再出版記念ショートストーリー『アニエスと眼鏡、そして夜会へ』
アニエスは騒動後、初めて夜会の招待を受けることとなった。
ひとりでは不安だったのだが、ベルナールが一緒にいてくれる。
それだけで勇気が湧いてくるのだ。
ドレスも仕立て、準備は万端。
けれどもアニエスにはひとつだけ迷いがあった。
どうしようか考えていたら、そのことについてベルナールに見抜かれてしまった。
「アニエス、どうしたんだ、上の空で」
「あ! えーーっと、わかります?」
「バレバレだ」
本来であれば自分で考えて答えを出さなければならないのかもしれないが、どれだけ考えても永遠に迷ってしまう。
アニエスは悩みについて、ベルナールに打ち明けることにした。
「その、実は、パーティに眼鏡をかけていったほうがいいのか、悩んでいたんです」
「そんなことで悩んでいたのかよ」
アニエスにとって大問題だったものの、ベルナールにとってはそうではないらしい。
「あの、ベルナール様はどうすればいいと思いますか?」
「自分の好きにすればいい」
「え!?」
眼鏡の有無について、ベルナールがズバリと決めてくれると思っていた。
しかしながら、そうではなかった。
彼はアニエスの自主性に任せているらしい。
「妻が眼鏡をかけて夜会に参加するのは、あまりいいことではない、と思わないのですか?」
「別に。お前、眼鏡をしていてもかわいいし」
「そ、そうなのですか!?」
初めて聞いたので、驚いてしまう。
アニエスはすぐさま眼鏡をかけ、鏡を覗き込んだ。
しかしながら、鏡に映っているのは垢抜けない印象しかない自分自身である。
「えーーっと、本当によろしいのですか?」
「ああ」
おそらく、眼鏡をかけたアニエスをかわいいと思っているのはベルナールだけなのだろう。
普段、そのようなことを言わないので嬉しかった。
けれども今回の問題に限っては、もっと客観的な視点で答えてほしいと思う。
「お前はどうなんだ?」
「わたくし、ですか?」
「ああ。眼鏡のない夜会は不便だったんだろう」
「それは――ええ」
周囲を見回しても、誰が誰だかわからない。
視力が悪いのが原因で、相手を見間違えるというトラブルもあったのだ。
「夜会では、目が見えたほうがいい、と思います」
「だったら、眼鏡をかけて参加しろ」
シュンと落ち込むアニエスの頭を、ベルナールはぽんと優しく叩く。
「もしもお前が眼鏡をかけるのがいやだったら、俺がお前の目の役をしてやるよ」
「!」
それは生まれて初めてかけてもらった言葉である。
目が悪いアニエスのために助けてくれるなんて、ベルナールはなんて寛大で優しい人なのか、と感激してしまった。
「ありがとうございます。でも、眼鏡をかけて参加します」
「いいのか?」
「はい」
見目が悪くなっても、ベルナールがかわいいと思ってくれるのならばいいではないか。
それよりも、きちんと眼鏡をかけて、周囲を見渡せるようにしたい。
ベルナールとならば、きっと社交も上手くいくだろう。
そう、前向きに考えられるようになった。
「ベルナール様、ありがとうございます」
「解決できたか?」
「はい!」
そんなわけで、アニエスは眼鏡をかけて夜会に参加することとなった。
夜会当日、アニエスは初めて会場を鮮明に見ることができた。
「こんなに華やかな場所だったのですね?」
「だろう? くらくらするくらいだ」
「本当に」
人々は眼鏡をかけたアニエスに対し奇異の視線を向けていた。
そのたびにベルナールが話しかけ、気を紛らわせてくれるのに気づく。
アニエスはベルナールと結婚できて、本当によかったと思った。
「しかしながら、お前が社交界で時の人だったアニエスだと気づく奴なんて一人もいないな」
「本当ですね」
思いがけず、眼鏡は変装の役割を果たしてくれた。
おかげで静かに夜会を楽しめる。
ベルナールとダンスを踊り、ごちそうを食べ、夜の庭園を散歩する。
「夜会がこんなに楽しいなんて、知りませんでした」
「そうかい」
眼鏡をかけてきてよかった、と思うアニエスであった。




