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出会いと始まり


 声のするほうへ、ざりざりと音をたて進んでいく。


(なんでこんなところに人が……)


 そう、ここは『迷宮』なのだ。ひとたび踏み入ればそこは弱肉強食の世界、命のやり取りが幾度となく毎秒どこかで行われている、そんな場所。


(まさか、遂に踏破されたのか)


 なるほど、この数百年に渡るグルティールの無敗伝説を破るやつが現れたのか。一体どんな奴らがやってきたのだろう。


 『迷宮』内の魔物は、減った数分その階層の核から生まれる。核は固い地中深くにあり存在が確認されているだけなのだが、魔力の流れを俯瞰してみれば、核から放たれた魔力が地中を進み、空気に触れて弾け、その粒子から魔物が生まれることが分かった。どうやらこれは20数年前の研究者の発見らしい。


 この弾ける魔素を、すでにある魔物が浴びればどうなるのか。無論、魔素を取り込み強力で凶悪になる。「フロアボス」となるのだ。それがもとより強いものであったらなおの事である。かのアルマジロの様な魔物グルティールもそうして生まれ、249階層に鎮座していた。このグルティールの金属を思わせる背面装甲と体を丸めての突進攻撃は、恐ろしく脅威となったはずだ。

 それを倒した屈強な冒険者。面倒なので敵対しないようにと願いつつ、声のする広間をひょこりと覗く。


「「「「……人?」」」」


 そこには四人の若き冒険者がいた。


 シャラリと涼やかな音を立て、金髪の女剣士が握っていた剣を抜く。それに追随するように、周りの三人も武器を取った。やたらでかい男は両刃のバトルアクス……というにはあまりに巨大で威圧的な斧。横幅だけで1.5メートルはありそうだ。女剣士は白く輝く白金かミスリルのロングソード。軽薄そうな男は短剣。装飾が見て取れた、オオカミと銅鑼の模様。後ろの少女は折れそうな杖。きっと体を張って頑張ったんだろう、後衛職にしてはなかなか骨があると見る。


 まさに今迷宮を出ようと思ったところに示し合わせたように出会った者たち。不思議な偶然というものはあるんだな、と思う。

 一先ず、努めて穏やかに話しかける事にした。


「ちょっと待て、敵対するつもりはない。」


「何者だっっ!!」


「説明を聞く気は?」


「……会話ができてる、マジで人っすよこれ……」


「そうね、信じられないけど……話を聞くわ、ただしこのままの姿勢でね。構わないかしら?」


「あぁ、好きなようにしてくれ。どう話したものかな……」


 冒険者四人は冷静を装っているが、内心冷や汗を滝のように搔いていた。内心というのは、汗を出さないようある程度意識できる体になっているので、背中にうっすらと汗がにじみ出る程度で見た目には出ないからである。


 なぜ、未踏のこの地に人がいるのか。この『迷宮』は現れて数百年、王国の冒険者が少しずつ攻略の手を伸ばし、ようやっと、ようやっとこの「250階層」にたどり着いたはずなのだ! 


 だというのに……新種の魔物だとしても様相が違いすぎる。会話もできる、身振りは人のもの、言葉も通じる。身に着けているものも文明的。いつの間にか自分たちは幻覚魔法の餌食になっていたのだろうか? だとすればかなり危険な状態である。いったいどこから幻覚なのか……。

 ありえない状況に歯が鳴りそうになるのを必死でこらえる。


「なんだあいつぁ……魔物なのか……人間なのか……」


 アデンバリーはカタカタと手を震わせながらも、兜の内から圧力を伴う視線をまっすぐ前へと投げる。斧の先端へと手の震えが伝わり、グラグラと揺れている。それは心の内を表しているようだった。


「アデンバリー、落ち着いて。サレン、読心。ティスタは出来る限りの解毒と解呪をお願い。」


 必死に前の人物を見据え、堪えきれず大粒の冷や汗を額から流しながらも小声で的確に指示を出す。

 解毒や解呪の魔法をかけてもらっても一向に幻覚が覚める気配がない。ならばこれは……。


「よし、まずは俺がここにいる理由を語ろうか。一番気になるだろうしな」


 語る内容が整理できたのか男は口を開く。


「三十四年前。俺は迷宮(ここ)に逃げ込んだ。」


__________

______


 トーゴ・グンジョー。そう名乗った人物は、自らの過去を赤裸々に語りだした。


「少し昔、俺は魔術を覚えた。不本意だったが。」


 魔術を覚える。それは何のことはない、基礎魔術に分類されるものに至っては貧民街(スラム)の『その日ばかり』共や、奴隷の少年少女たちですら習得していることもある、余りにもありふれた事柄だ。それがどうしたというのか。


 「『あらゆる生命を死に至らしめる魔術』……そんなもんを覚えさせられた。与えられたと言ってもいい」


 カトレア達は絶句する。そんな極端で、横暴で、凶悪で強力な魔術など、聞いたこともない。だがこの男の狂言だろうと早々に切って捨てるには、今の状況は特殊過ぎた。


「…………その力を制御できなかった俺は……ここに逃げ込んだ。そして奥の奥で……こいつと出会った。」


 誰もいない背後を親指で肩越しに指す。冒険者たちが首をかしげる前に、声がかかる。


「なんじゃ、出てっても良いのか?」


「どうせ後から説明する羽目になる」


 岩壁から男らしい格好の絶世の美女が現れる。だが見とれている余裕などありはしない。

 

 カトレアはトーゴの血色の瞳に見つめられ、息ができなくなりそうになる。この息苦しさは死を司るという力のものだろうか。制御「できなかった」というからには、もう今は問題ないと言うことだろうか。自分達は死なないで済むのだろうか。そんな理不尽な力に抗う力が、自分たちにあるだろうか。今は、今はせめて、一人でも多く生き延びることだけ――!!


 カトレアはパーティーのリーダーとして、この状況をどう切り抜けるかを必死に考えていた。実のところトーゴには最初に言った通り敵対意思はなく、トーゴのすべてを飲み込むかのような瞳と渦巻く威圧感、それを感じ取れてしまうカトレア達の技量が誤解を発生させているだけなのだが。


 トーゴはカトレアを気にする様子もなくぽつりとこぼす。


「こいつはな……不死だったんだ」


 またもやふざけた爆弾が落とされた。

 

「…………流石に冗談……きついっすよ……」


 不死。この世界が生まれたときに、神の眷属として監視者の役目を与えられ、5人だけ地上に降ろされた者達である。ならば5人とも生きているのだろうか?

 

 否。


 不死とて不死ではない……不思議な言い方だが、不死は死ぬのだ。脳をぐちゃぐちゃにかき乱されれば。

 奇しくも5人のうち2人はそういう死に方をし、あとの3人は隠遁生活を送るために僻地に籠ったという。


「なら……その美人さんが神の使いだとでも!? 笑えないっすねっ!」


「おや、美人だなんて上手じゃのう。わしは使いではない、神そのものよ」


「……はは、そりゃあ、笑えら。」

 

 アデンバリーが乾いた笑いを漏らすのとは対照に、金髪長身のツナギの女はカラカラと笑う。男の威圧感も、女の存在のあやふやさも、こんなところに人がいたという摩訶不思議な事実も、何もかもが真っ向からそのふざけた話を否定させてくれない。


「ちなみに俺も神だ。正確には神様の力を持ってる人間だな」


「……どういうこと?」


「この世界には名のある神が三柱いるだろ?」


「えぇ……」


「そのうちの二つが、まさに俺らだ」


 大陸リンネンファウゲルには名前を持たない『呼ばれぬ神』以外に、神が三柱ある。「悪」であるアンラ・マンユ、「善」であるスプンタ・マンユ、そして「絶対者」アフラ・マズダ。

 

 アフラ・マズダは世界を跨ぐ最高神とされ、魔人達の住まう領域エシュトラにも信仰団体が存在する。人類領ウラシディカには「悪」の神アンラ・マンユの加護があり、エシュトラでは「善」の神であるスプンタ・マンユが庇護を成しているそうだ。


 アンラ・マンユは人間の領域に住まい、スプンタ・マンユはそれに対抗するため魔人たちを生み出したとされている為、この二つの神は敵対しているはず。


 その二柱は自分たちだと言う。どういうことなのだろうか。


「俺らは『善悪』。人の身に余る力、俺は無限に湧き出る死の瘴気を、こいつは不死の体を授かった。神話の中じゃ敵対しているらしいが、俺らはただ在るだけの存在だ、そんなしがらみは無い。俺らは今、これからこいつの不死を治すために地上に上がろうと思っていた所だ。」


「……なぜ「善」がここに居るの? かの神は魔人と共にあるはずよ。」


「あぁ、多分、アフラ・マズダが「善」を捨てて向こうについたんだ。いつか会うことになるかもしれないな」


 さらりととんでもないことを言ってのける。神に相対するなどというふざけた言動が、しかしこの男にはよく似合っている気がした。


「そんな話を……信じろと?」


 カトレアの声は震えている。無理もないだろう。想像を絶する存在が目の前に現れ、更には到底信じられることのできないような、与太話にしてもくだらない程の事実をこの男は語ってのけたのだ。


「別に、信じなくてもいいさ。ただし邪魔するなら力ずくだ。」


 ぞくり、と四人の体に寒気が走る。この男はやる。自分達を敵に回しても押し通る、それをやってのけるだけの力があると思わせる毅然とした響き。敵対しては絶対にいけないと確信せしめるだけのなにかを、この男は持っている。


 あるいは、今の話が本当なのだとしたら。

 

「じゃあ、お祈りでもしておくべきかしら?」


「は?」

 

 カトレアの唐突な言葉に片眉を上げる。どうやら皮肉は通じなかったようだ。鋭い目元は人間味を感じさせるように撓み、先ほどまでの威圧感などどこかへ霧散していた。皮肉を投げかけた側のカトレアもあまりの雰囲気の変わりように呆気に取られる。全く全貌がつかめないこの男だが、何故だろう、この人物が「悪神」であるとは思えなかった。


「ひとまず……否定する材料がないの、信じるわ。それで……敵対意思はないのね?」


「勿論だ」


「……はぁぁ……なら、少し話したいことがあるのだけれど、急いでるかしら?」


 大きく安堵と疲労を吐き出す溜息をし、ひとまず信用する旨を伝える。リーダーであるカトレアがそう宣言したことで、背後の仲間たちは幾分か緊張を和らげた。いまだ警戒と疑念のまなざしは向けられていたが。


「いや大丈夫だ。それなら小屋に来ると良い。」


「小屋があるのね……ありがとう、私はゲートゲート・アルカトレア・キャットセピア。宜しくね。」


 構えていた武器を下ろし、名乗る。キャットという割にはどこか忠犬のような印象を抱かせる少女だと、トーゴは思う。


「あぁ、宜しく」


「俺はサレン・ペインザックっす。……宜しくっす!」


「アデンバリー・ビビーグランテス。宜しくあんちゃん、綺麗なねーちゃん」


「宜しく。」「宜しくの。」


「私はキャロットティスタ・リースマットです、よ、よろしくお願いします!」


「お主、かぁ~わいいのぉ~~!! うりうり! お! おっぱいが随分ちっちゃいのぉ、仲間じゃ仲間! ナハハ!」


 女がいきなりティスタに抱き着き、涙目になり焦る少女の頭をかいぐりかいぐりとする。それをあきれた目でトーゴが諫める。


「おい、さっさと自己紹介しろ」


「ん、おぉ。ティマエラ・ブレーメンじゃ。宜しくの。」


 にかりと笑い、ティマエラはそう名乗った。後ろ手に手を組み、右足で立ち、左足は空中に遊ばせる。コクリと首を傾けて笑顔を向けてくる彼女は、片田舎、ヒマワリの畑と青空が背景にあれば最高に絵になっただろう。ツナギであっても。



__________

______




 先ほど出発したばかりの小屋に戻ってきて、コーヒーを人数分淹れる。サレンは苦手らしいので紅茶だ。因みにこれらは植物の魔物から作られている。


 カトレア達がこんなところまで潜ってきたのは、ただ単に迷宮探検の為ではないらしい。なにやらエシュトラの魔人達の動きに不穏があるとして、ゆっくりと、だが確実に国は戦争へ向けての準備を進めていた。

 カトレア達を含む名を知られた冒険者達には、迷宮で腕を上げておくこと、と秘密裏に国からお達しがあった。魔人たちや人類領の敵対国に戦争へ備えていることを悟られない為に、わさわざ住まいまで使者が押しかけ、お達しと称して命令を告げて行った。しかしその甲斐虚しく国民にはある程度知れ渡ってしまっているという。

 

「これからどうするつもりだ?」


「未知の領域だから……一旦体を休めて、明日には上に戻ろうと思うわ。」


「そうか、お前らが初めてなんだろう? 250階にくるのは。凄いな、まだまだ若いのに。」


「幸い、才能に満ち溢れていたのよ。」


 とても嬉しそうに「ありがとう」といった直後に、だが冷めた目でそんなことを、自慢でもひねた謙遜でもなくただの事実として口にする。どこか遠くを見ているような、虚ろの向こうに悲しさを含んだまなざしだった。


「大事なことだな。だがそんな表情はその年でするもんじゃない」


「色々あったんすよ、名も売れてくるとね」


 隣で聞いていたサレンが苦笑する。ちなみにアデンバリーはティマエラを口説こうと必死になり、ティスタは出されたクッキーを両手でつかみもくもくと食べている。ハムスターかリスのような小動物を思わせる仕草だ。


 なるほど、冒険者としての仕事と別に、その名に見合うだけの公務に縛られることもあったのだろう。その内で、嫉妬や羨望の波に晒され、欲に捕らわれた者の謀略を潜り抜け、しかしついにここまで来たというわけだ。トーゴにはわからないが、その苦難はまだ若い彼らには辛いものだったろう。


「ここにはトーゴの影響で魔物がおらん。ゆっくりしていくといい、風呂もあるぞ!」


「おぉっ、風呂があんのか! いいなねーちゃん、さっそく案内してくれや!」


「ちょっ、アデンバリー! 一応要注意人物としてこの二人は……!」


「うーん、でもよぉ、悪い奴には見えないぜ、どうもよ。」


「あぁそれに、害するメリットが俺らにはないぞ。」


 優しくトーゴが微笑む。やはりこの男の印象はあやふやだ。なぜ、笑った時だけそんなにも温かいまなざしになるのだろう。なぜ、神の力をその身に受け、地下へと追いやられたというのに、そんな表情ができるのだろう。


「じゃあ……あなたたちは入ってきなさい。私は少し話すことがあるから。」


「いいんすかカトレア? 俺いなくなっても。」


 それは驕りでは無く、単に戦力としての話である。下手な軟派と言う訳でもカトレアが心細い訳でもなく、サレンの「読心」には交渉、商談に大いに役立ってもらったからだ。


「えぇ……だってさっき、一切嘘をつかなかったんでしょ? この人たち」


 小声で受け答える。


「そうっすよ。読心してることに気づいてたかはわからないっすけど」


「じゃあ、問題ないわ。それに……いえ、何でもない。早く汗を流してきなさい、臭いわよ?」


「なっ!! マジっすか!! いってきます!!!!」

 

 サレンが慌ててティマエラたち3人の後を追う。くすくすと笑うカトレアと、それを見送る柔らかな笑顔のトーゴだけが部屋に残った。


 カトレアのそれに、の続きは、どうせこの男の言う事が本当ならば逃げようとしても無駄だろうし、その上で自分達を殺す強さを持っているだろうからあまり警戒した所で意味がない、という余りにもマイナスな言葉だった。カトレアの鋭い観察眼に裏付けされたトーゴへの評価である。だが勿論リーダーとして、それを言葉に出す事はしない。


「話って?」


「そうね、これからのあなたたちの事よ。」


 この男女には謎が多すぎる。人類に敵対しないのだとしても、監視下にはなんとしても置いておきたい。


「地上にでたら、まずどうするつもりか教えてくれる?」


 幾分か口調が和らいでいる。こんな短時間で、しかもあんなに怯えていた少女は何をもってこちらを信用したのだろうか。


「冒険者にでもなるかな、地上をしばらく見ていないから色々な所へ行ってみたい。この国の冒険者なら、ある程度国外へも出られるんだろう?」


 王国デオッサスの冒険者は屈強である。

 国力に後押しされた訓練施設が整えられ、冒険者を含む戦士や魔導士など、「戦う者たち」の為に最高水準の慰安所や宿屋は豊富に設営され、職業によっては税のかけ方までもがそれに拍車をかけている。

 その素晴らしい環境下で蓄えられた有能な戦力を、同盟となった諸外国へ送り込むことも珍しくない。それは国からの特命であったり、荷物や貴族の護送であったり、強力な魔物の討伐任務であったりと様々だ。


 ちなみに、正式なものでは無いものの冒険者には種類が二つある。戦時に優先的に徴兵される「迷宮冒険者」と、戦闘以外に雑用や大工仕事、僻地の調査までもこなす「一般冒険者」である。 一級の冒険者であればどちらもこなすことが当たり前となってくるそうだ。


 長らく迷宮で暮らしていたトーゴは、是非とも一般冒険者となる事を望んでいた。


「なら、冒険者としての登録をする際、ギルドマスターに声をかけてほしいの。これを見せれば会ってくれるはずよ。」


 そう言って、ポーチから銀と青のラウンドシールドの形をしたバッジを取り出す。オオカミと銅鑼が彫られている。


「その時に、詳しく話をさせてもらうわ。そうすれば、この国での自由な滞在を認めてくれるよう、計らうから。」


「……」


 なるほど面倒な話だ、こんな怪しい人物を放っておくわけには行かないということか。だが久しぶりの地上、気ままにのんびりと行動をしたいためにここは耐え忍ぼう。要注意人物として窮屈な暮らしをするのは避けたい。

 しかし、ギルドマスターに話をすれば国での滞在が認められるとは、ギルド組織やカトレアはいったいどれだけの権限を持っているのだろう。


「わかった。だがそこからは好きにさせてもらう。害なを為したりはしないから、安心してくれ」


 自分が恐れられるほどの存在だと、トーゴはわかっている。だからことさら安心させるような言葉を吐いたのだが、面倒を背負ったトーゴの声色は、その実ぶっきらぼうなものとなってしまった。


「ごめんなさい……流石に、事態が事態なのよ。そのバッジには位置確認魔術がかけられているから、国外へ出たり捨てたりしないでね、お願い」


「お願いって……そんなんで大丈夫なのか?」


 それはどう考えても要注意人物に対する態度じゃない。


「適切な処置をするだけの物資がないってのもあるけど……だってあなた、全然嘘つかないじゃない? なんとなく、素直に行動する人だって思うの。私、そこらへんの勘はいいのよ」


「……そうかい、当たってるよ。」


 カトレアのその判断はサレンの意見を踏襲したものではあったが、個人としてこの男は信用に足ると、そう思えたところもあった。 


 トーゴは思う。この少女は一体どれだけの人間の瞳を覗いてきたのだろうか。たった数分、数十分会話を交わしただけでそこまでわかるものなのだろうか。長らく自分は、会話というものをティマエラ以外としていない。この少女は、一体自分に何を見たのだろうか。


__________

______ 



 やがて風呂から3人が帰ってくる。遅いと思ったら、どうやら血や泥で塗れた鎧の大まかな手入れまで済ませてきたようだった。ほかほかと湯気を纏っており、その顔は紅潮している。


「いやーすごかったっすよ! 天然の大浴場!」


「国の温泉よか断然気持ちいいぜ……また入りてぇな」


「見て! お肌つるつるだよ! カトレアも入ってきなよ!」


「大絶賛じゃのう、またここまで降りてこられたら勝手に入れ」


 カカカとティマエラが笑う。


 カトレアも着替えを持って小屋を出る。いつの間にかトーゴがいなくなっているが、まぁ良い、近くにはいるようだ。それより自分も汗を流したい。鎧こそ脱いだが、やはり冒険用の服装というのは窮屈で心休まらない。仲間たちが絶賛する温泉へと、足早に駆けて行く。


 驚愕の連続だったが今日は、しかしよく眠れそうだ。

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