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天使の恋

作者:日下部良介
高千穂絵麻さんへのギフト小説です。
 こんな日に限って…。

 電話があったのは勤務時間終了の1時間前だった。電話を受けた婦長が私を手招きした。なんだか嫌な予感がする。
「高千穂さん、今夜シフト変わってもらってもいいかしら?田中さんのお父様が亡くなられたそうなの。次の夜勤までお休みにしてあげるから」
「えっ?でも…」
「あなたしか居ないのよ。お願い」
 そう言って婦長に拝み倒されたら、断れない。今日は大切な用事があったのに…。


 三週間前。
 あの日も夜勤だった。珍しく救急外来も無く平穏に時間が流れていた。そんな空気の中、突然の館内放送がナースセンターに鳴り響いた。
『救急受け入れます!バイク事故、26歳男性。腹部からの出血あり。全身打撲で右足脛(けい)骨に骨折の可能性あり』
 私たちは救急搬送口で患者を受け入れるため待機。間もなくサイレンの音と赤い光が路上を照らしながら近づいて来た。救急車が到着してストレッチャーが下ろされる。運び込むのと同時に救急救命士が患者の症状を当直の外科医に伝えている。私も医師に着いてストレッチャーと共に手術室に入る。患者は苦痛に顔を歪めている。
「大丈夫ですよ。頑張って!」
 私はその患者に呼び掛ける。その時、ふと患者と目が合った。痛みに顔を歪めていた患者がその瞬間、私に向かってウインクをした。
「なにをしてる!早く来い」
 思わず立ち止まってしまった私を医師が怒鳴りつける。
「すみません」
 手術室では麻酔医が準備を整えて待っていた。
 腹部の傷は転倒した際にガードレールにぶつけた時のものだと言った。内臓に損傷はない。救急救命士の措置が良くて出血も最小限に抑えられている。すぐに縫合された。
 骨折は足首の上あたりらしいが外見上の変形は見られない。どうやら不全骨折で済んだようだ。縫合を終えてから念のためレントゲンを撮った。脛骨にひびが入っているがギプス固定で済みそうだ。
 措置を終えた患者は病室へ移された。病室へ移された時、患者は意識を失っていた。所持品から身元を確認し、家族に連絡を取ることが出来た。二時間後、母親が車で駆けつけた。当直医が怪我の状況を説明している。
 彼の名前は()(むら)(あつし)。26歳、公務員。

 明け方、患者が目を覚ますと、母親は我が子の無事を改めて喜び目に涙を浮かべた。見慣れた風景ではあるが、未だにそんな場面に遭遇するともらい泣きをしてしまう。
「そんなんでいちいちもらい泣きしていたらこの商売勤まらないわよ」
 婦長がぽんと私の方に手を置いた。


 そんなことを思い出しながら私は担当の患者の様子を看て回った。そして、80号室へやって来た。
「あれっ?絵麻ちゃん今日は夜勤なの?」
 吉田という男性患者に声を掛けられた。
「田中さんのお母様が亡くなられたんです。それで急に代役で」
「ご愁傷さま」
「それ、私に言ってるの?」
「あ、いや、田中さんに…」
 そして、私は彼のもとへ。
 今日は彼が退院する。本来なら午前中に病院を出て行くのだけれど、予約入院の予定も無かったので私が勤務を終える時間まで待ってくれることになっていた。私が急に夜勤になったことを告げると、彼は「仕方ないよ」と、荷物の整理を始めた。
「ごめんなさい。明日、明けたらすぐに連絡するから」
「連勤なんだから、無理をしないでね。じゃあ、明日待ってるよ」
 彼は優しく微笑んでくれた。私は煮え切らない思いでいっぱいだった。そんな私の気持ちなどお構いなしにPHSがなった。私は彼に別れを告げて病室を出た。


 彼が運び込まれてきた夜勤日の二日後、私は日勤の通常勤務で出勤した。
「高千穂さん、この前のバイク事故の患者さんを担当してくれる?」
 婦長に言われ、私は医師の回診に付き添った。彼は右足を固定されベッドに横たわっていた。
「どんな具合ですか?痛みはどうですか?」
 聞きながら医師は彼の足をギプス越しに触れてみる。
「痛い!」
 彼が悲鳴を上げる。
「そんなに痛む?じゃあ、後で痛み止めを出しておくから」
 医師はそう言って私に目配せした。
「解かりました。朝食の後に処方します」
 医師は頷くと、他の患者へ向かった。私も後に続こうとした時、カーディガンの裾が何かに引っかかった。振り向くと、彼が私のカーディガンの裾を引っ張っていた。彼はけげんな表情を浮かべていたわしにウインクして、もう片方の手で何かを私に示している。私はそれを受け取ると、それが何かも確認せずに素早くポケットに突っ込んだ。
「高千穂くん、どうかした?」
 医師に尋ねられ、「なんでもありません」そう答えて、医師のそばに駆け寄った。彼は何事も無かったかのように鼻歌を奏でている。

 朝食の配膳の時、再び病室を訪れると、彼が私に尋ねてきた。
「返事は?」
「返事?」
「そう。さっき渡したラブレターの返事」
「ラブレターですって?」
 言ってから私は思わず口を塞いだ。
「絵麻ちゃん、またラブレターをもらったのかい?」
 吉田さんがからかうように声を掛けてきた。
「またって?」
 彼が吉田さんに聞き返す。
「絵麻ちゃん、モテるからライバル多いぞ」
「そうなんだ」
 彼が私の顔を見てにっこり笑う。
「吉田さん、変なこと言わないで下さい」
「だって本当のことだろう?」
 私は吉田さんを無視して、彼に痛み止めを渡して食後に必ず飲むように念を押した。
「これ、飲んだら早く治るの?」
「そう言うわけではないけれど、痛みは少し楽になると思いますよ」
「解かった。じゃあ、ちゃんと飲む。それとちゃんと読んでね。さっきのラブレター」
 それには答えずに、私は病室を後にした。

 ナースセンターに戻った私はポケットから彼に貰ったものを取りだした。細かく折りたたまれていたそれはベッドわきのサイドテーブルに置かれていたメモ用紙だった。そのメモ用紙は小さな文字でびっしりと埋め尽くされていた。
“あの日、ボクは天使に出会った。死にそうなくらい傷んだ体で運ばれてきたこの病院で天使に出会った。天使がボクに「頑張れ」と言った。だからボクは頑張った。野ウサギが居たんだ。ボクは咄嗟にハンドルを切った。流れる風景の中で道路わきに消えて行く野ウサギが見えた。「良かった」そう思った。けれど、ボクはバイクと共にガードレールに激突した。腹をやられた。そう思った瞬間もうダメだと思った。でも、天使がボクに「頑張れ」と言った。ボクは天使に救われた。だから、ボクの命は君のもの。これからはボクが君を守りたい。”
 私はそれを読み終わって、ため息を吐いた。気持ちだけはありがたく頂いておこう。だって、それが私の仕事なのだから。運ばれてきた患者にいちいち感情移入していたらきりがない。

 その後、彼が私に“返事”を要求することはなかった。私も大勢居る患者の一人として彼に接した。
 一週間ほどしたある日の夜、私が夜勤の日。深夜にナースコールが鳴った。コールしたのは彼だった。
「806号室の日村さん、コール入ったので行って来ます」
 婦長に告げて私は彼の病室に向かった。彼のベッドにはほんのりと明かりが灯っている。
「日村さん、どうしましたか?」
「やあ。来てくれたのが君で良かった…」
 彼はそう言って微笑んだ。
「そこの引き出しを開けてみて」
 私は言われたとおりに引き出しを開けた。引き出しの中にはリボンがかけられた小さな箱が入っている。
「開けてみて」
「でも…」
「いいから開けてみてよ」
 私は迷ったけれど、その箱を開けた。天使の羽根があしらわれたネックレスだった。
「ハッピーバースデー」
「えっ?」
「今日、誕生日でしょう?」
「え、ええ…。そうですけど、どうして?」
「吉田さんが教えてくれたんだ」
「でも、こんな高価もの、頂けません」
 私がネックレスの入った箱をサイドテーブルに置くと、彼は独り言でも言うように話し始めた。
「本当は退院したくないんだ。ずっと君のそばに居たいから。でも、君が「頑張れ」と言った。だから精いっぱい頑張って早く良くなるよ。そしたら、正式にお付き合いして欲しいと思う。少しでもその気になったらでかまわない。ボクが退院する前に君の連絡先を教えてもらえたら嬉しい。今日はゴメンね。こんな時間に呼び出して」
 なんと答えていいのか判らなかった。でも、彼の気持ちは嬉しかった。私はサイドテーブルからメモ用紙を1枚切り離し、ペンを手に取った。携帯電話の電話番号とメールアドレスを書いて彼に渡した。
「いいの?」
 彼が言う。
「はい」
 思わずそう答えていた。
「ありがとう!最高の誕生日プレゼントだ」
「えっ?」
「同じなんだよ。ボクも今日が誕生日」
 私と彼が同じ誕生日だったことには驚いたけれど、それよりも彼の誠実な態度に私心を惹かれた。彼は吉田さんに私の誕生いを教えてもらった問うけれど、吉田さんがどうして私の誕生日を知っていたのかはこの際、詮索しないでおいてあげよう。こんな素敵な誕生日を迎えることが出来たのだから。
 私は彼からのプレゼントを受け取って病室を後にした。

「日村さん、どうだった?」
 ナースセンターに戻ると婦長に聞かれた。
「重症です…」
「えっ!」
「あ、いや、なんでもないです」
 重症なのは私の恋心。今もまだ顔が火照っている。そんな顔を婦長に見られたくなくて、私は婦長に背を向けて席に着いた。

 夜勤が明けると、私は着替えて更衣室を出た。そのまま彼の病室へ行った。
「あれっ?」
 不思議そうな顔する彼。私の普段着の姿を彼に見せるのは初めてだった。
「仕事は終わったの。だから、もうプライベートなの」
「えっ?」
「個人的にお見舞いに来てあげたの。夜勤明けだから、フルーツの盛り合わせは持ってこられなかったけど」
 彼は子供のような笑顔を見せてくれた。そして、私の全身をなめるように見ている。なんだか恥ずかしい。そして、彼の目が私の襟元に届くと、急に声をあげた。
「あっ!それ。早速つけてくれたんだ」
 そう、彼がくれたネックレスを私はつけて来た。彼は満足そうな顔をして微笑んだ。
 それから私たちの関係は急速に進展した。しかし、勤務中はあくまでも看護士と患者。けれど、そうでないときはお見舞いに来た彼女として。まだ、彼女と言える存在なのかは判らないけれど、彼のそばに居ると幸せな気分でいられた。


 リハビリも順調で、ついに彼は退院することになった。
「一緒に出よう。そしたら、ボクの部屋で退院祝いをして欲しい」
 いきなり彼の部屋というのは少し抵抗があったのだけれど、今まで一緒に暮らしていたようなものだったから私は勤務が終えたら一緒に帰る約束をした。
 なのに、連勤で夜勤に入ることになった。私は後ろ髪をひかれる思いで彼にそのことを告げた。

 救急外来を受け入れるために救急搬送口に出た時、松葉杖をついてぎこちなく歩いて行く彼の姿を見かけた。
 翌日の夜勤明け。私は病院を出ると彼に電話を掛けた。
「終わったわよ」
『知ってる』
「どこへ行けばいいかしら?」
『そのまままっすぐ歩いておいで』
「えっ?」
 私が顔をあげると、正面の道路の向こう側に彼の姿があった。
『迎えに来たよ』
 気が付いたら私は走り出していた。そして、彼の前まで行くと思いっきり彼を抱きしめた。




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