コミカライズ第四巻、発売記念番外編『ベリー摘みにいこう!』
アニエスはかごを持ち、一人で森に行こうとしていた。
帽子を被って出かけようとしているところを、ベルナールに発見される。
「おい、アニエス。どこにいくのか?」
「森にベリーを採りにいこうと思いまして」
「まさか一人で行く気じゃないよな?」
「一人です」
ベルナールはがっくりと項垂れる。
アニエスはそんな彼の顔を覗き込み、どうかしたのかと問いかけた。
「お前、森には熊がいて危険だって、前に話さなかったか?」
「はい。しかし、ジジルさんの話ではもう十年も見かけていないから大丈夫だと聞きました」
「そうだけれど、絶対に出ないとは限らないだろうが」
「はあ」
「まさか、いつも一人で行っているんじゃないだろうな?」
「いいえ、今日が初めてです」
これまではジジルや双子の姉妹とでかけていたのだが、今日は誰もいなかったので、一人で行ってみようと思い至ったわけを説明する。
「思い至るな! 俺がいるならば、声をかけろ!」
「お疲れかと思いまして」
「疲れていない。元気いっぱいだ!」
「でしたら、ご一緒していただけますか?」
「ああ、喜んで!」
半ば投げやりのような返答に聞こえたものの、それも彼の優しさなのだろう。
アニエスは感謝し、ベルナールに同行してもらうこととなった。
「少し待っていてくださいね」
「ああ。俺も準備があるからな」
アニエスは台所でアレンからパンやハムを分けてもらい、サンドイッチを作る。水筒も準備した。
ベルナールは猟銃を用意していたようだ。
「行くか」
「はい!」
ベリー摘みに行くのは久しぶりであった。
今のシーズンはクランベリーが旬となる。
「クリスマスの肉料理のソースに欠かせないそうです」
「あー、そういえばなんか添えてあったな」
クランベリーソースは毎年、ジジルやセリア、キャロルが摘んで煮込んでおいたものを保存し、クリスマスになったらソース作りに使っているようだ。
今年はアニエスが採りにいこう、と心に決めていたのだ。
ベルナールと共に森に入ったまではよかったものの、途中で道がわからなくなってしまう。
どうしようか考えていたら、突然ベルナールが先導し始める。
「アニエス、こっちだ」
「は、はい!」
なんでもクランベリーが自生している場所を発見したのはベルナールだったらしい。
何年も採取にいっていないようだが、しっかり覚えているようだ。
「ここだな」
「わあ!」
そこには真っ赤に実ったクランベリーがたくさん生っていた。
「いいときに来たようだ」
「そうみたいですね」
ベルナールは慣れた手つきでクランベリーを採っていく。
アニエスより早く、上手だった。
その理由をベルナールは教えてくれた。
「実家でもよく、ベリー採りに行っていたんだ」
収穫したクランベリーは修道院が主催する慈善市で販売していたらしい。
「慈善市でクランベリーのジャムを販売するのは母上だったから、母上の手柄のためにやらされていたんだよ」
「そうだったのですね」
義姉であるイングリトが嫁いできてから慈善活動をオセアンヌから代替わりしたようだが、ベルナールのベリー摘みの仕事は継続されていたという。
「母上は義姉上に、ベリー摘みはベルナールにやらせなさい、って勝手に引き継いでいたんだよ」
「ふふ、お義母様ったら」
結局、ベルナールは王都で騎士になるまで、毎年ベリー摘みをしていたようだ。
なんて話をしている間に、かごの中はクランベリーでいっぱいになる。
「さすが、ベルナール様です」
「お前も頑張ったな」
「はい!」
ひと仕事終えたので、昼食の時間にした。
サンドイッチを渡すと、ベルナールは喜ぶ。
「こんなのを用意してくれていたんだな」
「お口に合うといいのですが」
「おいしいに決まっている」
そう言って、ベルナールは嬉しそうにサンドイッチを頬張っていた。
その様子を見るだけで、アニエスは満腹になるような幸せな気持ちを味わう。
食後、ベルナールはアニエスの手をぎゅっと握る。
突然どうしたというのか。
アニエスの手を見つめるベルナールの表情は暗い。
「ベルナール様、どうかなさったのですか?」
「いや、アニエスとの結婚を決めたとき、苦労はさせないと決意していたのに、結局苦労をかけてしまった。お前の手を見て、ふと思ってしまったんだ」
夜会に参加していた頃のアニエスは、すべすべとした手の持ち主だった。
けれども今は、少し手が荒れていて、なめらかな手の甲とは言えない。
「ベルナール様、わたくしは今、とても幸せなんです。苦労をしているなんて、まったく思っておりません」
こうしてベルナールと静かに寄り添えるだけで、心が満たされる。
そんな気持ちを伝えた。
「そういうふうに言ってくれるのは、お前だけだよ」
「そうでしょうか?」
「決まっている」
そう言って、ベルナールはアニエスを優しく抱きしめる。
しばし見つめ合い、口づけを交わしたのだった。
思いがけず甘いひとときを過ごし、アニエスはベリー摘みにでかけてよかった、と思ったのだった。




