバリーはひたすら口に肉を詰め込んでいる。玉ねぎとクレソンのような付け合せや主食のパンには目もくれず、バターが溶け出しててらてらと輝く魅惑のステーキを、一心不乱にナイフで切り裂いていく。その手際は素早く正確に。トーゴとサレンが食べ終わるよりも早く、アデンバリーは分厚い肉を平らげたのだった。
「あぁ~~………幸せ」
このままバターのように溶け出しそうなほど、アデンバリーはテーブルに体を預け弛緩させる。トーゴはそんなほのぼのとした巨漢を見やり、ククと喉で笑った。
「トーゴ、これ知ってる?」
「ん? なんだこれ」
「テリュの若葉。これを噛むとすっきりするわよ。口の中油っぽいでしょ? 一枚あげるわ。ティマエラも」
「良いのか? ありがとう」
カトレアが差し出したのは赤い葉だった。細く、カトレアの人差し指程の長さを持つ。トーゴはそれをくしゃりと畳み口の中へ放り込む。舌の根本まで小さなしびれが走り、鼻腔で爽やかな空気が爆ぜる。ミントよりは山椒に近い風味を持っていた。
「ん? トーゴは葉巻があるのではないか?」
「あぁ、まぁせっかくだしもらっておこうと思ってな。」
「んむ、確かに新鮮な体験と言うのは若返るからの」
年寄り臭い台詞である。実際年齢は不詳なのだが、見た目と相まってアンバランスさが際立った。
「トーゴは食後に一服する人?」
「あぁ。俺は薬草煙草を吸っててさ。体にいいし清涼感もあって、食後にはよく吸ってる」
「へぇー、いくつか譲ってくれねーか? 金なら今……」
「いらないさ、五本でいいか?」
「おぉ、こりゃありがてぇ」
ティマエラが椅子に置いてある背負い袋から束になった葉巻を取り出し、アデンバリーに手渡す。麻縄で雑に括られているそれは若干明るいシナモンのような色である。
「へぇ、見たことねぇ、って当たり前か」
アデンバリーがポケットから指を二つ通すギロチン型のシガーカッターを取り出す。葉巻の先端を切り落とし、向かいに座るティスタに指先からぽっと出た炎で火をつけてもらう。
「ん、いいなこれ。確かに飯食った後にゃぴったりだ」
「あ、昨日吸ってたのってこれ? お風呂の近くで……」
「あぁ。子供が吸っても大丈夫だが、あまり美味しくはないぞ」
「別に欲しいわけじゃないわよ」
くす、とカトレアが笑う。ティスタとは逆に、少し大人びた風貌は顔に傷を負ってもなお褪せることは無い。余り明るいと言えない店内で嫣然とした表情は、右目を塞ぐ大きな傷と相まって危うげな魅力を放っていた。
カトレアの隣でサレンが顔を赤くしている。その表情を横目に見てしまったのだろう。トーゴのようないい年した大人ならばともかく、同年代の異性を漏れなく惹きつけてやまない美しさはやはり、同じパーティーの一員を虜にしてしまっているようだ。
トーゴはサレンに笑いかける。がんばれ、と意思を込めて。サレンはその視線に気づき苦笑いを返す。どうもっす、と。
「おねーさん、俺にもそれ一本頂戴。」
唐突に声をかけてきたのはトーゴ達の背後の四人席に座っていたパーティーの一人である少年だ。13、4歳位の見た目に黒髪と茶色い目、一見すると日本人のように見えてトーゴは動揺したが、成長途中にあっても整って堀りの深い顔立ちは日本人と断じるには早計だろうと思わせる。
「お、どうした坊? かっこつけるなら煙草なんかじゃのうて……」
「ち、ちげーよ。テリュが切れたから……」
その言葉に後ろの三人はくすりと笑う。クリーム色のキャソックを身に着けた者、黒のギャンベゾンを着た者、サレンに通ずる布と革がメインの軽装をした者、全員が女性であり、年齢はバラバラだ。
キャソックの女性は20台程、暗い金髪をさらりと肩口に垂らした聖職者。ギャンベゾンの女戦士はそれより幾分か若い17、18才の赤髪のショートウェーブ。軽装の女は15歳程だろうか、胡桃色のポニーテールを揺らし活発そうな明るい笑顔を向けてくる。
聖職者の女がゆったりとした口調で話しかけてくる。
「ごめんなさいね、急に。かっこつけたいのもテリュが切れたのも本当なのよ。」
「おいっ」
「可愛いもんじゃのう、何本欲しいんじゃ?」
「仲間ではないのだからお金は払うわ。4本あるかしら?」
「聞けよっ」
「お金……これいくらなんじゃろ? 価値が分からんの」
「一つで銅貨一枚ってところじゃない? ねぇアデンバリー。」
「おう、そんなとこだろう」
「ふむ、じゃあ銅貨三枚でよい。坊、おまけしといてやるぞ」
「坊って呼ぶな、てかあんたら人の話を……」
「お前、シガーカッターは持ってるか?」
「えっ、なにそれ?」
トーゴに予想していなかった事を唐突に尋ねられ、少年は目をぱちくりさせた。後ろの仲間も首を横に振っている。
「んじゃ、ホレ。使い方はあんちゃん……トーゴにでも聞け」
アデンバリーが席を挟んでシガーカッターを投げる。それを片手で受け取った少年は徐に指を穴へと通し、葉巻をあてがう。こう? とトーゴに目線で訴える。それに頷いて見せれば、パチンと音を立てて葉巻の先端が切り落とされた。初めてだろうに切り残しもないのは、カッターの切れ味だろうか、少年のちょっとしたセンスだろうか。
ぽろりと落ちたヘッドを拾い上げ、ちゃんと捨てておけよと手渡す。わかったと素直に頷くこの少年も、年相応に悪ガキなのだろう。でなければ葉巻を吸おうなどと言う発想はなかなか出てこない。
「ん、吸いやすいな。」
「優しい味だねー。癖になりそ」
同じようにして葉巻を調えた女戦士と軽装の少女が、聖職者の女に魔術で火をつけてもらいふと感想を漏らす。後者に関してはセリフも相まって危ない光景な気もするが、合法なので気にしてはいけない。
「どうやったら火ィ着くんだこれ……」
「こうして……そう、軽く息を吸ってみろ。よし、着いたな」
「ん、あるほろ」
トーゴが黒いナイフの先から火を出し、ライター代わりに葉巻の先端にかざす。少年が軽く息を吸えば、赤熱した灯が葉巻の先端に浮かび上がった。
「んぐ、熱っ」
聖職者が煙をけほけほと吐き出す。意外な事に最年長の彼女は葉巻を吸いなれていないようだった。少年はそれをにやりと見つめ、先ほどの意趣返しをする。だがそこは大人の女性らしい包容力か、彼女は決して怒ったような表情はせず、困ったような笑みを浮かべただけであった。あまり効かなかったか、と少年は憮然と葉巻を口に咥えた。
「一気に吸い込んじゃダメだ。ゆっくりな」
「……ん、確かにすっきりする。ありがとうおっさん、おねーさん」
「ありがとうね」
「あぁ」
おっさんと言われたのが何せ数十年ぶりなので少し心に来たが、それを表情には出さなかった。
そういえば名乗っていなかったなと、トーゴは気づく。まぁ、昼食の席でたまたま出会っただけで名乗るものでもないとは思うが、言葉を数度交わしてしまえば名乗らずというのは何となく気が引けたし、この男女比や年齢がちぐはぐな、RPGのパーティーのような彼らが気になったのだった。
「トーゴ・グンジョーだ。」
「んっ?……俺はイツキ・クレオク、聖剣士だ。……ちょっと後でいいか?」
「……あぁ。」
「アタシはシャウア・アンズレヴ。聖職者をやってるわ」
「俺はディステル・ウォーメイト、重戦士。宜しくな」
「クレバール・スキュオン、盗賊でーす。タバコありがとねー」
「あぁ、聖国からの冒険者さん?」
「えぇそうよ。ちょっと腕試しにね」
職業に「聖」が付くものが二人いたので、カトレアはそう予想したのだろうか。実際そうだったようで、シャウアは鷹揚に頷いて見せた。ただその聖なるパーティーに「盗賊」が混じっているのはどうなのだろう。まぁ、この世界において盗賊とは、なにも人のものを盗み生きていくだけの職業ではない。迷宮に限らず、様々な遺跡や辺境の地を調査する探査能力に長けたプロフェッショナル達であって、決して罪人だけの存在では無いが。
同じようにカトレア達も名乗っていく。カトレアは騎士、アデンバリーはディステルと同じく重戦士、サレンはクレバールと同じく盗賊、ティスタは魔導士だ。
「ティマエラ・ブレーメンじゃ。んー、鍛冶師? かの?」
「なんで疑問形……? トーゴさんは?」
「俺とティマエラはその……冒険者になるために地方から出てきてな。ティマエラは鍛冶の修行に。これからギルドへ登録しに行くんだ」
まいった、最初は人とはあまり関わらず二人で暮らしていこうと思っていたために、うまい言い訳を用意していなかった。微妙な答えだが納得してくれるだろうか。
シャウア達はやはり腑に落ちないようではてなを浮かべていたが、イツキだけは何が事情があるのだろうと察してくれた。そのイツキと暫し別の席に移り、声を潜めるようにして語り合う。さて何から話そうか、と思っていたが、この少年は怖いもの知らずと単刀直入に切り出してきた。
「おっさん、二ホンって知ってる?」