1 時計
お題「時計」
私は銀行員だ。朝からずっとお客さま対応。研修では「にこやかに」と教えられたが、営業スマイルが顔に張り付いたままになってしまっている。
そんな営業スマイルの仮面が外れるのは銀行のシャッターが閉まった後。慣れたとはいえ、やはり疲れる。銀行は閉まった後でも仕事がある。残業も珍しくない。ただ、営業スマイルをしないだけマシだ。
いつもの業務をこなしているときだった。突然真っ黒な服に身を包み、目出し帽にマスクをした男が飛び込んできた。と思ったら、カウンターの女性に銃を突き付け、言い放った。
「金を出せ!金庫に入っているものもだ!」
強盗だった。お客さまが悲鳴をあげる。そのお客さまに別の男が銃を突き付けた。一人ではなかったのか!合計三人の男たちが銀行内に入っていた。一人はお金を要求する係、一人は銀行内を監視する係、最後の一人は入口から外を窺う係。きちんと役割分担が出来ている。計画的な犯行だった。
私はなんとか非常ボタンを押したかったが、動くことは出来なかった。そんなときお金の準備が整ったようだ。強盗たちは逃げようとした。が、誰が通報したのかはわからないが、パトカーが到着した。慌てる三人。
私はほっとしたが、警察官が銀行内に入って来ようとしたとき、強盗犯はロビーにいた一人を人質にとった。
私だった。
銃を頭に突き付けられ、私は身動きもとれない。
「入ってきたらこの女を殺す」
強盗犯の言葉に、警察官も入って来られないようだ。このまま殺されるのか。私はぼんやり思った。現実感がないのだ。
そんな私の耳に聞こえてきたのは、規則的な機械音。
チッ、チッ、チッ
時計?どこから?
私が耳をすませると、私に銃を突き付けている男からのようだ。そして三人は私の元へと集まってきた。
「サツが早すぎる。例の手を使うか」
「そうだな。この女でいいだろう」
男の一人が上着を脱いだ。するとその下からは次元装置の付いた爆弾を装着したベストが現れた。先程の時計の音はこれか!まさか……!
「女!立て!」
私は恐る恐る立ち上がると、爆弾の付いたベストを差し出された。
「着ろ」
「……嫌です」
私にしては珍しく反抗してしまった。しかし、そんなものを誰が着たがるというのだ。強盗犯も私の反応に驚いていたようだ。とそのとき、一人の男が声をあげた。
「おい、時計が進んじまってる!しかも止まらねえよ!」
「なんだと!?」
「女!受けとれ!」
男がベストを私に向かって投げた。受け取ると同時に私は男に投げ返した。そして椅子の陰にうつ伏せになった。
ドオン!!
爆弾が爆発した。私は椅子の陰に隠れたことで、生きているようだ。
ボタッ
私の目の前に何かが落ちてきた。人の腕だった。
それから警察が銀行内に入り、強盗犯を取り押さえた。ただ一人は既に死んでいた。頭がなかったのだ。私の前に落ちてきた腕もその男のものだろう。
多くの警察官が入り、事態の収拾にあたっていた。それを私はまたもぼんやりと眺めていた。
目の前に落ちてきた腕。頭がなかった人間。この世の出来事だったのだろうか。