13 もしも
お題「海」
冬の海。それは寒々しく、飛沫が荒々しかった。
私、神谷 昌子は、一人旅で福井県へやって来た。国の天然記念物である『東尋坊』を見たかったからだ。
近くに宿を一週間ほど取り、『東尋坊』へと出掛けて行った。
「熱心ですねえ。毎日東尋坊へ行かれるなんて」
旅館の人が聞いてきた。
「地質学的に素晴らしいんですよ!ずっとここに来たかったんです」
「まあ、お客さまは学者様でいらしたのですね」
「いえ、そんな、学者というほどのものではありませんよ」
「どうぞごゆっくりなさってくださいませ」
「ありがとうございます」
私はさっき撮ってきた東尋坊の写真を眺めた。とても美しい。私はうっとりとした。
そして翌日、私はまたもや東尋坊へ行って、写真を撮っていた。隅から隅まで見なくては……
私はスニーカーで歩きながら、東尋坊を眺めた。見れば見るほど魅了される。
今日で一週間。宿泊先である旅館では一週間しか予約を取っていない。でも私はもっと東尋坊を見たかった。
私は旅館に聞いてみることにした。
「あの、延泊って出来ますか?」
「少々お待ちください」
奥から女将さんが出てきた。
「延泊をお望みと伺いましたが、お間違えありませんか?」
「はい」
「今の時期は空室がありますので大丈夫ですよ。何泊のご予定ですか?」
「あと一週間お願いします」
「かしこまりました」
これでもう少しゆっくり出来る。私はそれが嬉しかった。そして東尋坊へ通う日々。
そろそろ決断しなければいけないかもしれない。私は思った。
延泊して一週間。今日が最後の日。私は東尋坊へと向かった。
海から潮風が上がってくる。波が東尋坊を打ち付ける。
私はこの二週間眺め続けた東尋坊を改めて見た。やはり美しい。
この美しい場所で私は……。あそこのスポットがいいわ。私は吸い寄せられるように東尋坊を歩いて行った。
今私の中にあるのは恍惚感。私は東尋坊からの海を覗き込む形で、次第に体を傾けていった。
ああ、これが幸せなのね。
数日後、ある女性の遺体が東尋坊で発見された。彼女の名前は「神谷昌子」。大学の研究室の同僚を刃物で刺して殺した、殺人犯だった。