24 ネクタイ
お題「ありがとう」
俺はごく普通のサラリーマンだ。朝家を出て、仕事が終わったら家に帰る。普通の日々。たった一つを除いては。
それは妻。俺たちは恋愛結婚だった。最初は楽しい穏やかな日々が続いていた。これからも続いていくと思っていた。
だが、子供が出来た時から妻は変わった。俺は仕事があって昼間は家にいることが出来ない。だからどうしても育児は妻任せになってしまっていた。育児疲れというものだろう。妻は段々とヒステリックになっていった。
昼間にあったことを、俺が仕事が終わって帰るとヒステリックに怒鳴り散らしながら訴える。公園で会った人に言われたこと、近所の人に言われたこと。最初は俺も真面目に聞いていたが、ヒステリックに拍車がかかる妻にうんざりとしてしまっていた。
そして自然と家に帰る時間が遅くなっていった。外で呑んで食べて帰る日々。それにも妻は気にくわなかったらしい。益々ヒステリックになっていった。それから口論も増えた。
「どうして早く帰って来ないのよ!私ばかりに育児を押し付けるの!?父親としての自覚はあるの!?」
「自覚はあるさ。少し声のトーンを落としてくれ。頭に響くだろ!」
「あなたが呑んで帰って来るからでしょ!」
「呑んで帰って何が悪いんだ!」
「育児の手伝いをしてって言ってるのよ!」
「うるさい!明日も仕事なんだ。寝かせてくれよ!」
「何ですって!?」
俺の心も荒んでいった。家に帰るのも嫌だ。妻の顔を見るのも鬱陶しい。俺はカプセルホテルに泊まるようになった。
そして着替えを取りに家に帰ると、妻が待ち構えていた。
「どうして帰って来ないのよ!子供はどうなるの!あなたは私達を見捨てるつもりなのね!」
ああ、うるさい。
もう妻の言葉は騒音以外には感じなくなっていた。
「着替えを取りに来ただけだ。すぐに出ていく」
「あなた!!」
「うるさい!!うるさい!!うるさい!!」
ああ、そうか。この騒音をなくせばいいんだな。
俺は自分のネクタイを解いて両手できつく握りしめた。
「な、何をするつもりなのよ!」
騒音の元を断てばいいんだ。
俺はネクタイで騒音を締め上げた。いつまでもそうしていた。
「く、苦し……」
「……」
ああ、静かになった。これで家に帰ることが出来る。
「助かったよ。ありがとう」
俺は騒音の元に向かって呟いた。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ」
「ああ、よしよし。これからは安心だよ」