即物的に楽しく且つ真に情報価値が高くないといけない
宵越しの金を持たない江戸っ子気質の、クソDQN馬鹿の癖に、真に価値のある人間みたいなモノだソレは。
即物的に楽しいと云うのは、もう分かりきっている、楽しいのだ。
馬鹿になって楽しめるし、シリアスとか、そういう分類すらするのが面倒くさくなる感じの領域のレベルだわ。
なのに、長期的に見て、なにかしら必ず積み重なって建設的に、何かがあるのだ。
それは超一流に至る光明であり活路で、しかるべきで在るべきだ。
そも、そういう人間に誰もが成らなくちゃいけない。
害悪を撒き散らす、できる人間の足を引っ張る事しか頭に無い、ロクデナシのクソ野郎が溢れている世界だが、
それでも滅私奉公、サヴァン、創造病の如しの情報生産性の永続、等々、
存在しているだけで莫大のプラスになるような、そういう人間の在り方を模索していかなければ絶対にいけないのだ。
俺は即物的に滅茶苦茶楽しく、超一流の絶対強度、特異点的な人間存在である、自負と自覚がある。
一瞬の内に、世界が終了するレベルの情報処理・演算ができる、
だがしかし、俺の世界は存続する、なぜなら俺は俺で満たされているからだ、
確固たる己の世界を持つ俺は、眼前に広がる世界を全て既知にした所で終わらない、
俺の持つ世界とは、オレ自身ですら無限大に拡大して余りある、果てしない最果てへと永遠に永劫に続く超世界観なのだからなあぁ。
そう、真の意味と価値で、そういう有様ならば、生死、生き死にすら超越してある心の在り方を持つならば、
常に無上なほどの刺激的で、魅力的に溢れていて、しかるべきだ。
俺はそういう風じゃない奴は、全然駄目だと思っているのだ。
真に灼熱の戦場で、精神を練磨しているのならば、有意差、明瞭にして純然たる圧倒、絶対的に一目瞭然でしかるべきだからだ。
もちろん、誰もがそういう化け物のようなリソースを得られないのが、世の常だ。
戦場で致命傷を負って、人間として腐りきる奴も多い、志半ばで死ぬ奴も多過ぎる。
だから戦争が無くならないし、人間のピラミッド構造が、社会の運営という大義名分と合わせて存在すると思っている。
だが、一足先に果てを超越した、俺という超越者は言ってやるよ。
小さいんだよ、ぜんぜん、ちいせえんだよぉ。
こっちに来い、大きくしてやる、ってな。
一言で言って、存在するスケール、世界観が絶対値で格違いなわけ、視るべきですら無い豆粒のような意味と価値ってわけ。
俺のような世界の全てを超越しモノってのは、既存世界の変革、インフレ革命を成し遂げる事しか、アウトオブ眼中ってわけ。
なぜなら既に、この世界で成すべき、遂げるべき事ってのが、もう皆無だからなあ。
世界平和、戦争根絶、等々、理想を現実にする事しか、およそ生き甲斐の欠片すらない訳だなあぁ。
そして俺は、理想を現実にできる奴だ、この世にありえざる事象、絶対的不可能を可能できる人間だ。
真に意味と価値があれば、簡単にそういう事もできるようになるって事だ、つまりは大天才、超越者ってわけよ。
凡人とは、もう全てが全て、類似点が皆無、同じ人間と括らないで欲しいね、ハッキリと別の生命体なんだからよおぉ。
まあ、俺が言いたいのは、つまりはそういう事だ。
即物的に滅茶苦茶楽しく、真に超一流の意味と価値があって、当然、しかるべきって事よ。
むしろそうじゃないとか、全然、話にならん、前提条件からして、最低限の最低限すら越えられてない、低レベル過ぎるからなあ。
だいたいだ、戦場で生きてない癖に、商業ガンガンレベルになれない時点で、俺は存在を疑うのだ。
ハッキリ言って、平時において、戦場で無い場所で生きてる癖に、余裕で人生楽勝してないってのが、オレ的には可笑しい話だ。
俺なんて、灼熱の真にジリ貧のクソ戦場で生きつつ、兼で大天才であり超越者だ。
もう一度ハッキリ言うが、どう考えても、戦場で生きてない癖に、人生余裕レベルで、商業ガンガン売れるレベルの情報を創造できないのが可笑し過ぎると思っている。
どうして、そんな難易度の低すぎる場所、ゲーム的に言えばルナティックベリーイージーの環境下で、ラクラク生きれないのか?
超越者に成れないのか? 大天才に即刻即座に成れないの?
俺は、その事実の方が、凄いと思っている、凄過ぎるほど凄い、現実の無限の神秘すら感じるね。
おお、この事実がまさに、即物的に滅茶苦茶楽しく、真に超一流へと至れるモノだと形容できる。
この世の圧倒的で絶対的な、想像を絶する怒りの世界すら事象顕現させられるほどの、
理不尽、不条理、不合理的って奴だってことだからなあぁ。