再出版記念ショートストーリー②『キャロルとセリアの悪だくみ』
お小遣いがもっと欲しい――それはセリアとキャロル、ふたりの願いであった。
給金は毎月貰っている。けれども給金の三分の二は母ジジルに取り上げられ、将来の貯金になっているのだ。
もっともっと欲しいと訴えても、ジジルは頷かない。
それどころか何に使うのかと聞かれ、二人の金遣いを知られてしまう。
お揃いの髪飾りを買ったり、流行りの喫茶店で飲み食いしたり、恋占いをしにいったり。
ジジル曰く、そのどれもが無駄遣いになるというのだ。
どうにかしてお金稼ぎをしたい。思い悩んだ挙げ句、セリアとキャロルは兄アレンに相談した。
「え、お金稼ぎをしたいって?」
「いいお仕事ない?」
「何か紹介して~~」
「いや、ここ以外で働いたら母さんに叱られることなんてわかっているだろうが」
それに関しては二人も把握している。キャロルとセリアが言いたいのは、アレンがしている内職の仕事をしたいというのだ。
「アレンお兄ちゃん、たまに外で売るお菓子を作っているでしょう?」
「夜中にせっせと焼いているやつ」
「お前ら……」
「前に商人とお話ししているところをこっそり聞いていたの」
「一度や二度ではないよ」
「よく今まで黙っていたな」
弱みになるだろうと思って、セリアとキャロルはここぞというときまで言わなかったのだ、と胸を張って主張する。
「本当、悪知恵だけはよく働くな。そういうところ、母さんにそっくり……いや、なんでもない」
アレンが悩む様子を見せていたので、セリアとキャロルは最終兵器である「お父さんとお母さんに言いつけてやる!」を発動した。
しかしながらそれは不発に終わる。
「いや、母さんと父さんは知っているから」
「えー、そうだったんだー」
「内緒のお仕事じゃなかったんだー」
セリアとキャロルはがっくりと肩を落とす。
「迷っていたのは商売相手が貴族様だからなんだよ。お前達には務まらないだろうと思って」
「あー」
「無理かも」
貴族相手の商売がどれだけ大変で、トラブルになったときに厄介だということを二人はわかっていた。あっさりと引き下がる。
「小遣いが欲しいなら、少しだったらやるよ」
「えー、いい」
「いらない」
セリアとキャロルはお小遣いが欲しいわけではない。自分達でお金を稼いで、好き好きに使いたいのだ。
「なんだよ、その意識高い感じは」
「だって苦労しなきゃ楽しくないし」
「そうそう!」
ならば、とアレンは悪知恵を二人に叩き込む。
「旦那様相手に商売するのはどうだ?」
「旦那様?」
「どうやって?」
アレンは「ふふふ!」と得意げに笑い、セリアとキャロルに悪知恵を伝授する。
「旦那様に好物のチョコレートケーキを売り込むんだ」
「それって、奥様が得意なやつ?」
「おいしいやつだ!」
何を隠そう、彼らの主人であるベルナールは、妻アニエスが作ったチョコレートケーキが大好物なのだ。
しかしながら、アニエスは現在妊娠中でチョコレートケーキを作れない。
「飢えた旦那様相手にチョコレートケーキを販売する。絶対に買ってくれるはずだ」
「いいかも!」
「でも、奥様にチョコレートケーキの作り方を聞くのはちょっと」
悪阻で辛そうにしているので、なるべく負担をかけたくない。
そんな二人に、アレンがとっておきの情報を伝授してくれる。
「実は奥様にチョコレートケーキを教えたのは俺なんだ」
「だったら!」
「作れる?」
「ああ、任せてくれ」
すぐさまセリアとキャロルはアレンに頭を下げて、レシピを伝授するよう頼み込む。
それはナッツがふんだんに使われた、とっておきのチョコレートケーキだった。
セリアとキャロルは一生懸命チョコレートケーキの作り方を習い、完成させたのだった。
その日の晩、セリアとキャロルは玄関にテーブルを置いてお店を開いた。
ベルナールの帰宅と共に、呼び込みを開始する。
「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー」
「どうぞ見ていってくださーい」
「なんだよ、それ」
「ケーキ屋さんです!」
「チョコレートケーキですよ」
呆れた様子を見せていたベルナールだったが、チョコレートケーキに気づくとハッとなる。
「もしかして、アニエスのチョコレートケーキか?」
「(アレンがアニエスに教えた)チョコレートケーキですよー」
「あの(アレンがアニエスに教えた)チョコレートケーキです」
ひとつ味見をするように差し出すと、ベルナールは嬉しそうに頬張る。
「んん?」
「どうかしました?」
「喉に詰まりましたか?」
「いや、いつものアニエスが焼くチョコレートケーキではないと思って」
「なんでわかるの!?」
「怖すぎる!!」
ここでジジルがやってきて、何をやっているのかと叱られる。
「だって、お金が欲しいんだもん!」
「旦那様相手に商売するんだったらいいでしょう?」
ここでベルナールは怪しいチョコレートケーキ店について察したようだ。
「このチョコレートケーキ、お前達が焼いたのか」
「まあ、そう、かな」
「焼いたけれど」
「やっぱり。アニエスは悪阻が酷いから、ケーキなんて作れるわけがないからな」
ジジルが「すみません」と謝罪したが、ベルナールは「いいよ」と言ってお金を差し出す。
「え、いいの!?」
「こんなに!?」
その金額はチョコレートケーキをすべて売っても手にできないような金額だった。
「旦那様、無理して買わなくっても」
「いや、いいよ。アニエスはチョコレートだったら食べられるって言っていたんだ。これも食べられるかもしれない」
そう言って、ベルナールは大量に買ってきていた板チョコを皆に配る。
アニエスのために買ってきていた品らしい。
「チョコレートケーキも買う予定だったんだが、店が閉まっていたから助かったよ。ありがとう」
ベルナールはそう言って去っていく。
ジジルはため息を吐いていたが、セリアとキャロルは大喜びした。
「やったー!」
「嬉しー!」
しかしながらふと、気になることがあったのでジジルに聞いてみる。
「旦那様、どうしてアニエスさんが作ったチョコレートケーキじゃないってわかったの?」
「即答だったんだけれど」
「それは愛情の違いかしら?」
誰かを思って作る料理は時においしさとなって現れる。
理由があるとしたらそれだろう、とジジルは言った。
「私達のチョコレートケーキも愛情たっぷりだったのに」
「どうして気づかなかったのかしら?」
「お金が欲しいという下心があったからでしょう」
怒られる前に、ベルナール相手にする商売はこれっきりにすると誓う。
「あなた達は本当に、悪知恵が働くわね」
「お母さんに似たんですよー」
「そうですよー」
そんな言葉と共に走り去る。
お金稼ぎは思わず大成功となったのだった。
お知らせその①
下巻は本日、8月5日に発売します!
加筆修正、書き下ろしなど頑張りましたので、お手に取っていただけたら嬉しく思います。
お知らせその②
新連載がスタートしております!こちらも読んでいただけたら嬉しいです。
『婚家の墓守を押しつけられた私、ご先祖様は黄金竜だそうで、親族をこらしめてくださるそうです 』
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あらすじ
謎が多い一族、ヴェルノワ公爵家のご当主様と結婚したのはよかったものの、ご当主様は御年80歳、さらに寝たきりで意識がなく、呪われているという。誰が見てもわかりやすい政略結婚だったが、当主代理である66歳の義弟が私に、「一人で墓守をしろ」と言うのだ。まるで使用人同然の扱いに辟易していたものの、霊廟で祀られているご先祖様は金脈を生み出す黄金竜だった。酷い目に遭っているお主を助けてやる!、なんて偉そうに言う黄金竜だったが……?
墓守妻と黄金竜、それから謎が多いご当主様が繰り広げるラブ(?)ファンタジー




