ピーターの苦難の日々1
この度、本作の後日談にあたるエピソードを公開することにいたしました。内容はそこまで長くするつもりはありません。真一達のその後と新たな登場人物であるピーターの日々を楽しく綴れたらなと考えております。
更新速度は相変わらずののんびりモードであるとご理解ください。
「ひぃいいいいいいっ!」
死に物狂いで逃げ続ける。
僕を追いかけるのは全長約二十メートルの怪物『ドラゴンモドキ』だ。
奴は大口を開けて、今にも僕を飲み込みそうだった。
「死ぬぅうううううう! もう無理!!」
「ぐぎゃおおおおお!」
命からがら岩穴へと逃げ込む。
直後にズシン、と揺れてモドキが岩にぶつかった。
ぎょろり。
大きな目がこちらを覗く。
僕は奥に逃げて隅に身を潜めた。
こわいこわいこわいこわい!
だから無理だって言ったのに!
脳裏によぎるのは師匠の顔だ。
そして、あの会話が思い起こされる。
『今回の修行は、一人でモドキを倒すことだ』
『無理です』
『いいや、お前の力なら確実に倒せる。もっと自分の力を信じろ』
『信じられません。だから無理です』
『無理ではない。できるのだ』
『できません。全力で拒否します』
『師匠の言葉を信じられないのか』
『じゃあ聞きますけど、僕って何回死にました?』
『…………』
『三回です。師匠に反魂の力がなければ僕はこの世にいません』
『とにかく頑張ってこい!』
『ちょ、転移なんて卑怯――うあああああ!』
こうして今に至る。
兎にも角にも僕はあの怪物を倒さなければならないのだ。
思えば師匠と出会ったのが運の尽きだった。
最初は強くなれるとか夢を見てたけど、地獄のような修行を味わったおかげで、今では景色が色あせて見える。絶望というのはきっとこんな感じなのだろう。
索敵スキルを発動させモドキの居場所を確認する。
しばらく穴の入り口でウロウロしていたが、出てこないと分かると離れていった。
ようやく外に出られるわけだが、あいつは嗅覚が鋭い上に臭いを覚えているので、すぐにまた追いかけてくるはずだ。
もうしばらく休憩しよう。
ここはモヘド大迷宮の十六階層、豊かな森林が広がる広大なフロアだ。
昔はただの迷宮フロアだったそうだが、師匠が改造を行って現在はアウトドア場及び僕の修行場となっている。
で、今は上と下の階段が塞がれているので、僕の牢獄と化している。
「帰りたい……お腹減ったなぁ……」
リュックからビーフジャーキーを取り出して囓る。
早く修行を終えて温かい食事をしたい。
それからお風呂に入ってふかふかの布団で眠りたい。
かれこれ師匠に弟子入りして数ヶ月が経過している。
その間、僕は一度たりとも地上――モヘド大迷宮から出ていない。
なので学校や世間で僕がどういった状態にあるのか全く知らない。普通に考えれば行方不明になって警察が捜索をしていることだろうが、なにせ僕の師匠はあのタナカ家の初代当主、田中真一だ。
裏で手を回して都合の良いように事態を収めているだろう。
それはそうとやはり気になるのは両親だ。
僕が師匠に弟子入りしたのは、両親の惑星開発団行きをなんとかしてくれるって話だったからだ。
惑星開発団は無人の惑星をテラフォーミングする、現在最も注目されている事業だ。
参加する労働者は高い賃金をもらえて食事も寝床も与えられる。ただし、一度参加すればむこう十年は戻ってこられない、過酷な業務としても有名だ。
これで約束が守られなかったら、僕は両親と十年会えないこととなる。
もしそうなれば最悪だ。肉親のいない長く孤独な時間が僕を待っている。
地上は、家は、どうなっているのだろうか。
不安が募る。
「それはそうと、どうやってモドキを倒そうか」
思考を切り替え修行に集中する。
どちらにしろアレを倒さなければここからは出られない。
なんせ師匠は僕が死ぬまで修行は中断しないからなぁ。
あの人は頭がおかしい。どうかしてる。
「手持ちの武器は……」
【ステータス】
名前:ピーター・ロックウッド
年齢:十六歳
種族:リトルホームレス
職業:学生・雑用
魔法属性:勇
習得魔法:ブレイブチェーン
習得スキル:双剣術(中級)、体術A(中級)、体術B(中級)、索敵(中級)、身体強化(中級)、超感覚(初級)、自己回復(初級)、雷閃乱舞(中級)、同化吸収、黄龍の闘気
――これだけ。あとはリュックに入ったアイテムやら食料などの細々とした物。
師匠は僕がモドキに余裕で勝てるみたいなことを断言してたけど、このステータスが良いのか悪いのか判然としないのでいまいち確信できない。まぁそこそこ戦えるのは確かなんだけど、相手がモドキだからなぁ。万が一もありえる。
ちなみにだけど、僕はヒューマンから一度進化している。
その際、師匠が進化先を強引に変えたらしく、気が付けば聞いたこともない種族になっていた。
ハイヒューマンになりたかったのに。かなり残念だ。
「やっぱりあいつを罠にはめる方が安全かな。この辺りで良さそうな地形は……」
懐から取り出した手書きの地図を眺める。
モドキに追いかけられながらも地形の確認だけはしていた。いざというとき何が役に立つか分からないからね。それに逃げ込める場所は把握しておいて損はない。
僕はここから最も近い場所にあいつをおびき寄せることにした。
◇
このフロアには師匠が品種改良して作った『白鉄樹』と呼ばれる植物が繁殖している。地中から鉄分を大量に吸収するらしく、そのおかげで強靱でしなやかな素材となるそうだ。
そんな大木が密集する白鉄樹の森がここには存在していた。
「そろそろかな」
枝の上でしばらく待っていると大きな足音が聞こえる。
どうやらお出ましのようだ。普通の木々を体当たりでへし折りながら直進していた。
この森に入ったらもう簡単には進めないよ。トカゲ君。
枝から飛び降り着地。はっきりとモドキの視界に入ってから逃走を開始する。
「ぐぎゃああああああ!」
完全に僕をマークしている。
このフロアには僕よりも良い餌があるのになぜか優先度は高いようだ。
もしかすると師匠が不思議な力を使って洗脳でもしたのかな。
あの人は嘘だろって思うようなことを平気でしてくるから怖い。
この前も「痛みに慣れろ」とか言って手に釘を打ち込んできたし。さらにその前は死体に慣れておくのは良いことだとか言い出して、僕を腐敗した死体のある部屋に一週間閉じ込めた。
ああ、思い出しただけで怒りに震える。
地上に出たら訴えてやろうか。
白鉄樹の森に入った途端、モドキは大木に頭を打ち付け足を止めた。
堅すぎてへし折ることができなかったのだ。
「それくらいで諦めないよね。こっちこっち」
「ぐるぅ」
モドキは頭を打ち付けながらなんとか進む。
次第にここの樹は折ることができないと気が付いたようで、速度を落とし樹と樹の間を縫うようにして追いかける。
僕は森の中ほどで枝に飛び移り魔法を行使する。
「ブレイブチェーン」
黄金に輝く鎖がドラゴンモドキを縛った。
この魔法は僕の意志の強さが強度になっている。
つまり固い意志を持つほど鎖は相手を強固に縛り付けるのだ。
モドキは全身に絡みついた鎖に体をよじる。
その度に僕の精神が揺れるが、集中力を高め決して拘束を緩めないように力を注ぐ。
しゃりん。双剣を抜き放った。
眩く光を反射するアダマンタイトの双剣。
師匠が僕の為に造ってくれた僕だけの武器だ。
超感覚発動。
周囲の時間が遅くなる。
さらに身体強化をかけて斬りかかる。
どすっ。
双剣が頭部に突き刺さった。
激しく暴れるモドキ。必死に剣にしがみつき耐える。
ぶちり。集中が途切れ鎖が引きちぎられた。
咄嗟に剣を引き抜き後方へと跳躍するが、体を横に回転させた奴は太く長い尻尾で、僕を強烈に叩いた。
体が木々に当たり、まるでピンに弾かれるパチンコ玉となる。
背中から大木に直撃し、ずるりと地面に落ちた。
「今のはクリティカルだったよ。頭がくらくらす――!?」
立ち上がったところでハッとした。
モドキはブレス攻撃の予備動作に入っていた。
しかも僕はその直線上、攻撃範囲にいる。
反射的に双剣をクロスさせ防御の構えをとる。
一瞬にして高熱が僕を飲み込み熱が皮膚を焼いた。
ブレス攻撃が消え失せ僕は片膝を突く。
なんとか耐えた。すぐにここから離脱しなければ。
「嘘だろ……」
モドキはすでにブレス攻撃の予備動作に入っていた。
さっきのは本気じゃなかったんだ。
僕の動きを止めるためにあえて短く吐いた。
不味い。本気が来る。
先ほどとは比較にならない炎が襲う。
みるみる皮膚は炭化し、勢いに体は少しずつ後ろへと流される。
脳裏に死の文字がよぎった。
「そう何度も死んでたまるか!!」
受け身になるな。攻撃に出ろ。
地上へ戻るために前へ進め。
自分の力を信じるんだ。
「うぉおおおおおおおおおおっ! 雷閃乱舞!!」
雷光を発する双剣は炎を切り裂き散らす。
攻撃を攻撃で相殺し、ひたすらに前へ前へと疾走する。
もうすぐ、もうすぐ奴に届く。
来た!
奴の口の真下にスライディング、剣を突き刺し勢いのまま腹を縦に裂いた。
大量の血液が噴出し、臓物がでろんと地面に落ちる。
激痛にモドキは暴れ始め、僕はなんとか真下から脱出して這いながら岩陰に隠れた。
「はぁ、はぁ、やばかった、また死ぬかと思った」
音が止み岩陰から顔を覗かせる。
ドラゴンモドキは小さく呼吸をしながら地面に巨体を横たえていた。
間違いなく直に死ぬだろう。つまりは僕の勝ちだ。
どっと体から力が抜けて倒れた。
「よくやったな」
真上に師匠の顔が現れる。
しかもいつも以上に嬉しそうにニンマリしていた。
「地上に戻れるぞ」
「え!?」
「修行はひとまずここで終了だ」
や、やったぁぁああああああ!
ようやくこの地獄から解放される!!
「次の修行は一ヶ月後からだ」
「まだ続く!?」
「当然だろう。なんせ儂のいい暇つぶ――じゃなかった、どこに出しても恥ずかしくない一人前の男にするのが師匠としての責任だ」
「今、暇つぶしって言いましたよね」
「言っていない」
師匠は無表情になって首を横に振る。
絶対言ったと思うけど。
こうして僕の修行は終わりを告げた。
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