コミカライズ発売記念番外編 セリアとキャロルの、アニエス見守り隊!
ある日、旦那さまが、信じられないくらい美しい女性を連れて戻ってきた。
昔、お気に入りだった絵本に登場する、お姫様よりもきれいでびっくりした。
ついに、旦那様も結婚するのか、と思っていたが違った。
その女性は結婚相手ではなく、メイドとして働かせるために連れてきたらしい。
どこからどう見ても、下働きができるようには思えない。
肌はいっさい日焼けしていないし、腕だって驚くくらい細い。
王族に使える侍女の間違いでは? と思ってお母さんに質問したところ、うちで働くメイドで間違いないという。
絶対に〝ワケアリ〟だろうと訴えたら、お母さんはしぶしぶ認める。
他言無用と前置きされたあと、あのお嬢様の事情について教えてくれた。
名前は、アニエス・レーヴェルジュ。
ここでピンときた。彼女は父親が宰相だった、大貴族の娘だ。
さらに、レーヴェルジュ家は当主の汚職で爵位や全財産が没収されたという。
つまり、アニエスさんは住む家さえ失った没落令嬢というわけだ。
おそらく、旦那様はアニエスさんが気の毒になり、働き口を紹介するつもりで連れてきたのだろう。
けれども、強い風が吹いただけで倒れてしまいそうな、繊細さ溢れるお嬢様である。そんな彼女にメイドとして働かせるなんて、旦那様は悪魔だ。
お母さんに「アニエスさんはメイドとして働けるの?」と質問したが、険しい表情のまま。頷くことはなかった。
きっと、私達と同じように、メイドなんて無理だと思っているに違いない。
アニエスさんについては温かい目で見守ってほしい。お母さんからの頼みに、私達は深々と頷いた。
それから、アニエスさんとの生活が始まる。
やはり、と言うべきか。生粋のお嬢様暮らしをしていたアニエスさんは、メイドとして使い物にならない。
一生懸命覚えようとしているのだが、力は弱く、体力もない。
バケツに張った水を少し運んだだけで、顔を真っ赤にして息を整えているのだ。
働きたいという気持ちは人一倍あるようで、上手く働けない自分自身を嫌悪している様子も盗み見てしまった。
お嬢様として育った人が、メイドの仕事なんてできるわけがないのだ。
アニエスさんは心優しく、平民である私達を見下したりしない。
可愛い髪型に結ってくれたり、お化粧を教えてくれたり、いろいろと親切にしてくれた。
お姉ちゃんが結婚し、寂しい思いをしていた私達だったが、アニエスさんのおかげで毎日楽しかった。
本当のお姉ちゃんみたいに慕っていたので、仕事が上手くできなくて、思い悩むアニエスさんを見ていると、心が痛むのだ。
どうして旦那様は、アニエスさんをメイドとして雇ったのか。
結婚し、妻として迎えてくれたら、アニエスさんは労働なんてしなくてもいいのに。
我慢できなくなって、旦那様は責任を取って、アニエスさんと結婚すべきだ、と私達はお母さんに訴える。
お母さんの眉間の皺はさらに深くなった。
なんでも、旦那様の給料では、貴族女性を満足に養えないという。
ただでさえ、アニエスさんはワケアリである。そんな女性を娶って守り抜くほどの地位と財産が、旦那様にはないというわけだ。
悲しい現実に、私達は切なくなった。
誰も悪くない。悪くないのだが、メイドとして満足に働けずに思い悩むアニエスさんを見ていると、辛くなってしまう。
どうすればいいのかと考えていたところ、旦那様が捨てられていた子猫を連れ帰った。
そしてなんと、驚くべきことに、アニエスさんを子猫の世話係として任命したのだ。
子猫は弱っているので、メイドの仕事はしなくてもいいから、世話役に勤めるようにと言ったらしい。
生まれて初めて、旦那様に対して天才だと思った。
アニエスさんは子猫のお世話係をするようになってから、しだいに元気になっていった。
さらに、メイドの仕事にも慣れてきたようで、いろいろできるようになったのだ。
ここ最近、旦那様とアニエスさんが揃って過ごす姿を目撃する。
お似合いとしか思えない。
お母さんに、いつか結婚してくれたらいいのにね、なんて言ったら、「そうね」と返してくれた。
私達は願う。
おやつのクッキーを我慢するので、旦那様とアニエスさんが幸せになりますように、と。
真剣にお願いしていたのに、アレンお兄ちゃんに笑われてしまった。
二人で声を合わせ、クッキー作りの刑に処したのだった。




