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斯く語らい、絆を見て。


 「白リスの団栗置き場」にて、奥の宴会席で昼食を取る。トーゴ、ミュー、ティマエラは飲み物だけだが、テーブルにはパエリアやリゾットなどの米を使った料理が大皿で並ぶ。トーゴは少しばかり胃に余裕があるので、せっかくだしと口に運んだ。唸る程に美味い。米は実はそこそこの高級品らしいが、それを全員に奢ることをものともしない程クレバールは稼いだらしい。トーゴが勝つなどという大穴に賭けた者がそれだけ少なかったという事だが、つまりそれは裏返せばヴァンズの実力を示していると言う事だ。そしてそれを覆して見せたトーゴには、やはり質問の嵐が浴びせられた。


「葉巻のお兄さん……トーゴさんは強化使わないのね?」


「と言うか使えないんだ、コツが分からないとかでは無く」


 以前から薄々思ってはいたが、トーゴは自身で援護魔術の類を使う事が出来ないらしい。他人にかけてもらう分には問題無さそうだが。ミューがパーティーに加わってくれたのは、そう考えるとかなりバランスが良い。


「あの最後の技はどうやったの?」


「どうやったと言われても……強いて言えば召喚になるのか?」


「ぶっちゃけ何パーくらい本気出した?」


「うぅ……ん、どうだろう」


「おにーさん、楽しかった?」


「とても。」


「ぬぅ、妬けるのう」


 ティマエラは戦闘能力で言えば、再生能力による苦痛もあって一般人以下だ。ヴァンズと戦っているトーゴが見た事も無いほど生き生きとしていたもので、自身の弱さを嘆き、戦えるものに嫉妬しているのだ。そんなティマエラが愛しくてつい手を伸ばして肩を抱き寄せようとするが、ミューどころかほぼ全員の視線が刺さる。シャウアとイツキだけが「またやってる」程度に呆れるだけの度量を持っていた。シャウアは年齢的に「その手の事」に理解があるのだろう、だが何故イツキもなのか。


 ディステルの事に加えてその辺りも聞いてみたく、イツキの隣に席を移動する。ミューが惜しげな顔をしていたが、ティスタとミューで何やらコソコソとやっていたので、一先ず寂しくは無いだろうと思う。

 イツキの右に座ったトーゴだが、その逆の席、左にサレンもやって来た。ガールズトークならぬボーイズトークである。因みにアデンバリーは昼間から酒を飲んでカトレアに怒られている。


「イツキ、お前好きな奴はいるのか?」


 少しばかり面白そうに聞くトーゴに、イツキは軽く苦笑いをして答える。


「ん? うん、いる。あ、サレンさんは?」


「えぇっ、そこで振るんすか……居ますよ、カトレアっす」


「へぇー、お似合いじゃん!」


「お前は誰なんだ?」


「……ディステルだよ、一年くらい付き合ってる」


「へぇ!」


「やり手っすね……」


 もう付き合っているとは驚きだ。年もそこそこ近いらしいので十分納得出来るが。話を聞けば、パーティーの中で一番最初に出会ったのがディステルなのだそうだ。四年前にこちらの世界に来た際に右も左もわからず彷徨っていた頃、貧民街(スラム)にて盗みを働いていた所謂「その日ばかり」と呼ばれる最貧層の、それも孤児であったディステルが飢えて死にかけていたらしい。それを助け、生きていく為に二人で冒険者となった。そして一年が経ちクレバールとシャウアに出会い、紆余曲折あり二人をパーティーに誘った。

 その際に、加入した二人が女性という事に様々思うところがあったディステルがイツキに好意を抱き始める。そして去年遂に告白され、以来一年程プラトニックな付き合いをしていると言う。


「しかしディステルは面白いくらいに初心だな。からかい過ぎるなよ?」


「それは反省。でも恥ずかしいからって、無理やり宿を四人部屋にされた仕返しの意味も込めてるんだよね。もー、色んな意味であの部屋はキツい、シャウアもちょくちょくからかってくるし。まぁ二人にされたところで何も起こんないけど。」


「プラトニックを自称するだけあるな」


「まだ俺十四歳だよ、あっちは十八。キスくらいまでしか行ってません。」


 キスくらいという曖昧な言い回しにどこかゴシップの匂いを感じるが、あまり突っ込むのも野暮と言うものだ。

 そしてイツキの言葉に少々驚いたのはサレンだ。この世界で生きる者独特の感性で思った事を述べる。


「男側がそういう事言うのって珍しいっすね。冒険者なんて特に、いつ死ぬか分からないからーなんて言って童貞どころか処女までホイホイ捨てる人が腐るほどいるっすよ」


 この世界は戦わない者にとっても、死が常に近くに潜む。病気は重くなればほぼ治らず、大怪我も同様で、冒険者は言わずもがなだ。幾つの「一生に一度」を経験出来るか分からず、明日には獣の餌になっているかもしれない。そんな環境であるから、純潔などと言うのは綺麗事や理想論だとばかりに皆多少なりともそのアンモラルを受け入れる。男女共にそれは共通の様で、プラトニック等という言葉は犬の餌にもなりはしないと思う者が多々いるのだ。

 イツキのこの珍しい思考は、日本で生まれて平和に育てられた事、それもいじめられっ子を助ける様なお手本のような倫理的教育を施された事が起因しているだろう。聞けば厳格とまでは行かないが優秀で、理想であり自慢の両親だったそうだ。


「そういう所も好きだって言ってくれるからさ、もう少しだけ我慢だな」


 あぁやはり、我慢はしているのか。それはそうだ、イツキも年齢で言えば中学生である。そういったことに興味がない方が珍しいのだ。その上で相手を思い遣りきちんとケジメはつけている所が、ディステルの惚れた所、その一つなのだろう。


「水を指すようだが、後悔しないようにな。」


「うん。分かってるよ、ありがとう。さ、俺の話は終わり。次はサレンさんの話聞かせてよ」


「うー、恥ずかしいっすね……」


「そんな見た目で何言ってんの」


「見た目は関係なく無いっすか!?」


「告白しないのか? この際だから言うが、あいつもお前の事を好いてるぞ?」


「それは分かってるんすけど……約束したんすよ、王国一位のパーティーになるまで、って」


「うわ、ベタ……」


「……なるほどなぁ……」


「勝負は二年後の闘技大会っす、去年は惜しくも一位の座は奪われちゃいまして……」


 三年ごとに開かれる、デオッサス闘技大会。去年開かれた時にはカニス・ルプスは二位であったそうだ。

 一位のパーティー、男性三人で構成された「雷雲(ヴォルケ)」は全員が熟練の壮年であり、その老獪と言える戦闘技術に惑わされたサレン達は、紙一重の差で敗北してしまったと言う。


「頑張ってね。んー、俺達も出場しようかな」


「イツキ達は実力はどうなんだ?」


「階級で言えば鋼級になった所だよ。四年で鋼はそこそこ凄いってさ」


「俺達よりも早いっすね。今度、予定が合えば一緒に依頼受けるっすか?」


「おーいいね、そんときは是非お手本にさしてもらうよ」


 といった所で、既に時刻は午後三時、そろそろお開きである。トーゴは別れ際に、シャウアに昨日は急に済まなかったと改めて謝った。昼食もご馳走になったし、いつかお礼をさせてくれと頭を下げる。


「じゃあ、いつか大っきな討伐依頼でも手伝ってもらっちゃおうかしら。そんなに気にして無いし、やってもらいたい事も思い付かないから」


「あぁ、いつでも言ってくれ。クレバール、ご馳走さま。」


「うん、イツキがお世話になりました」


「なってねぇから別に」


「アデンバリー、またな!」


「おうよ!」


 似たような気質のアデンバリーとディステルが意気投合していた。どうやらこちらも一緒に依頼をこなすという約束を交わしたようだった。パーティー外の者と依頼を遂行するというのは、チームワーク、報酬分配の観点から信頼できるものと行うのが基本だ。だがこの様子、このメンバーならば大丈夫であろう。

 カトレアとティスタは、シャウアとティマエラになにやら教育に良くない話を聞かされていたようで、頬が紅くなり少しばかり情緒が不安定だ。ミューといえばそんなティスタをからかって遊ぶと言う暇潰しをしていた、なんとも悪趣味である。


 身にならないが愉快な話に花を咲かせ、トーゴとティマエラ、そしてミューはギルドへ向かう。トーゴのラッケンを受け取りに来たのだ。

 受付の者に言えばビエンタへと話が伝わり、鉄製の小さなプレートを渡された。案外小さく、親指二本分程の大きさだ。名前、階級、活動拠点となるギルドの所在地、職業、その他諸々が記されている。所在地は「アッデン」、職業には「剣士」とあった。別地区のギルドに拠点を移す場合や転職をする際は書き換えるので言ってくれとの事だ。文字のない部分は加工しても問題無いらしく、全て一枚の板で繋がっていればどんな形にしても良い。トーゴはティマエラに、地球で言うドッグタグの様にしてくれと頼んだ。


 ヴァンズをのした挑戦者がいきなり現れ、しかもその人物がまだ正式な冒険者ですら無かったことに周りはざわめく。それを見やったビエンタは少し溜め息をついた。


「この度は申し訳ありません、こんなことになってしまって。」


「いえ、自分も楽しんでしまったので」


「そう言ってもらえると助かります。試験免除なんて、また勝手にあの方は……あ、そう言えばもう正式に冒険者なのですから、早速依頼を受けて行きますか? 何かとお金も必要でしょうし、割の良い物を見繕いますよ。」


「そうですね、なら急ぎでないものを頼めますか」


「はい。副依頼についての希望は特に?」


「えぇ、お願いします」


 冒険者は依頼を受ける際、主要依頼と副依頼と言うものを受注する。

 主要依頼は急ぎであったり多くの人が必要とするものであったり単純に報酬が多かったりなど、発注と受注が頻繁に起こるような内容である。規模や報酬が大きく、依頼掲示板にはその類の依頼が貼り出されている。

 副依頼は、言わば売れ残りだ。報酬が少ない、面倒、誰でもやれるからこそ誰もやらない、という依頼を、無論ギルドは放置するわけにも行かない。なので強制的に受注させるのだ。


 主要依頼を受ける際に、初回以降はその報酬金額の三分の一を契約金、兼違約金としてギルドに預ける。そしてそれと同じかほぼ変わらない報酬金額が設定された副依頼も同時受注させる。副依頼を遂行できなければ、主要依頼の契約金は帰って来ない。つまり報酬は三分の二しか貰えない。逆に副依頼だけこなしても、主要依頼の違約金を支払わねばならない為プラマイゼロとなってしまう。準備や移動、その他諸々にかかる資金で実質大きくマイナスだ。


 報酬の大きい主要依頼において三分の一が失われると言うのはかなり痛い。そして副依頼の達成率が低い冒険者は最悪ラッケン破棄処分となる。副依頼も含めての依頼であるという訳だ。


「これはどうでしょうか」


「……うん、問題無さそうです」


 ビエンタの持ってきたものはトハンという村での盗賊退治である。推奨階級も砂、特に問題はないだろう。それで報酬七万ケインズ、確かに旨い。

 トーゴは泥級であるが、冒険者は一つ上の階級の依頼ならば受けられる。自己責任なのは言わずもがなだが。トーゴの実力を見て、砂ならば何も問題は無いと判断したのだろう。神鉄匹敵のヴァンズを倒したのだから当たり前と言えばそうなのだが、その心づかいは有り難い。


「あぁそうだ、ミュー……こいつとパーティーを組めますか」


「え? えぇ、それでしたらこちらにお二人のサインを。…………はい、ありがとうございます。あの、ちなみにどういった経緯で?」


「んん……一口にはちょっと……」


「そうですか、すみません。」


 言ってしまえばおっさんと幼女だ。見た目も大きく異なり親子には見えず、やはりおかしな組み合わせと言う事だろう。訝しげな視線があちらこちらから刺さる。しかしミューが嬉しそうなのでノーカウントだ。血肉まで食らい合ったのだから、パーティーなど今更な気もするが。


 ビエンタは主要依頼を受注処理したあと、副依頼を吟味している。そこでふと、困惑した様子で書類を繰る手元を見つめた。


「あれ?」


「……どうされました?」


「あ、いえ、トハン付近での副依頼を一通り見ていたんですが、発注が二年も前のものがありまして……無期限なのでまだ取り消されていないようですね。管理不行き届きです、情けない」


「内容はどんな?」


「えぇと……謎の館の探査。報酬一万二千ケインズ。」


「……高いのか安いのか……」


「えぇ、なんとも奇妙な……これでは売れ残るのも仕方無いですね」


「それが二年も放置されていたと……せっかくだし、それを副依頼にしますか」


「え、よろしいのですか? 正直こちらとしてはありがたいのですが、何があるか……」


「幸い金なら少し余裕があります。それに、少しズルをして冒険者になったようなものですから。多少面倒な依頼でも引き受けますよ」


「そう……ですか。申し訳ありません、助かります。ではこれを受注処理させて頂きますね」


 ビエンタから依頼委細書を渡される。トハンまで移動するだけで馬車で二日もかかる。準備にも数日掛けて、万全を期して出発しよう。

 ティマエラとは数日離れる事になってしまうが、問題無いと言ってくれた。但し出発する迄の数日は、ティマエラの住む部屋に泊まっていけと条件を出される。これは飲むしかなかろう。そして別段デメリットも無い、と言うかメリットしか無いのだから安いものである。


「そいえばおにーさん、さっきからなんで敬語?」


「あれだけ丁寧な敬語で話しかけられるとこちらも敬語で返してしまう。日本人の性だ」


「ニホンジン……? なに?」


「うん、気にするな。そうだ、カレンドゥラに会えるか? 流石に何日も連れ回すとなると親の許可がいるだろう」


「えーっ、……まぁ確かに。聞いてみる」


 依頼を受注したトーゴは早速それに必要なものを買いに行く。換えの服や装備、それを持ち運ぶ為の大きな背負い袋、森の中では震洋や夕号の様な大きな武器が使い辛いかも知れない為、小柄な真鍮装飾のクレイモアを購入。きちんと広いV字の鍔の先に、四葉の装飾が施されたものだ。刀身の根本二十センチ程は刃が付いておらず、手に持てるようになっている。そして非常食と水を三日分、その他色々と買い込む。

 買い出しに関しては、もうこれで粗方片付いたと言える。やることと言えば荷造りとカレンドゥラとの話し合い、ラッケンの加工、そしてティマエラの部屋に泊まることだけだ。何も問題は無い。


 ミューを送り届ける際に、カレンドゥラに会いに一緒に部屋へと向かう。ティマエラは住まいを片付けると言い、先に帰った。

 二人の住まう部屋は以前に案内された研究室の近くで、あまり広いとは言えないが、その分生活感の溢れるマンションの一室のようになっていた。

 カレンドゥラがコーヒーを淹れてくれる。小さなテーブルを挟んで、少しばかり気まずいような雰囲気を感じる。


「それで、話というのは?」


「あのね、おにーさんと、うーん……一週間くらい? もっと? かかるかも知れないんだけど、盗賊退治の依頼に」


「ダメだ」


「え……な、なんで」


 食い気味に否定され面食らうミュー。カレンドゥラの顔には、仕方ない事だが険しく否定の意思が浮かんでいた。


「お前はまだ子供だ……とは言わない。しかしだ。……人が、死ぬかもしれないんだぞ。お前はそれに耐えられるのか」


「うん。おにーさんと一緒なら大丈夫」


「……君は何故こんなに慕われているんだ?」


 断言するミューに大きな疑問を持ち、カレンドゥラの訝しげな視線と質問。敵意や悪意の類は無さそうだが、一人娘が懐く人物というのを見定める事に執心する様な目つきだ。母親なのだから当然、それも悲惨な過去を持つので尚更である。その視線に答えるものとして何も悪い事などしていない、と言えば嘘になるので、ミューに母親にはどう説明したのか、それとも説明すらしていないのか聞いてみる。


「ミュー?」


「パーティー組んでくれる事になったとしか言ってない、えへへ」


「……取り敢えず全て話せ、君にも少し話を聞かせてもらおう」


「あぁ勿論」


「……じゃあ、全部話すよ? おにーさん」


 ミューは言った通り、全てカレンドゥラに話した。瓦礫の塔へ行きたい事、トーゴが好きだと言う事、血肉を交わした、首の傷の事実まで。母親の顔色が著しく苦いものへ変化するのを気にも留めず、機械のようにひたすら言葉を吐きだし続ける。だがその口調はどこか物語の様で、特にトーゴの事となるとそれが一層顕著になっていた。

 そんな具合に三日前からここまでを語り終える。ならば今度はトーゴが何より大切で、トーゴと離れ離れになりたくないと、臆面もなく言うのだった。それは先程のような機械に似た語り口でなく、いかに自分がトーゴを好きか、いかにトーゴは信頼できる人物かを必死に伝える、まるで玩具をねだる子供のようであった。


 カレンドゥラはそれをすっかり聞き終えた後暫く片手で顔を覆い、肘をテーブルにつき俯いて考え込む。そして徐に顔を上げ、ミューに告げた。


「……許可する」


「え?」


「行ってこい。但し少し、グンジョー殿と話がある。部屋を出ていろ」


「あ……うん」


 急転直下、先程の否定の表情はすっかり鳴りを潜めてしまい、ミューは面食らう。

 ミューが部屋を出て行き、残された二人は俄に黙り込む。トーゴがちらりと見やったのは、ソファの上にある毛布と、自分のマントだ。ミューに持って行かれてしまったままのそれは、おそらく寝床であろうそこでくしゃくしゃになっていた。毛布が綺麗に畳まれているところを見ると、今はマントがその代わりになっているのだろう。たった数日で見て取れるほどよれてしまったマントが、ミューの心情を表していた。

 トーゴはまさか、ミューが全てを赤裸々に語るとは思わなかったので少々驚いてはいた。しかしそれならばもう隠すことなど無いと、逆に落ち着き払った態度でカレンドゥラに向き合う。


「……まず、娘が君を好いているらしいが。あれは……そうだな、純粋な恋、では無いな」


「あぁ」


 そう、事の顛末を聞けば誰でもわかる。たった数日で年が二回りも離れた異性に恋するなど、異常なのだ。それに気づいていないのはミューだけである。カレンドゥラは勿論それを見抜き、ではどうしようかと思っているだろう。

 ミューが余りにもトーゴに依存し、狂気にも通ずる行為を取った事までカレンドゥラは聞かされた。今も、その一端を目の当たりにしたところだ。そんなミューがトーゴと離れれば、という気持ちがミューをトーゴに同行させることを決意足らしめた。


「……あの子は三年前から少し変わってしまった。仕方のない事だとは思うが、私はそれが辛かった。無理に大人になろうとしているようで、いくら私が寄り添っても、優しく突き放すだけになった。……情けない事だがね、私は悲しみから逃れる様に研究に没頭したよ。それがあの子は……それを乗り越える為に、ミルキィ君に会おうとしていただなんて……」


「……あいつは強いが、脆い。それを崩してしまったのは俺だ、どうか――」


「謝らないでくれ、お願いだ。……あぁ今気づいたよ。あのマント、やけに大きいが、君のものなんだろう? あの子は毛布よりあれに包まり、随分と安らいだ顔をして寝るんだ。……君を信用しよう。……ただ、これはあの子の母親として言わせてもらう。……心底憎たらしいよ、君が」


 直前とは打って変わり憎悪にも似た表情で、トーゴを視線で穿つ。親としての責務を果たせなかった自分と、それを他人と言う立場で数日で成し遂げてしまったトーゴを比べて、胸中に暗いものを澱ませる。研究者としての毅然としたカレンドゥラはそこにおらず、ただ一人の親としての、ただ真っ当な悔しさと嫉妬とやるせなさがあった。

 謝るなと言われてしまったトーゴは、つい口を噤ませてしまう。トーゴも、親として子を思う気持ちはわかる。今となっては遠い記憶だが、忘れたりなどしない。


「……オーガの素材はどうだった」


 カレンドゥラに渦巻く正負様々な感情をぶつけられ、トーゴは言葉を見つけられず、あからさまに話を逸らした。


「あぁ、あれかね! 聞いてくれたまえ、牙に含まれる鉱石を分析したのだが、なんせその種類が多くてだな。銅、鉄、鋼、白金、微小ながらミスリルや金までだ。迷宮にはそこまで豊富な鉱石資源など無い、つまりあれは食らった冒険者達の鎧や武器から摂取されたもので、フロアボスとして体が変化する段階において体内に取り入れられた物質を有効的に活用し、その身体機能を向上させると同時に自身に取り込んだ……」


 そうすればカレンドゥラはまた切り替わるようにマッドの一面を表に出し、いつもの調子で語り始めるのであった。中々に興味深い話だったが、ミューがドアをノックし「まだか」と尋ねてきたところで、それはやけにあっさりと中断された。仕方の無い事だった。カレンドゥラは無理をしていつもの様に振る舞ったのだから。

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