9 鏡
お題「鏡」
あたしは「鏡」。デパートの婦人服売場に置かれてるの。中々可愛らしいプランドのお店よ。いつもお客さまたちの着替えた姿を映してあげてるの。今日はどんなお客さまが来るかしら。
「お母さん、ここ!このお店が可愛いの」
「あら、そうねえ」
親子連れね。でも女の子は中学生くらいかしら。ここのお店の服は可愛いけど、あなたには早いんじゃないかしら。
「どうぞ、ご試着も出来ますので」
ニコニコ応対しているのは店長の奈美ちゃん。とりあえず売ることは大事よね。
「これ、試着してもいいですか?」
「はい、こちらへどうぞ」
あらあら、もう試着?早いわね。
「ご試着できましたら、外の大きな鏡でご覧になってください」
シャッ
カーテンの音とともに女の子が出てきた。
「お母さん、どうかな?」
「そうねえ」
「よくお似合いですよ。どうぞこちらの鏡の前へ」
ふふん、あたしが見極めてあげるわ。まず正面。やっぱり中学生には着こなせていないわね。次は横向き。この子痩せてるのね。もう少し体にメリハリがないとダメね。
「……着替えてくる」
自分でも似合わないってわかったのかしら?
シャッ
「……お母さん、いまいちだったよね」
「あなたには少し早いわね。すみません、他も回りますから」
「はい、またのご来店をお待ちしています」
やっぱり買わなかったわね。このプランドは着こなすのが意外と難しいのよね。可愛いけど、少し大人な女性が着ると、カッコよくもなるのよ。
あら、奈美ちゃん、ガッカリしてるわね。でも今の女の子にはまだ早いわよ。
「いらっしゃいませ」
次のお客さまは……少し年齢が上過ぎね。それに体型が……細くはないわね……というより太いわ。このお店のプランドはサイズが限定されてるから、まあ無理ね。
「これ、試着いいかしら」
「はい、どうぞ」
試着するの!?服が破れないかしら?
シャッ
「お客さま、どうぞこちらの鏡の前へ」
あ~あ、服がパッツンパッツンだわ。よく着られたわね。その努力には敬意を表するけど、少し動くと破れるわよ。
「少し肩周りがきついのよね。なんとかならないかしら」
きついのは肩だけじゃないでしょ。ワンピースのお腹も破れそうだわ。
「お客さま、申し訳ありません。当店ではサイズが決まっておりまして……」
「あら、そうなの。わかったわ」
やれやれ諦めたのかしら?全くこういう人は困るわね。それにしてもあたしが映してあげてるのに、中々服に似合う女性が現れないわね。やる気なくすわ。
「いらっしゃいませ」
またお客さまね。あら!中々スタイルのいい女性じゃないの!
「これ、試着いいですか?」
「はい、こちらへどうぞ」
これは期待出来るかもしれないわね。
シャッ
「どうぞこちらの鏡の前へ」
あら!これよ!こういう真面目なタイプの女性が着ると、スタイリッシュに見えるのよ!いいわ!似合ってる!あたしが保証するわ!
「お客さま、いかがですか?」
「……派手過ぎないですか?」
派手!?真面目な子なのね。これがお洒落なのに!
「派手なんてことはありませんよ。当店のプランドはお客さまのようなお洒落な方にぴったりですから」
奈美ちゃん、頑張れ!
「……そうですか?」
「はい、サイズもちょうどいいようですし、何よりお似合いですよ」
奈美ちゃんの営業スマイルが全開だわ。
「……もう少し考えます」
「はい、かしこまりました。またお待ちしています」
奈美ちゃん、ガッカリね。でもあの子はまた来ると思うわよ。
今日もよく働いたわ。もうすぐ閉店ね。
「あの!さっきのワンピース……」
あら、あの子!やっぱり来たわね。
「いらっしゃいませ」
「あの、もう一度試着してもいいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
シャッ
「鏡の前へどうぞ」
やっぱりこの子には似合ってるわ~。もうあたしだったら即買いね。
「やはりお似合いですよ」
「あの、このワンピースに合う靴ってありますか?」
「はい、ございますよ。今お持ちしますね」
奈美ちゃん、張り切ってるわね。
「お待たせしました。このワンピースは紺色ですから、同じブルー系か、グレー、夏に向けては白でも合いますよ」
「そのブルーのパンプスを履いてみてもいいですか?」
「はい、どうぞ。是非鏡の前でご覧ください。お客さまにとてもお似合いですよ」
奈美ちゃん、口説きモードに入ったわね。でも本当に似合うわ!是非買って欲しいところね。
「……とりあえず着替えてきます」
あら、気に入らないのかしら。残念ね。
シャッ
「お客さま、いかがでしたか?」
「……ワンピースと靴、両方ください」
「かしこまりました」
やったわね!奈美ちゃん!やっぱり服に似合う人に買って欲しいものね。今日一番のいい出来事だったわ。
さて、閉店ね。今日もよく働いたわ。また明日も働くためにゆっくりしなくちゃね。
その前に奈美ちゃん、あたしを拭いて綺麗にしてから帰ってよね。