その力で泥沼を作ること
本日二度目の投稿です。
「おい、強化はいいのか?」
「使えないんだ」
「……まぁ、信じてやろう。構えろ」
「ありがとう」
時計の針が十二時を指す。その瞬間を待ち望んでいたかのように、ヴァンズの闘気が爆発した。
「ふんッ!!!」
ヴァンズが踏み込み、地面が割れ、めくれ上がる。鎚で何も無い空中を叩き、それを固形化させた空気の砲弾を放ってくる。ひらりひらりとそれを躱すトーゴの眼前すぐそこに、いつの間にか迫るヴァンズ。上段からの叩き潰しを震洋で受け止める。一瞬の拮抗ののち、ヴァンズは一旦鎚を引き突きを放った。それを跳躍して避け、足が天に向き、トーゴの視界が逆さまになる。そして空中でも繰り返される攻防。
ヴァンズの厖大なまでの膂力と、それを受け止めいなすトーゴの応酬に観衆は大歓声を上げる。壮年の冒険者含む観客は、数年ぶりに見えるヴァンズのあの、狂気を孕んだ表情。それを見て恐怖と興奮を覚え、対戦者の未来を察する。今はうまく躱しているあの妙な対戦者も、数刻すればぼろぼろになり地に伏すのだろうと。
話でしか知らないヴァンズの力を目の当たりにした若い冒険者達も、大いに興奮する。いつか自分もあんな風に、と熱の籠った言葉や視線が広場に否応なく注がれる。
渦中の二人はそんなもの見えていないように打ち合っていた。少々緊張していたトーゴも、戦いとなれば案外冷静にヴァンズを見据える事が出来るようだった。
ヴァンズは笑う。その表情はもはや鬼だ。楽しい、ここまでやれるのは久しぶりだ。
着地したトーゴへ斜めに殴りつける。右へ避けつつ移動したトーゴへ、地面を叩いた際の跳ね返りを利用して左下段からまた殴りつける。さりげなく小さなクレーターが出来るが、二人とも気にしてはいない。また跳躍するトーゴに鎚ではなく台風のような回し蹴りをぶつける。勿論ただの蹴りではない。風圧が土埃を全て吹き飛ばし、衝撃波が広場の空気全てを揺らす。
「デガイロ!!」
自身の体重をほぼ全て体の一部分、この場合、蹴りを放った足に移す魔術。使い勝手は様々だがこの場面ではこの上なく有効的だ。それを同じく蹴りで受け止めるトーゴ。両者の間で弾ける空気が爆音を立てる。
トーゴの顔は少しだけ、自分と同じく楽しそうである。蹴りの反動でトーゴは空中を少し泳ぎ、地に足が付くと同時にヴァンズへ飛び掛かり、意趣返しの如く斜め上から震洋を斬りつける。それをアラバンで受け止めれば、重い、強い。それは久しぶりに感じる感覚だ。十と何度も打ち込まれ、しかしそれを防ぎきる。
凄まじい速度での、更に凄まじい威力でのぶつかり合いに、観客の盛り上がり様もどんどんと上騰していく。そして同時にトーゴを応援する声も増えていった。重王相手にここまでやれる奴がいるとは、誰だか知らんが頑張れ、俺は五分もつのに賭けたんだ、等様々である。今や訓練場の外にまで響き渡る歓声も、最早二人には聞こえていないが。
ヴァンズは槍でそうするように鎚頭をブレさせず薙ぐ。距離を取り避けたトーゴに突きを放つが、震洋で受け止められる。それどころか下から強烈に弾かれ、両手が鎚を持ったまま万歳の形になってしまう。トーゴが空いた脇腹へと剣を突いて来る。殺気は放っていないが当たれば死ぬ。だが防げると信用されての事なのだろう。ならば応えてやる。
ヴァンズは腕力にものを言わせ鎚を持つ両手を引き戻す。向かってくる震洋に鎚を振り下ろし、ぶつけ合わせる。その衝撃で地面に震洋が打ち下ろされ、だがその跳ね返りを利用し真下から斬りかかって来る。それをまた受け止める。
「ははは! テイゴン!!」
受けた衝撃を全て返す技だ。それもトーゴはさらりと受け流した。自分の斬撃を自分でいなす、それはつまり本気ではないと言う事。流れるように上段からの斬撃。体をひねりそれを躱す。自身左側の地面を抉った斬撃はぞっとするような破壊痕を作ったが、それはヴァンズにとって待ち望んでいた隙だった。左下段から構えた鎚を、足を狙い振り上げる。
だがヴァンズは次の瞬間目を見開くことになる。トーゴの足を砕かんと振りぬかれるはずのアラバンが、動かない。土埃が晴れてみれば、それはトーゴに踏まれて地に鎚頭をこすりつけていた。最早とうに使い慣れ、自身と一体となっている程のアラバンを、まさか重くて持ち上げられないなどと言う事はない。
つまり、トーゴの片足で、自身の剛力は捻じ伏せられたのだ。
「な……」
「【庫蜂】、【削延】」
トーゴは逆に隙だらけとなったヴァンズではなく、地面へと震洋を鍔まで突き立てる。剣を通して地中に衝撃を送り込み、一瞬の地震。その衝撃は凝縮され、噴出する。ヴァンズの立っていた場所だけでなく、訓練場の地面ほぼ地面全てを砕き飛ばし、ヴァンズはその暴力の波に飲まれ、空中へと放り出される。更に堅い土の地面の残骸が幾つも浮きあがり、大岩のようなそれが、勢いを失い落下しつつあるヴァンズに向かい突進して行く。それはまるで童話の中、「妖精の空中王国の崩壊」の如く。
「ぐおおおぉぉぉ!! ッ、ギアータス!!」
瞬間的に身を守る小さな結界を張り、自身は鎚で土塊を弾き飛ばす。全ての破片を叩き落とし着地した時、次はトーゴが眼前すぐそこに迫っていた。
開戦すぐとは真逆の状況で、ヴァンズは見た。爛々と光るトーゴの紅い瞳、薄く持ち上げられた口角、戦いの愉悦に身を窶すトーゴの、その背筋も凍るような表情。
「死ぬなよ」
「っ、う、おおおあああぁぁ!!」
トーゴの放ったのはただの斬撃だ。真一文字に横へ薙ぎ払われ、ヴァンズはなんとか、本当になんとかアラバンで受け止める。その殺しきれない斬撃の余波が、訓練場広場を囲む、座席の下の壁を三分の一程も破壊した。そのすぐ上に座っていた者は、冗談にならないとばかりにあたふたと場所を移動する。
「何を、しやがった……!?」
「じゃあもう一回だ」
トーゴは大きく距離を取り、剣を右下段に構える。腰を落とし、ヴァンズを見据え、少し笑う。
「楽しいな、ヴァンズ」
「……は、ははははは!!!!」
ヴァンズはアラバンを構える。防御の為ではなく、迎撃の為だ。渾身の力を持って、トーゴの攻撃を押し返してやろうという意思。目をギラギラと光らせ、歯をむき出しにして笑う。狂った獣のような表情に、観衆はまた静まり返った。根源の恐怖を連想させるヴァンズの形相が、見ているもの全てを沈黙させる。
対してトーゴは左肩を前にして低く構えている為、口元が隠れて分からない。見えているのは、血の色を湛えて光るその目だけ。研ぎ澄まされた眼光が、周りの空気までもを切り裂かん。
震洋に魔力が瀑布の如く流し込まれた。そして一時の静寂を弾き、二人が動く。
「……【樂船】」
「ダイオーテル・ヴァナープサ!!!」
トーゴは斬り上げ、ヴァンズは叩き下ろす。
トーゴの斬撃から放たれたのは大波と幽霊船だ。黒い海水と暗い亡霊がぶわりと現れ、そして凄烈な勢いで地を砕きやってくる崩れた大船。異様な光景と化した広場の中、ヴァンズは心底楽しそうにアラバンを振るった。ヴァンズに叩き潰され、そしてトーゴが砕き飛ばした、既に崩れた地面が更に崩潰する。爆発したように吹き飛んだ瓦礫と衝撃波が形を成し、蛮族の様な巨人となって現れる。その拳と船がぶつかり、頭の割れるような大音響が観客席を揺らし、亀裂が訓練場に走り回る。
暫し結界内は大量の泥水とその飛沫に覆われ、何もわからなくなった。そして数舜ののち、水が渦を巻いて量を減らしていく。誰がやっているのかと言えば、勿論トーゴだ。つまり。
「……バケモンめ」
どしゃりと泥沼となった地面に膝を付き、前のめりに倒れるヴァンズ。アラバンは折れ、鎧はほぼ粉砕し、その下の服までほぼぼろぼろに破れている。
そしてトーゴはその場に立ち、震洋をすっかり慣れた手つきで仕舞い、背負う。そして、不意にティマエラ達の方を向き、笑いかける。それと同時に、訓練場を割らんばかりの大歓声が響き渡った。
そしてそんな暑苦しい騒ぎの中カニス・ルプスの面々は、改めて知るトーゴの常識外に半ば呆れていた。
「……どうやって驚いたら良いんすかねこれ」
「ふわぁ……ふえぇ……」
「ティスタ、帰ってきて」
「やっぱあんちゃんに賭けるべきだったか……くそ」
「アデンバリー?」
「何でもない」
「あんなトーゴ、初めて見たわい……少々ヴァンズが羨ましいのう、随分楽しそうじゃった」
「おにーさん、顔つきがいつもと全然違ったね……」
ヴァンズの出現させた巨人、あれは魔力を使ってはいるが魔術ではない。「闘術」と呼ばれるもので、近接戦闘職に身を置くものなら、皆大なり小なり幾つか身に着けている。自身の魔力を大量に放出させることで「呼ばれぬ神」の力に干渉し、一時的に特殊な技を繰り出せるというものだ。
ならば魔導士など廃れてしまうのではないかと思われるが、それは無い。ただでさえ少ない魔力を使い発動させるという時点で消耗が激しい事が分かるし、魔導士の純粋な殲滅力には到底及ばない。あくまで奥の手だ。つまりこの規模で発動出来るヴァンズがおかしいだけである。そしてヴァンズも、あの巨人、「ダイオーテル・ヴァナープサ」を発動した場合数日は動けない程疲弊してしまう。
それを平然と上回ったトーゴの力量は説明するまでもない。戦闘というものをよく体で理解している上位の冒険者達は、ただひたすらに戦慄していた。しかも剣士と思われたトーゴが使ったのは闘術では無い。魔術だ。何が起こったのか分かる実力者ほどトーゴを恐れ、迷宮でのティスタと同じ感想を抱いていた。
そうでなくとも凄まじい印象を植え付ける、自身の中でも派手な技を使ったトーゴだ。耳の痛くなる程の歓声が間断なく届く。やり過ぎてしまったかも知れないと反省しつつもそれを少し煩わしく思いながら、ヴァンズに声をかける。しかし気を失ってしまっていて、返答は無かった。きょろきょろと周りを見ると、入口から大きい担架を持った人物が四人走って来るのに気が付く。
「大丈夫か?」
「が、頑丈な人ですから」
トーゴが声をかけると、体を強張らせつつも受け答えてくれた。すっかり怯えられている、やはりやり過ぎた。
救護班に付き添い、通路へと向かう。出るときは気づかなかったが、ここにも結界が張ってあるようだ。すり抜けて暗い通路へ踏み入れれば、歓声が随分遠くに聞こえる。音響遮断効果まであるらしい。
「ぐ……」
うめき声をあげて、もうヴァンズが目を覚ました。手加減こそしたもののダメージはかなり大きかっただろうに、確かに並みの頑丈さでは無い。
辺りを見渡し、どうやら自分が気絶していたことに気が付いたようだった。担架に揺られつつ、トーゴと会話をする。
「ヴァンズ」
「……あぁ、畜生。畜生め、はっはっは……トーゴ、もう用意してあるから、正式なラッケンを受け取っていい。今更認定試験なんざ、バカらしいだろう」
「良いのか? 確かに有り難いが」
「さっさと神鉄まで来い、こき使ってやらぁ」
「……あぁ。ありがとう、楽しかったよ」
「けっ、本気じゃねぇくせによ。こりゃ、神ってのもあながち嘘じゃねぇな?」
「一度も嘘は言ってないさ」
「おじい様、トーゴ!」
カトレアが合流してきた。後ろには一緒に観戦していたカニス・ルプスやティマエラ達。カトレアに祖父をのしてしまった事を謝ろうと思ったが、今の状況でそんなことを言えば、ヴァンズには嫌味に聞こえてしまうだろう。後にした方がよさそうだ。
「大丈夫?」
「あぁ、情けねぇなこんなよ。あんま見んじゃねーや」
「あれを食らって生きてるって方がびっくりなんすけどね、お二人ともおかしいっすよ」
「私達も頑張らなきゃね」
「ティスタって時々ビックリするぐらい前向きだよな、尊敬するぜおい」
アデンバリーはティスタの発言に少し呆れ気味に呟く。どうやら良くある事らしい。
「お疲れ様、トーゴ」
「お疲れ、おにーさん」
ティマエラとミューが労ってくれる。ミューは何故か真っ直ぐ突撃するように抱き着いてきた。軽く頭突きまでして来るのはどういった事か。しかしあれだけの力を見て、怖くは無いのかと一瞬思ったが、そうだ、ミューには【緋為】を見せているのだった。
「ねぇおにーさん、肩に乗せてよ」
「また変わった注文だな」
「戦ってるおにーさんがちょっと怖かったから、尻に敷くことで緩和をね?」
「ん……怖かったか? すまん。……尻に敷くって物理的にかよ」
こんなにも凄まじい力だ。見る者に恐怖心を与え、怯えさせる事は先程の救護班員の反応で良く分かった事だ。きちんと自身の心を制御し、冷静に扱わねばなるまい。自分は何も考えずに楽しんだ所で、護らねばならないミューを怯えさせてしまっては流石にバツが悪いと言うものだ。
「わしは恰好良かったと思うぞ、トーゴ」
ミューを抱き上げた所にティマエラも近寄ってくる。その顔はやけに機嫌が良さげで、しかし何か企んでいるような笑みを浮かべている。その表情を見たミューは少しむっとした。初めて会った時から、少しミューはティマエラに対抗心のようなものを抱いているようだ。トーゴの恋人、その人に会ったので気持ちがわからないでも無いのだが。ティマエラは伊達に何年も生きておらずミューのそんな態度にも気を悪くした様子はないが、後できちんと説明してやらねばと思う。
ティマエラはトーゴの脇に立ち、かかとを上げて耳元に口を寄せ、甘い声色で囁いた。
「……のう、今夜は泊まりに来い。ロベインには許しを得ておる」
「……考えておく」
「……おにーさん、何照れてるの。」
「ほっとけ。」
「いちゃつくなら外でやってくれ。ぶん殴るぞトーゴてめー」
ヴァンズは言われつつ運ばれていった。
少し前まで、抱かれたことはおろか口付けすらしたことが無かったティマエラだというのに、積極的になったものだ。今まで抑圧されていたのだから納得は行くが。思えばティマエラは、初めて抱かれた翌日からキスを迫ってきた。こんな所で大胆な誘いを受けるとは思わなかったので、少しくらりと来てしまう。そうでなくともティマエラは抜群に美人だ。全く最高で仕方がない。
だがしかし、あからさまにティマエラと仲睦まじげにすれば、ミューがじっとりと見つめてくるのだ。流石にそれは居心地が悪いので、なるべくティマエラへの好意は、ミューの前では表に出さないようにしている。ミューの視線、その意味するところは分かっているのだが、ミューが冷静に自分の心の内を見つめられるようになるまでそれに応じてはいけないだろう。
「おにーさん、ちょっと見惚れてたでしょ」
また、ミューが対抗するように逆の耳に囁く。流石に肩には乗らなかったので抱き上げている状態だ。なのでミューの身長でもそれが可能だった。
そしてミューの指摘する、何に見惚れていたかというとだ。
ティマエラは最初迷宮の底で出会った時には、ワンピースとキャミソールを合わせたような白くふわふわとしたものを身に着けていた。そしてその後魔物の素材からツナギを自力で作り、以来二十年程もその格好だ。しかし今は、落ち着いた色合いの柔らかいカットソーにフレアロングスカート、それに編み上げブーツを履き、ロングカーディガンを羽織っている。つまり、何もかも省いて言うのであれば、恐ろしく破壊力がある。一から十まで女性的なティマエラは、朝出迎えに行った際トーゴは一瞬誰だか分からなかった。高い身長によく似合う服を着て、ふわふわとした服にしなやかな肢体が隠れている。訓練場に来るまで何人の男、いや女までが振り向いたか分からない。
「見惚れない要素が無いんだよ……」
なるべく好意は表に出さないとしたトーゴだったが、本音が出てしまう程度には今のティマエラは魅力的だった。
「もーっ」
「ミューちゃん、これは女の私でもトーゴさんの気持ちが分かるよ……ここは諦めよ?」
「そうねー、印象が全然違うわぁ」
「あ、シャウアさん! 来たんですね」
イツキ達も合流してきた。トーゴの戦いぶりについて四人がそれぞれ一頻り感想を述べた後は、シャウアが随分と見違えたティマエラについて、その服はどこで? と話題を引き戻したのだった。
シャウアは初めて会った時のティマエラの格好を覚えていたようで、その雰囲気の変わりように驚いている。肉付きのいいシャウアも普段着ているとしたらこのようにふわふわとしたものでは無いかと思うが、振り返ってみればカトレアとティスタ以外の私服を見たことがない。まぁ当たり前である。いつか見てみたいものだ。
「元々綺麗だったけど凄いよね、服一つでここまで変わるんだ」
「きちんと仲間にもそういうことを言ってやれよ。今度ディステルにもこういう恰好をさせてみたらどうだ」
「殴られちゃうよ、俺。でも確かに見てみたいな」
「おい、ぜってー着ねぇからな。聞こえてんぞ」
「え、でも多分可愛いと思うよ」
「なっ、ば、バカ! 何言ってんだお前!!」
「ね、こうやってからかうと面白いんだ。」
「てめ、ぶっ飛ばす!」
「イツキ、ディステルと出会ったのっていつだ?」
「四年くらい前……かな? どしたの?」
「いや……」
「無視すんなイツキィ!」
面白いくらいに赤くなり、分かりやすい反応を示すディステル。話を聞く限り、こちらの世界に来てからすぐにディステルと行動を共にしていそうだが、ならば気心の知れた仲間となっているだろう。その上でこんな初心な反応をすると言う事は。イツキがどうかは知らないが、ディステルの気持ちは何となく察せた。しかしイツキは気づいていてこんなからかい方をしているとしたら少々意地が悪い。だが仲は悪くなさそうなので何も言わないでおこう。
しかしパーティー内の男女間トラブルの危険性、まさかイツキ達がそれを抱えていたとは。なんだかむず痒いものまで感じてしまう。
「悪趣味だねー。ダメだよイツキ、女の子は大事にしなきゃ」
「お前に言われたくない。てか幾ら稼いだんだよ?」
「うっへっへ。秘密でーす」
観客席にて開かれていた賭け、大穴の「対戦者が勝つ」に賭けたクレバールはどうやらとんでもない額の儲けを出したようだ。アデンバリーが地団駄を踏んで悔しがり、少し哀れを誘われたカトレアが遂には小声で謝罪していた。確かにせっかくのこのお祭り騒ぎの中でカトレアは少し厳しい面があるとも思われたので、アデンバリーへの対応が少し和らぐ事を願っておこう。
「んじゃーご飯行きましょ。もうお昼食べちゃった組も、飲み物くらい入るでしょ? あたしの奢りでいいからさ。れっつごーぅ」
クレバールの提案で、みんなでまた昼食だ。今回はカトレアがきちんと予約を取っていた。イツキ達と出会った場所、キューラルという女将の営業する、「白リスの団栗置き場」だ。




