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借り暮らしのご令嬢~没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります~  作者: 江本マシメサ


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番外編 『ベルナールとアニエスの、新婚旅行・前編』

 ようやく、ベルナールが初めて受け持った生徒達も独り立ちをして、各騎士団の見習いとして配属された。忙しい日々からも解放される。

 次の教え子を迎えるのは一ヶ月後。

 周囲の勧めもあり、その間に新婚旅行に行くことになっていた。

 アニエスとベルナールは結婚をして、早くも一年半が経つ。

 夫婦は相変わらず、仲睦まじく暮らしていた。


 二人で話し合った結果、旅行先はベルナールの生まれ育った故郷に決めた。

 王都から馬車で三日ほど。

 移動中はゆっくりしたいので、ベルナールの父親に頼んで領地から人と馬車を寄こしてもらった。

 アニエスとジジルは、せっせと荷造りをして、土産なども用意していた。

 母、オセアンヌや義姉イングリトと会うのは、屋敷の庭で行った結婚式以来。

 領地で盛大なお披露目会を行うと、張り切っている様子がうかがえる手紙が届いていた。


 今回、ミエルはお留守番となる。

 アニエスは父親に、お世話を頼んでいた。

 娘に頼まれた父シェザールは、満更でもない様子で、「そこまで言うのならば、仕方がないな」と言っていた。

 誰もいないところでたいそう可愛がっているのは、家族の間では周知の事実であったが、皆、知らないふりをしている。


 そして、前日まで準備でばたつきながらも、出発の日を迎えた。

 ジジルはベルナールとアニエスを庭先で見送る。


「まさか、旦那様の新婚旅行のお見送りを出来る日が来るなんて、感激しております」

「大げさだな」

「結婚も、夢のように思っておりましたから」


 ジジルは改めて、アニエスにお礼を言った。


「アニエスさん、旦那様との結婚を決意してくださって、本当にありがとうございます」

「そんな、お礼を言わなければならないのは、わたくしのほうで――」

「はあ、聞きましたか、旦那様。なんて素晴らしい奥様を迎えることができたのか。本当に、自分のことのように嬉しいです」

「わかったから」


 ジジルはハンカチで目元を拭いつつ、新たな野望について口にした。


「次は、エリックとアレンをどうにかしなくては――」


 二人の息子もまた、結婚する気配がまったくないと語る。


「いや、それはまあ、本人達に任せれば――」

「任せていたら、一生結婚なんてしないですよ。きっと、ここの居心地が良すぎるからなんです」


 オルレリアン子爵家の領地で働いていた頃、エリックはベルナールの父親の従僕、アレンは厨房の下ごしらえとスープ係だった。

 ここに来て、片や自分専用の書斎と執事という役職が与えられ、片や調理場をすべて任せられる料理長となったジジルの息子達。


「口うるさい上司もいなくて、主人である旦那様と奥様はとてもお優しい。以前に比べて、天国のような場所だと思うのです」


 日々、生活に不満はない。それどころか、充実しているという話を聞いて、逆にジジルは危機感を覚えていたのだ。


「まあ、もちろん、結婚だけが幸せのすべてではありません。ですが、こうして旦那様と奥様の幸せそうな姿を見ていれば、うちの息子達もと、ついつい思ってしまうのですよ」

「まあ、それもそうだな」


 今まで、ジジルの言うことに間違いはなかったが、それがエリックやアレンにとっても同じであるとは限らない。

 なので、結婚を勧めるのもほどほどにと、ベルナールは釘を刺しておいた。


「ええ、わかっております――と、すみません、話が長くなってしまいました」

「気にするな」


 ここで、エリックやアレン、ドミニクも見送りに来てくれた。

 何も知らないで、笑顔で手を振る兄弟を見て、ベルナールは切なくなる。

 どうかジジルの結婚攻撃に耐えてくれるよう、心の中で健闘を祈っていた。


 こうして、若き夫婦は新婚旅行へと旅立つ。


 ◇◇◇


 ベルナールの父は四頭立ての立派な箱馬車ブルーアムを手配してくれていた。

 普段、利用している乗合馬車オムニバスとは違い、内装も洗練されていて華やかだった。

 中の革張りの椅子も、座れば心地よい具合に体が深く沈みこむ。


「ベルナール様」

「なんだ?」


 対面に座っていたアニエスが、遠慮がちに問いかけてきた。


「お隣に座っても、よろしいでしょうか?」

「好きにしろよ」

「ありがとうございます」


 ぱあっと花が綻ぶような笑みを浮かべ、アニエスはベルナールの隣に腰かける。

 何が嬉しいのかと、ベルナールは眺める。目が合えば、恥ずかしそうにしていた。

 結婚をして結構な月日が経っても、アニエスは初々しい妻であった。


 杖で合図を送れば、馬車は動き出す。


 空は晴天。旅行日和であった。


 ◇◇◇


 アニエスは窓から見える、豊かな春の景色を楽しんでいた。

 その横顔を、ベルナールはじっと眺める。


 出会った頃は青白く、一見して不健康に思える肌をしていたアニエスだったが、最近は畑仕事などをしているからか、健康的な肌色となっていた。

 やせ細っていた体も、標準的な体型になりつつある。

 矯正下着コルセットの着用を止めてからは、体調もよくなったと言っていた。


 アニエスを取り巻くすべてのことが、良い方向へと進んでいる。


 偶然的な出会いを経て、こうして彼女を妻として迎えることになった。

 不思議な縁もあるものだと、ベルナールは思う。


 馬車がガタゴトと音を立てつつ、領地までの道のりを順調に進んで行く。


 窓から差し込む日差しは暖かく、心地よかった。

 しだいに、ベルナールの瞼は重くなっていく。


 ガクリと、船を漕いだ状態になるのと、アニエスが声をかけるのは同時だった。

 いつの間にか、居眠りをしていたのだと気付く。


「ベルナール様、よろしかったら、膝をお貸しいたしましょうか?」

「……」


 妻の膝枕を借りて昼寝をする。なんとも魅惑的な誘いであった。

 けれど、負担になるのではとも思う。

 アニエスは、驚くほどか弱い女性だった。


「俺なんかに膝を貸していたら、疲れるだろう?」

「平気です。最近、ジジルさんと森の中へ薬草や木の実を採りに行ったりして、体力作りをしています」

「そんなことをしていたのか」

「はい」 


 最初はついて行くのだけで精一杯で、帰宅後はへとへとになっていた。

 けれど、最近は随分と体力も付いてきていると、実感していると話す。


「ですので、よろしかったらどうぞ」

「そうか、ならば――」


 お言葉に甘えることにした。

 横になり、アニエスの太ももに頭を乗せる。

 それは今まで使っていたどの枕よりも素晴らしい寝心地であった。


「お辛くないですか? 間に薄いクッションを挟みます?」

「いや、不要だ」

「低かったり、高かったりしませんか?」

「ちょうどいい」

「よかったです」


 ベルナールが眠りに就くまで、アニエスはそっと優しく頭を撫でる。

 じわじわと、温かな何かで満たされていた。


「結婚してよかった……」

「え?」

「い、いや、なんでもない」


 うっかり口から出てしまった本音を、慌てて誤魔化す。


 ジジルの言う通り、結婚とはとても良いものであった。

 幸せを、改めて噛みしめていた。


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