コミカライズ第二巻、発売記念番外編 ベルナールの母、オセアンヌの独り言
本編18話「母がきた」らへんの、ベルナールの母視点のエピソードです。
貴族というのは、継承者と予備にのみ、特別な教育を施す。
つまり、父親から特別目をかけてもらえるのは、長男と次男のみ。
三男以降はぼんくらになろうが、怠け者になろうが、関係ない。成人すれば、家を追い出せばいいだけの話。
母親である私は、子ども達すべてに愛情をかけよう。
そう思っていたのだが、夫はその辺の貴族とは違っていた。
五人いる兄弟全員に、同じような教育を施したのである。
なぜか特に熱心に指導していたのは、末の息子、ベルナールだった。
跡取りにでもするつもりではないのか、と思うくらい、徹底的に厳しく育てたのである。
その教えに、ベルナールもついてくるものだから、夫も教育のしがいがあったのだろう。
びしばしと育てた結果、ベルナールは兄弟いちの剣の腕前となった。
夫は自信を持って、騎士隊へベルナールを送り出したのであるが、私は心配だった。
それは、ベルナールの性格である。
基本的には真面目で、正義感に強く、貴族としての自尊心も兼ね備えている。
それはいい。
問題は女性に対し、ぶっきらぼうな態度を取ってしまうもの。
彼がオルレリアン家の跡取りであれば、女性はベルナールを放っておかないだろう。
残念ながらベルナールは五男で、実家からの支援はあれど、継ぐべき爵位や財産などない。
爵位を持たない騎士なんぞと結婚したいという貴族女性はまずいない。
そうなれば、結婚相手は豪商や医者、学者などの娘と結婚するしかないのだ。
彼女達も、愛想のない男となんて結婚したくないだろう。
ひらすら、この世の女性はお姫様だと思って接するように、と教え込んだものの、きちんと覚えているか怪しい。
年頃になったら、女性に興味を持って、ひとりやふたり、交際でもしているだろう。
そう思っていたのに、ジジルに探らせても、それらしい話はないという。
あの子はいったい、王都で何をしているのか。
ジジルに聞いたところ、真面目に騎士をしているという。
なんでもかなり優秀らしく、若くして部隊の副隊長に抜擢されたらしい。
我が息子ながら、立派すぎる。
けれども、そこまで騎士を頑張らなくてもいい。
騎士の仕事はそこそこやって、温かい家庭を築いて、平和に暮らしてほしいと願っていた。
ベルナールも二十歳。そろそろ私が一肌脱ぐときではないのか。
と、気合いを入れているところに、思いがけない話が転がり込む。
あのベルナールが、結婚したい女性がいるというのだ。
なんと、すでに同居もしているという。
相手はあの、アニエス・レーベルジュだった。
本来であれば、ベルナールなんかが結婚できるはずもない、高嶺の花である。
しかしながら彼女の家は没落してしまった。
何もかも取り上げられ、困っている彼女にベルナールは手を差し伸べたのだろう。
レーベルジュ家は社交界の鼻つまみ者になっていると耳にした。そんな家の娘と結婚するよう決意したなんて、なんて優しい子なのか。
ただ、心配なのはアニエス・レーベルジュのほうである。
彼女は社交界の花だった女性だ。ベルナールなんか相手にするわけがない。
もしや、利用するつもりなのか。
直接会って、見極めないといけなかった。
しかしながら、アニエス・レーベルジュは、極めて控えめな女性で、裏があるようには見えなかった。
さらに、あのベルナールを心から慕っているように見えたのだ。
これは奇跡である。
なんとしてでも、ふたりの結婚を取りまとめないといけない。
どうせベルナールのことだから、私からの追及から逃れるために彼女に頼みこんだのだろう。あの子が考えそうなことなど、お見通しである。
私は寛大で優しいので、気づかない振りをしてあげたが。
もちろん、彼らの結婚話を一時しのぎの嘘にさせるつもりはない。
〝社交界のお見合い鬼〟と呼ばれた剛腕で、まとめて見せよう。
ただ、彼女のほうは実家が没落したばかりで、心の整理はできていないだろう。
だからすぐに、という話ではない。
ベルナールのほうも、彼女に特別な感情を抱いているのはたしかだ。
だから今は、優しく見守ってあげよう、と思った次第だ。
恋が芽吹き、愛が花咲きますように。
そう、願わずにはいられない、お似合いのふたりだった。




